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世界の均質化に警鐘、多様性を標榜する映画配給会社アップリンクの事業戦略

 東京の渋谷に拠点を置く、映画配給会社アップリンク(UPLINK)。これまで手掛けた代表的な海外の作品『ジャマイカ楽園の真実』、『ザ・コーポレーション』、『ジプシー・キャラバン』は、いずれもドキュメンタリー映画である。映画作品を通じて世界の多様な文化を伝えており、複雑に絡み合う国際政治から、グローバル経済の弊害を訴えるものまで社会派の作品が多い。このアップリンク社を取材し、代表の浅井隆さんに話を聞いてみた。



▼サブカルチャーの発信地として機能
 
 アップリンク社代表の浅井隆さんは、幅広い分野で精力的に活動をしている。今年2月19日に最高裁で行政訴訟に勝訴したことは、新聞やテレビなどでも大きく報道された。自社で国内販売をする米国人写真家ロバート・メイプルソープの作品集における、男性器の掲載された写真の猥褻性を巡る判決だ。写真集は芸術作品と判断され、性欲を刺激するような猥褻書籍には該当しないという結論だった。この件で浅井さんは一般論として、「アートそしてポルノでさえも表現の自由は保証されなければならないが、その閲覧や販売には規制をかけるべき」と話す。

 さて、アップリンク社の事業内容を見てみよう。中心となる事業は映画製作や海外作品の配給。これらの映画作品のテレビ放映や商品ソフトの販売、書籍や音楽ソフトの出版販売もしている。また会社の入っているビル内には全40席の「日本一小さな映画館」があり、多目的の小ホールやギャラリー、レストランも経営している。



 映画上映と合わせて、関連した講演や音楽演奏などの催しも開かれており、サブカルチャーの発信地として機能しているのが面白い。例えば『ジャマイカ楽園の真実』の上映期間中は、レゲエ関連のイベントが行われ、併設レストランでは期間限定のジャマイカ料理が用意された。

 会社設立は1987年のこと。それまで「天井桟敷」という劇団にいた浅井さんは、国民金融公庫からの融資を受けて映画の配給会社を立ち上げた。当初は1人で始めた事業だが徐々に従業員が増え、現在は社員20人ほどで、アルバイトを含めるとおよそ30人が業務に当たっている。


▼少ない予算の映画配給で確実な利益を
 
 ある意味で映画配給の事業はギャンブルである。大手配給会社が扱う人気ハリウッド映画は、買い付けに数千万円から数億円を要し、国内公開の宣伝にも莫大な費用がかかる。興行に成功すれば大きな収入になるが、集客が芳しくなければ大損失を出すことになる。

 一方アップリンク社が扱う作品は、買い付けに要する額は数百万円と桁が違う。ミニシアターでの単館上映がほとんどで、宣伝周知の方法も限られるため、作品自体の存在が知られないことも多い。浅井さんは「少ない金額の買い付けで、限られた予算で最大限の宣伝をして、適正で確実な利益を出す」ことを目標にしていると言う。

 海外の映画祭などを通じて作品を買い付けてから、利益を上げるまでに要する期間は2年以上かかる。作品を国内で上映するまで半年、その後に市販ソフト商品を作り、テレビ局に放映権を販売する。担当者は2から3年先までのことを考えて、収益確保のために責任を持たなければならない。

 これまでアップリンク社が扱ってきた硬派の作品を見ると、本当に収益が得られたのかと思ってしまう。しかし作品の選定に関して、浅井さんは「儲かりそうな作品を第一に選ぶ」と言う。客が見てくれそうなもの、マーケットがあるものを基準に作品を買い付けているという。

 日本国内にはミニシアターが少なく、閉鎖も相次いで、経営が厳しい状態に置かれてきた。しかしアップリンクは社内に「日本一小さな映画館」を有し、自社作品を上映できるという点は大きな強みだ。


▼独自の宣伝方法でターゲット客層を引きつける
 
 さて、アップリンク社が配給する映画は、どのような客層を対象にしているのだろうか。
 
 映画『ジャマイカ楽園の真実』は、グローバル経済の弊害を告発するドキュメンタリー作品だ。途上国はIMF(国際通貨基金)の融資を受ける条件として、輸入品に対する関税や国内産業への助成金を撤廃することなど、構造調整政策を強要される。その結果、輸入作物に対して農林畜産業者が価格競争に負け、「自由貿易」という名のもとにジャマイカの国内産業が壊滅的な被害を受けたことが、この映画の中で告発されている。

 アップリンク社はこれまで、ロッカーズなどジャマイカの音楽に関わる作品を手掛けてきた。レゲエの歌詞には労働者の苦悩、貧困に対する憤りも歌われ、社会的な意味合いを持つ曲も多い。映画『ジャマイカ楽園の真実』には、こうした今までのジャマイカ音楽の愛好者を取り込みつつ、市民運動や消費者運動の関係者を通じて、グローバル経済の問題に関心を持つ幅広い客層を取り込むことができた。

