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ロックンロールを支えたチャック・ベリーの名前のないリフ

 ロックンロールを聞いたことがある人なら誰でも知っていて、でもその割には深く語られていないリフがある。典型的なロックンロールの曲では、必ずといっていいほどバックでギターの低音弦によって奏でられる「タタラタ、タタラタ」というあのフレーズだ。

 専門的に言えば、コードの主音(キーがCなら「ド」)に重ねて、5度(同「ソ」)や長6度(同「ラ」)の音を8ビートに合わせてリズミカルに弾くリフ。ちゃんとした名前は何故かついていないが、最近だと、このリフの「考案者」(註1)の名前を付けてチャック・ベリー風ボトム・リフと言えば通じるようになってきている。ボドムというのは、このリフがギターの低い方から二つの弦(5弦+6弦)を使って奏でられることが多いことから来ている。

 チャック・ベリー(Chuck Berry)の「ジョニー・B・グッド」や「キャロル」など代表曲の多くで聞けるこのリフだが、最近リリースされた'50年代のコンプリート音源集“Johnny B. Goode- His Complete 50s Chess Recordings”や、そのチャックにも多大な影響を受けている、英国のロックンローラーにしてポップス職人ミュージシャン、デイヴ・エドモンズの音楽(祝! 紙ジャケ再発!)をじっくり聞き直すと、一聴するとすごく単純で弾くのも簡単に思えるこのリフが、実は非常に奥深いものであるということを強く再認識させられる。



Chuck Berry
“Johnny B. Goode - His Complete 50's Chess Recordings”
Chess/Hip-O-Select B0009472-02 CD01--04
販元のwww.hip-oselect.comのほか、大手CD通販サイトなどでも購入可能

 確かにこのリフ、模倣しようとすれば、初心者でも簡単に模倣ができる単純な音の動きから成っているし、僕もギターを手にしてそう間もない頃に「習得」したつもりになっていた。しかし上のデイヴ・エドモンズやローリング・ストーンズのキース・リチャーズら一部のこだわり派ギタリストの解釈を通して、このリフを丁寧に聞いてみると、そこには、アクセントを付けたピッキングによって随分と豊かなリズム・ニュアンスが込められていることがわかってきた。

 ここでは話を簡単にするためにキーをC(ハ長調)として、音階名でこのリフの最も基本的なパターンを書き表わしてみると、

ド─ド─ド─ド ド─ド─ド─ド
ソ─ソ─ラ─ソ ソ─ソ─ラ─ソ

となる。上の「ド」は6弦の8フレット、下の「ソ─ソ─ラ─ソ」は5弦の8─8─10─8フレットを抑えることで奏でられる。それが2回繰り返されることで8回ビートを刻む(カタカナ一個分がちょうど8分音符一個分に当たる)。これがちょうど一小節分ということになる。音の動きは非常に単純だ。

 話をさらにリズム・ニュアンスに話を進める前に、このリフのルーツのことについて書いておくべきだろう。チャック・ベリーの映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』のDVDの<4枚組コレクターズ・エディション>で見ることができる、ロビー・ロバートスンとの会話の中で、チャック・ベリー自身もそのことに言及しているが、このボトム・リフのルーツはズバリ、ブギ・ウギ・ピアノにある。

 ブギ・ウギ・ピアノというのは、米国で1920年代から30年代に広まったとされるピアノによるブルース系のダンス音楽で、その特徴は、左手が1小節で八つのビートを刻む左手の強靱なベース・パターンにある。言葉だけで説明してもわかりにくいので、チャックも直接影響を受けたブギ・ウギ・ピアノの名手アルバート・アモンズ(顔がB・B・キングに似てる方)と、そのライヴァル、ピート・ジョンスンのコンビによる強力な演奏を見ていただこう。 
http://jp.youtube.com/watch?v=mIVJw8yX6GY&feature=related

 ついでに、アルバート・アモンズの代表曲「ブギ・ウギ・ストンプ」を少年が弾くとこうなる! この子は凄い!!
http://jp.youtube.com/watch?v=2goB52BDKHM&feature=related

 そして、チャック・ベリー版はこう。
http://jp.youtube.com/watch?v=rPv2Q0Wh6Qw


 どうだろうか、具体的にこれらの演奏を、その左手に注目して聞いていただけば、チャック・ベリーによるギターの2本の低音弦を使ったボトム・リフとのつながりが見えてはこないだろうか。

 ピアノとギターでは楽器の構造も違うので、フレーズ自体は少しデフォルメされているが、リズム感覚、アクセントは見事に「移植」されているのがわかると思う。そこでのポイントは二つある。まず、ブギ・ウギで刻まれる八つのビートは、文字通り8ビートのルーツでもあるのだが、ブギ・ウギが生まれた20年代から、チャック・ベリーの全盛期の50年代後半ぐらいまでの時期、その8ビートはハネのニュアンスのあるものだった。したがって、八つのビートの一つひとつは完全に同じ8分音符ではなく、原則として付点がついてつんのめったシャッフル・ビート的な感覚になる。そしてもう一つのポイントは、それがすべてダウン・ピッキング(太く低い方の弦が先に当たるように上から下にピックを当てて弾くこと)でプレイされる、ということだ。

