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子供の視点でみた医療行為に潜む問題点とチーム医療の目的

 小児科の現場でよく見かける光景に、小さな子供の予防接種などで「大丈夫よ、痛くないからね…」などと言っておきながら、そばに付き添っている母親がまるで自分が注射を受けるかのように痛そうに顔をしかめていたりすることがよくある。

 いったい何を根拠に「大丈夫」だとか「痛くないからね」などと言えるのかと不思議に思う。おそらく、注射の後で大泣きされるのが嫌なのか、あるいは泣いて痛みを訴える子どもをあやすのが面倒だと思っているのだろうが、「痛くない、大丈夫なのだ」と母親を信じ、意を決して注射に臨んだ子供にしてみれば大誤算である。よく観察してみると中には注射を受ける直前にチラッと母親の顔をうかがう子供もいる。そんな子は最悪である。少し子供の目線で解説するとしよう。

 大丈夫といったはずの相手が、見守ってくれるどころか痛そうに顔を背けているではないか。こうなったときの注射の痛みは筆舌に尽くしがたく、注射が終わっても痛みの情動はしばらく続くのである。ひょっとしたら、泣いて訴えているのは痛みのためではなく「痛くないと言ったじゃないか」と、全幅の信頼をおいていた母親に騙されたことへの抗議の声とも受け取れなくはない。

 騙されたと知ったその瞬間、子供心にも「大人は信用ならん!!」と思ったに違いない。しかし、「時すでに遅し」で腕は看護師につかまれ、後ろからは顔を背けた母親の両手がしっかりとガードしている。向き直れば注射針から不気味な液体をピュッと出しながらニヤニヤしている医師の姿が迫ってくる。こうして必死の抵抗もむなしくブツリと針を刺され、予防接種はあっという間に終わるのであるが、皮膚の痛みを脳に伝える神経の一つは情動によってさらに興奮が増幅され、ジワジワとあとから襲ってくるのである。

 さて、話を小児科から昨今の医療問題に移して考えてみると、医療者の心の中に知らずしらず形成されていくある種の高邁な感覚を見逃すわけには行かない。医学知識もなく痛みや不安に襲われている患者を目の前にして、医師が取るべき行動は何か。「大丈夫、痛くないからね」と言うことは簡単だが、その根拠をしっかりと説明し患者に理解させられるだけの技量と熱意は失ってほしくない。

 自分は医者なのだからというある種のエリート意識と、どうせ説明しても理解できないだろうという患者を見下した考え方がいつの間にか心の中に巣くってしまっている医師を時々目にするのは残念なことだ。これらの原因は、医療経済的な問題に加えて医師であればほとんどすべての医療行為が認められているという特権と、最終的にはすべて医師の責任としてしまう現状の法律解釈にも問題があるだろう。医師を頂点としたピラミッド構成が、本来の医療が目的としている「チーム医療」に少なからず悪影響を与えていることは否めない。

 しかし現場で働く医療人にしかできない大きな解決策が残されていることも忘れないでほしいと思うのである。産婦人科医減少の問題や救急医療体制の荒廃といった問題も、第三者委員会などといったさらに現場から距離のある組織にゆだねるばかりでなく、医師を含めたすべての医療スタッフが尊重し合い、互いの専門分野を活かし補い合う協調性の高い協力関係を築かなければならないのだ。その中で切磋琢磨して、お互いを高めていくのがチーム医療の目的であり、その恩恵が患者にもたらされるというのが本来の姿ではあるまいか。

 先に述べたような小児科で見かける母親像は、決して母親を非難しているのではなく、わが子の痛みを自らも共有して共感できるという「母子一体感」を説明したものである。これは、母体内で臍帯(さいたい・へその緒のこと)によって結ばれている間に形成された一体感が、生後日を経たあとも母子の心を強く結びつけているためではないかと、恩師から聞いた話を思い出してご紹介したのだが、このように相手の気持ちになって他人の体験や感情を理解することが大事だと、その恩師は教えてくれた。

 こうして患者の痛みや不安に共感できる立派な医師が増えることは、いま抱えている医療問題の根本的な解決につながっていくと著者は信じている。なぜなら、ヒトは他人の痛みを理解することで互いに信頼を築いてきたからだ。過去に繰り返された人類の多くの過ちは、肌の色や言葉のちがい、文化のちがいを認め合うことが出来なかった精神的な幼さから生じたものである。

 医療者を医療行為に駆り立てるものはいったい何か。まず患者を悩ましている症状や心理的な苦悩を察して同情し、それが増幅されて「惻隠(そくいん)の情」(「医療人の資質」本欄2007年9月10日参照:http://mediasabor.jp/2007/09/post_208.html)が触発されるというのが医療行為のモチベーション形成の第一歩である。取り立てて特性や素質というものではなく、むしろ基本的な人間性の中にごく普通に存在しているはずのエネルギーが医療人としての資質を磨いていくのだということを考えてみてほしい。
 

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Docportal  オピニオン: 医療全体が崩壊の危機  2006/08/28
  (山口赤十字病院 内科 村上嘉一)
 今日本の医療は運命の分岐点に立っています。どうか大きく目を見開き、
 高い視野に立って医療について真剣に考え、多くの方々と意見を交わし、
 そして医療の問題に対する世の中の関心を高めてください。国民全体で
 真剣に知恵を出し合って議論し、そしてみなさん自身の手で納得のできる
 未来を選択してくださることを願います。
http://www.docportal.jp/modules/xfsection/article.php?articleid=7


○患者と医者をつなぐもの 「チームオンコロジー」2008/02/16
 チーム医療をひとことで説明するのはとても難しいのですが、基本は
 コミュニケーションです。M.D.アンダーソンがんセンターでは約30年前
 からチーム医療への取り組みが始まり、試行錯誤しながら現在のかたち
 になったという経緯があります。
http://tugagu.blog34.fc2.com/blog-entry-50.html


○医学教育でのひとりごと
 「患者との接し方 園児と遊び習得」 2007/12/18
 医療教育開発センター副センター長の寺嶋吉保准教授は「今の学生は、
 勉強はできるが、核家族化や少子化のせいか、世代の違う人、特に
 高齢者や子供との会話が苦手な学生が多い。学生同士も互いに深く
 干渉しない傾向が強いが、実習で仲間意識もできてきた」と意義を
 強調する。
http://nakaikeiji.livedoor.biz/archives/51188924.html

 

 


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