 多国籍企業の活動を巡って、その倫理を問題提起する映画『ザ・コーポレーション』は企業経営者、学者や報道記者、市民運動家など総勢40人の証言を集めた作品だ。近年日本では企業買収、様々な不祥事が報道されており、企業の在り方が問われている。アップリンク社はこの映画で「社長さん入場割引」の特典を用意したところ、中小企業の経営者が勉強しに来てくれたと言う。また労働組合からも反響があり、労使それぞれの層に、この映画を観てもらうことができたそうだ。

 アップリンク社は以前、雑誌「骰子(ダイス)」を発行していた。誌面媒体としては休刊してしまったが、今年ウェブ版として再開した。この「webDICE」はポータルサイトと会員制のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトが融合したもので、配給される映画やその関連行事の告知、対談記事などが掲載されている。サブカルチャーの発信源として機能することが期待される。


<参考情報>

●アップリンク社に関するサイト

 公式サイト: http://www.uplink.co.jp
 会社概要。略史や業務内容などの説明があり、浅井隆さんのインタビュー記事なども
 リンクされている。 http://www.uplink.co.jp/info

 アップリンク運営の「webDICE」: http://www.webdice.jp

 メイプルソープ写真集裁判に関して: http://www.webdice.jp/dice/detail/27


●これまで製作した主な邦画作品

 『アカルイミライ』                    http://www.uplink.co.jp/brightfuture
 『ストロベリーショートケイクス』  http://www.strawberryshortcakes.net
 『甲野善紀身体操作術』          http://www.uplink.co.jp/kouno


●これまで配給された主な海外作品

 『ジャマイカ楽園の真実』:http://www.uplink.co.jp/jamaica
 『ザ・コーポレーション』: http://www.uplink.co.jp/corporation
 『ジプシー・キャラバン』:http://www.uplink.co.jp/gypsycaravan
 『パラダイス・ナウ』  :  http://www.uplink.co.jp/paradisenow
 『ビルマ、パゴダの影で』:http://www.uplink.co.jp/burma

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○映画「おいしいコーヒーの真実」予告編(YouTube映像 01:47)
  2008年5月31日(土)よりアップリンクXにてロードショー
http://www.youtube.com/watch?v=1ZtSo9gje9E

○DVD『村越周司 もうギャグしかしない』予告編(YouTube映像 02:50)
http://jp.youtube.com/watch?v=LiHF1qohe_E&NR=1


○ミニシアターの20年史
http://www7a.biglobe.ne.jp/~umikarahajimaru/minitheater.html

○隔数日刊─Daily Bullshit 「最高裁は失礼だ」2008/02/20
 メイプルソープは、花と同様に、男性器を猥褻で美しいと思った
 (あるいはその逆の順番か)。その美しさはもちろん彼のセクシュアリティ
 に結びついている美しさの感覚です。もっといえば人間であることに
 関係する美への感覚です。さらによくある70年代的言い方でいえば、
 彼は己の猥褻さへの欲望を解放しようとした。彼の写真を見ていれば、
 いまにも彼があの男性器に触れたい頬ずりしたいキスしたい口に含みたい、
 でもその代わりに写真に撮った、他人と共有したというのが伝わってきます。
http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/02/post_265.html


○エクストラレポート・ルーム  2008/02/23
 「エロいのはいけません」の男女(老若)平等………「平等」?
 ロバート・メイプルソープと言えば、私がまだ二十歳前のガキんちょ
 だった頃に目黒で回顧展やってて、それを見に行った記憶があります。
 ゲイカルチャーとかそういう文脈での関心はなかったけど、
 「しばらく前にエイズで死んだ、モノクロのカッコいい写真を色々
 撮ってた人」として知ってたので。
http://blog.livedoor.jp/baisemoi_bullet/archives/64934201.html


○Robert Mapplethorpe-iD(YouTube映像 04:12)
http://jp.youtube.com/watch?v=7EYLGVMkYnE


○日々つづる 「ジャマイカ楽園の真実」 2005/11/20
 IMFの融資を受けざるを得ない国がIMFから融資を受けることには、
 多くの条件がつけられ、結局は先進国からの輸入規制が不可能になり、
 自国での生産性が低下していくという矛盾。
http://blog.livedoor.jp/fabulous_life_330/archives/16522.html


○青の時間「ジャマイカ 楽園の真実」2005/10/22
 一時間半の間次から次へ、グローバリズムの罪が明らかにされる。
 ほっと息がつけるのは、美しいジャマイカの風景と美しい音楽が
 流れる時だけだ。
http://aonojikan.exblog.jp/3660717/


○ふろむ・あーす 地球日記(New!)
 「ジャマイカ楽園の真実(原題:Life & Debt)」2006/05/24
 「IMF,世界銀行といった世界のための公共の、世のためになる機関だと
 思ってたところが、実は、先進国、特にアメリカの一部のお金持ちの手先
 となり、大金持ちがさらにお金をもうけるために、発展途上国の一次産業
 をつぶし、貧しい国からお金を吸い上げ、搾取していくのか」
 「自由貿易、グローバリズムといった、耳障りのいい言葉が実際には、
 どういうものなのか」「アメリカの例えばバナナ等フルーツの多国籍企業が、
 南米プランテーション等をつかっていかにあくどく儲けているのか」
 といったこと等もよくわかると思います。
http://blog.from-earth.net/?eid=386912

 

 


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