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人間が崩壊する医師たち─ 過重労働の末、アルコール依存、燃え尽き症候群

「医者の不養生」という言葉があるが、患者の生命を預かる立場の医師達は、自分自身のメンタルヘルスを忘れて激務をこなす毎日で、ストレスやうつ病に気づいてはいても治療に専念できないままでいる。時間との戦いが続く医療の現場で過重労働の末、やり場のないストレスの発散法として、医師の30%がアルコールにのめり込んでいるという。


昨年、バーデン・ヴュルテムベルク州のウルム(Ulm)市の病院で、整形外科手術中にT教授(58歳)が突然意識を失い倒れた。その後、同僚医師の診察によると、T教授の血中アルコール濃度が2,4%パーミルと判明した。


メディアの取材にT教授は、前夜ワインを飲んだことを認めた。更に、寝付きが悪かったため、シュナップス(ドイツの蒸留酒、穀物・ハーブ・果物などから作ったものでアルコール度は40%前後)を何杯か飲んだ。翌朝は、朝食を取らずに手術に臨み、朝1番の手術で起きた事故だった。

同教授は、「取り返しのつかない間違いを起こしてしまった。」と自分の行動を振り返り、医師会に休職を申し出て、一線を退いた。休職中は、今まで時間がなく参加できなかった研修に参加しながら新しい職場を探したが、仕事は見つからなかった。


アルコール依存者とその親族カウンセリング推進協議会(FABA GmbH)代表のボルマン氏(Rolf Bollmann)によると、ドイツ国内医師の約20から30%がアルコール乱用者、そのうちの半分がアルコール依存者だという。同氏は、カウンセリングの体験から、アルコール依存の危険性がある職業は、1.医師、2.パイロット 3.トップマネージャー 4.教師 5.ジャーナリストとのことだ。


余談になるが、このボルマン氏は、長年企業のトップマネージャーとして世界を飛び回っていた。同氏は、離婚暦2回、自動車事故14回、中毒患者療養所に入退院を繰り返し生死をさまよったアルコール依存者だった。


精神科医で心理療養学者のケーニヒ氏(Frank König)は、アルコール依存に陥った多くの同僚医師を診てきた。同氏は、同僚の治療中に見られる症状をこう分析する。

医師達は、職務に追われる中でアルコール依存やうつ病を隠蔽して任務をつづける。身近に症状を抑える鎮静剤や、薬の入手が簡単に出来ることが事態を悪循環させている。

医師の6人に1人がバーンアウト(Burnout Syndrome・燃え尽き症候群)に悩まされており、手っ取り早くアルコールで治療を試みている。

アルコール依存で診察に来る医師の中には、もはや手が震えて手術器具を持つ事も出来ない状態に陥っている。

手術に追われる医師、救急救命に明け暮れる医師、患者の死に直面し情動に訴える場面に頻繁に出会う医師達は、過労と共に心のバランスが崩れきっている。


近年、多くのクリニックでは、医療にかかわる同僚のアルコール問題に匿名で医師会に届出る制度を導入した。例えばハンブルク医師会では、アルコール依存症の医師を4から6週間解毒療養に送り出す。治療が完了し、再発がないと診た時点で、同じ職場に戻れるというシステムだ。


OECD(経済協力開発機構)の調査によると、国内居住者1,000人に対し、3,4人の医師数とOECD平均3,0人より高いものの、ドイツでは医師不足が問題となっている。更に一人前の医師としてひとり立ちするまでの長い養成期間(およそ10年)や、長時間勤務を理由に医師希望者数は、減少傾向を示している。そんな中、病院勤務の医師達は、週勤務時間が60から80時間にも及び、無報酬の残業が続く毎日を送っている。


前出のT前教授は、今年3月飲酒運転で免停となった。その後まもなく、自らの命を絶った。前勤務先の病院では、同氏の仕事の評判はすこぶるよかったそうだ。アルコールに飲まれてしまい、それでも患者を思い執刀をした医師が悪いのか、医療制度の問題か、犠牲者はいったい誰なのか、多くの波紋を呼んだ事件であるが、今後二度と起こってほしくないものだ。


<参考情報>

http://www.bild.de/

http://aerzteblatt.lnsdata.de/pdf/104/31/a2223.pdf

http://www.welt.de/

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2007/06/17
 医療現場を叩くだけでは好転しない「医療崩壊」
http://mediasabor.jp/2007/06/post_130.html


