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表現の自由か、倫理違反か、メディアの在り方を考える

≪記事概要≫

 カナダの俳優・監督たちが連邦政府の改正法案に猛烈に抗議した。改正内容は、カナダ資本による映画・テレビの作品に一定の検閲規制をかけるというもので、検閲に通過しなかった作品には政府からの補助が出ないというものだ。

 この修正案が通れば、ジョゼー・ヴェルネールカナダ民族遺産・女性の地位・公用語担当大臣の権限で完成した作品に検閲をかけることができる。

 これに対し製作者側は、検閲により倫理コードが掛けられることで、表現の自由とカナダエンターテイメント業界の衰退という二重の打撃が襲い掛かると訴えている。

(2008年4月11日 the Globe and Mail)
the Globe and Mail:カナダ2大全国紙のひとつ。地方記事よりは政治、経済、国際記事が充実している。CTVglobemedia Publishing Inc.グループに所属。


≪解説≫

 この修正案には二つの問題があり、ひとつは、政府によって制作作品に倫理コードがかけられること、もうひとつは、小規模なカナダのエンターテイメント業界から制作という選択肢も奪いかねないということだ。

 後者は特にカナダ特有の事情が関係する。カナダは世界最強のエンターテイメント王国アメリカを隣国に持ち、言語が同じということもあり、作品の多くをアメリカに依存している。そのため、カナダの独自作品の制作は非常に規模が小さい。その上、この法案の通過で政府の予算が確保できないとなると、カナダの制作会社は、その企画からスタッフ、俳優に至るまですべてをアメリカ資本会社に売却し、アメリカ映画として製作される可能性があると危惧している。それがカナダのエンターテイメント界に与える影響は計り知れないと。

 しかし、ここで問題にしたいのはやっぱり職業柄前者の政府による倫理コードの適用だ。ヴェルネール民族遺産大臣は、「カナダの税金が悪質な作品に使われないということがこの法案の目的だ」と主張している。しかし、例え同じ作品でもアメリカをはじめとする外国映画には適用されず、政府の補助がおりるというからこの検閲の目的がおかしくなる。

 倫理・放送コードというのはエンターテイメント業界だけでなく、メディア、報道、ジャーナリズムにとっても基本的かつ最重要命題であると私は思っている。

 そうした目でテレビや新聞を見ていると、この放送コードについて国によって少し色が違うことに気がつく。私の場合、カナダ、アメリカ、日本の3カ国しか比較できていないが、最も厳しいのはアメリカのようだ。放送禁止用語等が入った映画をテレビで放映するときもその部分をわざわざ吹き替えていたりする。カナダはそれよりも少し緩い。日本は言語や文化が違うので単純に比較はできないが最も緩い気がする。

 報道内容に関しては、アメリカのテレビ報道のみに限って言えば、時勢によりかなり偏りがある。イラク進攻の時などは、政府支持というジャーナリズムと呼ぶにはあまりにもお粗末な内容が目立っていた。アメリカの新聞は読まないのでコメントできないが、映画やテレビ番組までも同様の内容が目立ったのにはかなり閉口した記憶がある。

 それに比べるとカナダはかなり中立な立場をとっている。時には中立すぎて味気ない気がするほどだ。これはテレビに限ったことで、新聞はかなり主観的なものが多い。特に私が購読しているバンクーバーサン紙などは紙面の60パーセントが社説ではないかと思うような内容で、読んでいてニュース自体の内容が分からないということもある。まあ、主観的だが、倫理的には概ね公平で、多文化主義と基本的人権擁護が国の根幹を成しているだけにこの辺りはしっかりしていると思う。メディア間の競争意識が薄く、商業主義にあまり走っていない点も理由の一つだと思う。

 日本の場合は、私の印象では、テレビ報道はもはやジャーナリズムといえるものはほとんどないのではないかと思えてならない。朝から晩まで各局で「報道」と銘打った番組を放送しているが、倫理観に欠けていて、見ていて気分が悪くなるものも中にはある。だいたい報道番組のあり方が、過度に視聴率を気にするようなものであってはならない。その点、新聞はまだ安心して読めるものが多いのが救いだ。

 私たち伝える側に倫理感を守る心構えがないと民主主義な言動の自由は、その価値を失くしてしまうことにはならないだろうか。それは、エンターテイメントであれ、ジャーナリズムであれ、同じことだと思う。そこを見失うと政治の介入という最悪の事態が起こりかねない。今回のカナダの場合は、政府予算を使う作品に対してのみの適用だが、やはり好ましい形ではないと思う。まだ修正案が通過したわけではないが、こういう考えが政府にあるということ自体が健全だとは思えない。検閲をかける場合は大臣ではなく第三者機関が請け負うべきである。