○東可児第13同盟 「日本の医療に未来はあるか」 2007/07/30
 「大学病院革命」に引き続いて読了した本を紹介します.
 「日本の医療に未来はあるか─間違いだらけの医療制度改革」
 ちくま新書 鈴木厚
 アマゾンに掲載されていた著者による説明があります.
 日本の医療には多くの問題がありますが,枝葉の問題に目を奪われ,
 根本的問題に迫ろうとしない,あるいは根本的問題がどこにあるのか
 分からないのが現状だと思います.国民の医療に対する危機感は
 あまりに希薄です.
http://tomochans.exblog.jp/5933875/


○新小児科医のつぶやき 「怖ろしい時代」  2008/04/12
 医療は既に刑事罰で処罰する傾向が著明となっています。その結果として
 ミスは激減したでしょうか、医療レベルが向上したでしょうか、いずれも
 否です。刑事罰が下されるのを見せ付けられた医師はひたすら防衛医療、
 萎縮医療に傾きつつあります。刑事罰が発生しやすい職場からはドンドン
 逃げ出していき、そこへの志望者も激減しています。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080412


○うろうろドクター 2008/04/15
 「医療再建の超党派議連がシンポジウムを行なうも、一般紙は完全無視!」
http://blogs.yahoo.co.jp/taddy442000/22716639.html


○福田の雑記帖 2008/04/07
 「医療崩壊(18)平成21年度医学部入学定員増は12大学で57名のみ?」
 これでは、計画倒れ、焼け石に水である。各大学でも定員増が許された
 としても、教官等の確保も必要で、そうおいそれと対応できないから
 である。医師不足による医療崩壊の改善は更に遠のくことになる。
http://blog.goo.ne.jp/mfukuda514/e/91b7a020a4fd4706906456919066b981


○伊関友伸のブログ 2008/02/18
 「高知新聞特集 医師が危ない 密着、高知医療センター脳外科」
http://iseki77.blog65.fc2.com/blog-entry-5928.html


○戸崎将宏の行政経営百夜百冊 「改革」のための医療経済学 2006/12/05
 本書は、日本の医療分野の「改革」のために、「諸外国の事例、特に
 経済学的視点からの実証分析と経済学理論」をベースに、
 (1)医療費高騰に対応する際に、「小物格の犯人」(高齢化、医療保険の普及、
    医師数、国民所得増大)を追い回しても政策上のメリットは期待できない。
 (2)政策の形成・選択を行うには、正解の存在しない「理念」に関わる問題への
    答えを明らかにする必要がある。
 (3)政策の形成・執行の各過程で評価を行うチェックアンドバランス機構を強化
    しなければ、改革は一度限りの打ち上げ花火で終わってしまう。
 (4)公的皆保険制度の役割を堅持した枠内で可能な改革案をまず実施する。
    の4つの提言を行っているものです。
http://www.pm-forum.org/100satsu/archives/2006/12/post_597.html


○東京日和@元勤務医の日々
 「医療スタッフ不足は政府の責任」2008/04/16
 オーストラリアも「医療危機」がひた寄せているようです。
http://blog.m3.com/TL/20080416/3


○A PLACE IN THE SUN
 ある女医の叫び「医療崩壊よ!医療崩壊ッ!」2007/09/18
 彼女は、「この間、奈良で出産間近の女性を病院が次々に受け入れず、
 大阪まで行ったが、子どもは助からなかった、という話があったけど、
 なぜそうなるのかわかる?」と言います。 私が「?」という顔を
 してると、「そんなことも知らないのか」というように、とうとうと
 話し始めました。
http://pochicoro.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_43f8.html


○玉井金五郎の独り言 「医師不足は重大な社会問題!」2008/02/23
 今日の医師不足には様々な要因がありますが、そのおおもとには、
 政府・与党の社会保障切り捨て政治があります。政府は「医療費適正化」
 の名で医師数を抑制しつづけ、日本を世界でも異常な医師不足の国に
 してきました。また、診療報酬の大幅削減、「行革」の名による
 国公立病院の統廃合など、国の財政負担と大企業の保険料負担を減らす
 ために公的保険・公的医療を切り捨てる「構造改革」が、地域の
 「医療崩壊」を加速しています。
http://blogs.yahoo.co.jp/tamai000kingoroo/40317050.html

 

 


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