 カナダを代表する俳優であり監督であるセーラ・ポリーさんが声を上げたことで注目されたが、そうでなければ一括法案として通過していた可能性があることにこのニュースに対するちょっとした恐怖感を覚えた。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○崎山伸夫のBlog 2008-03-10
 「カルチャーファーストはどこへ行った?」
 offensive” あるいは “contrary to public policy”と担当官僚が認めた
 場合には減免措置を取り消すことができる、という改正条項が含まれて
 いて、カナダでは、まさにこれを検閲だとして、映画産業挙げての
 反対運動が起きている。
http://blog.sakichan.org/ja/2008/03/10/where_is_culture_first_movement


○世界のメディア・ニュース
 「休刊したロシアの新聞、復活!でも閉鎖?」2008/04/23
http://jiten4u.blog21.fc2.com/blog-entry-7098.html


○ITmedia News  2008-04-09
 「青少年ネット規制法」成立はほぼ確実 その背景と問題点
 青少年保護の名を借りたメディア規制は、数年前からさまざまな形で
 自民党内からも提起されてきた。だが、放送や新聞といった既存の
 マスメディアも含む規制はマスメディアからの反対が根強く、実際の
 法案として提出されるまでには至らず、葬られてきた。だが、
 インターネットについてはここ数年「フィルタリング」技術を提供する
 業者が成長してきたこともあり、完璧ではないにせよ、ある程度機械的な
 対応で規制することが可能になってきた。そこでまずうるさ型の既存
 マスメディアを対象外にして、ネット規制から始めるということが今回の
 法案提出の背景にあるといえる。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0804/09/news096.html


○池田信夫 blog 「ネット規制についての論点整理」 2008/04/21 
 警察が2ちゃんねるを放置してきたのは、こういう法律を通すためだった
 ともいわれている。事実、世論調査で「規制賛成」が圧倒的多数を占め、
 自主規制団体が法的規制を求めるほど、状況は悪くなっている。
 それなのに、ウェブに出てくる議論は「絶対反対」ばかり。昔の戦争の
 ときと同じで、そういう強硬論は勇ましいが、自民党にも民主党にも
 相手にされないで「玉砕」するだけだ。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/29cc52ec0d2190579e1321a2d0271adf


○GIGAZINE  2008-04-23
 「青少年インターネット規制法案」が成立すると、日本のネットは完全に死ぬ
 あらゆるページ、あらゆるブログ、あらゆるネットサービスに
 ついてこの法案が適用されますので、ネット上でビジネスを
 行っている企業から、趣味のページを作っている個人に至るまで、
 有害であると見なされればすべてが規制されます。裁判所で時間と
 金をかけていくらでも戦ってやるよ、という気骨のある人であれば
 問題ないかもしれませんが、大半の人はそのような犠牲を払うこと
 はできないはずです。つまり、法律に引っかからないように
 あらゆる表現を自粛、ネット上のあらゆるサービスやコンテンツは
 萎縮していき、衰退するのが自明の理というわけです。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080423_jp_internet_death/


○404 Blog Not Found 「情報に有害も有益もない」2008/01/04
 仮に「違法な情報」なるものを、厳密に定義できたとしても、この手の
 法律に今や実効性はない。サーバーを海外に置けば、それでおしまい。
 むしろ下らない法律のおかげで、どれだけ日本人のためのコンテンツが
 海外に置かれ、そのために無駄なトラフィックが発生しているのかに
 思いを致す為政者がどれほどいるのか。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50979590.html


○CNET Japan オンラインパネルディスカッション
 「インターネット規制法案をどう読むか?」
http://japan.cnet.com/panel/story/0,3800077799,20370869,00.htm

○CNET  2008-02-07
 「中国政府、ウェブ上のビデオやオーディオへの規制強化を擁護」
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20366799,00.htm


○東方不敗の幻想「さあ、言論統制で中国に右ならえ!」2008/04/04
 本当にネットだけで済ませてくれるかな?
 いや、この法案が成立する当初は、大丈夫でしょう。でもこれは
 実績になるから。次の立法で本当に新聞やテレビには、権限が
 及ばないかな?
http://blog.goo.ne.jp/touhou_huhai_blog/e/1d6aaa986c14441cd78e4b7c8effeaa8

 

 


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