 このボトム・リフは、チャック・ベリー以降、ロックンロール・ギターの基本として、様々なヴァリエイションを生みながら(註2)、あらゆるロック・ギタリストに弾き継がれていくことになるのだが、そこでちょっと問題が生じた。

 1950年代末以降、ポップスの世界では肝心の8ビートが、ハネのニュアンスのない“ストレートな8ビート”と、ハッキリとハネるシャッフル・ビートに分化していき、'62年ビートルズが登場する頃(註3)には、八つのビートをほぼ均等に打ち鳴らす“ストレートな8ビート”の方が主流になってくる。そのことはポップスの世界の「世代交代」を鮮やかに演出する一方で、このチャック・ベリー風ボトム・リフから、豊かだったニュアンスを奪うことにもなってしまうのだ。(以下、次回に続く)

 

註1=同じ音で構成されたフレーズをゆったりとハネたリズムで弾く手法は
   ブルースの中に古くからあったが、チャック・ベリーはそれを速い
   テンポの曲に応用した点が画期的だった、という話が、後述の
   ロビー・ロバートソンとの会話の中に出てくる。

註2=レッド・ツェッペリンの「ロックン・ロール」の有名なギターの
   イントロのリフも、チャック・ベリー風ボトム・リフの発展形のひとつ。
   そんなリフを持った曲にこのタイトルを付けたというのも象徴的。
   また、チャック・ベリーの影響を強く受けたローリング・ストーンズには、
   「ダイスをころがせ」や「スタート・ミー・アップ」など、
   オープン・チューニングによる独特の動きのリフを、このボトム・リフと
   組み合わせて使うような曲が結構ある。

註3=ビートルズの'62年10月の英国でのデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」は、
   ゆったりとハネたビートを持つシャッフル形の曲だったが、
   ナンバー1ヒットとなった2曲目の「プリーズ・プリーズ・ミー」は
   ストレート8。「プリーズ・プリーズ・ミー」の成功の裏には、
   ストレートな8ビートのインパクトというものもあったに違いない。
   もちろん米国での成功のきっかけになった「抱きしめたい」も
   ストレートな8ビートの曲だった。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○チャック・ベリー公式サイト
http://www.chuckberry.com/


○『Rolling Stone』誌
 「The 100 Greatest Guitarists of All Time」2003/08/27
   (史上最も偉大なギタリスト100人)
http://www.rollingstone.com/news/story/5937559/the_100_greatest_guitarists_of_all_time/


○『Rolling Stone』誌
 「The Twenty-Five Most Underrated Guitarists」 2007/10/01
   (最も過小評価されているギタリスト25人)
http://www.rollingstone.com/rockdaily/index.php/2007/10/01/the-twenty-five-most-underrated-guitarists/


○ポップス黄金時代 ─Popular Hit Parade─
 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の音楽
 映画が公開されたのが1985年で、物語も1985年のアメリカが
 舞台となっており、そこから30年前の1955年にタイムスリップ
 するという設定です。そして、その劇中の1955年の時代考証も
 完璧ですし、中で登場して来る当時の音楽の使い方が上手い具合に
 キーワードとなっており、1955年という時代が見事に演出されて
 いる所がとにかくニクイったらありゃしない!のです。
http://pops555.blog10.fc2.com/blog-entry-8.html


○ロックンロールの神様、Chuck Berry 2008/01/07
 チャック・ベリーは言わずと知れたロックンロール創生期の重要な
 オリジネイターの1人で、その後のロック・ミュージックへの影響度
 という点ではトップ・クラスのアーティストと言える人物です。
 とりわけ「Roll Over Beethoven」や「Johnny B. Goode」に代表される
 独自のギター・スタイルと車やロマンス、スクール・ライフといった
 ティーンエイジャーに身近なテーマを盛り込んだ歌詞作りのスタイルに
 関しては、チャック・ベリーの影響を受けていないミュージシャン
 なんていないんじゃないかと思えるほど、ロック・シーンに対して
 計り知れない影響を及ぼしています。
http://50soldies.blog102.fc2.com/blog-entry-80.html


○Blueの雑記帳(2nd edition) 2007/04/06
 「ヘイル!ヘイル!ロックン・ロール/チャック・ベリー」
 さて、このDVDの凄いところは本編だけではない。
 DVDを観た誰もが思うだろうボーナス・ディスクに収められた
 未公開リハーサルだ。曲によっては単なるジャムだったりするのだが、
 それをしているのがキース・リチャーズであり、エリック・クラプトン
 であり、チャック・ベリーであり、スティーヴ・ジョーダンなのだ。
http://blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-322.html


○PowerBook日記 「ヘイル!ヘイル!ロックンロール」2007/04/11
 「ロックが好きである」という自覚がある人は、一家に1枚、
 絶対必要なDVDです。これを見ずしてロックとか言うな、と断言します。
http://powerbook.livedoor.biz/archives/50901414.html


○Hail Hail Rock N Roll(YouTube映像 02:31)
http://jp.youtube.com/watch?v=J6HBO_Z_Bxs&feature=related


○ブラックストライプ 
 「チャック・ベリー/大人のギタリスト講座13」 2007/05/22
 エリック・クラプトン曰く、
 「ロックをプレイしたけりゃ、チャック・ベリーのように弾くか、
 彼から学んだことをプレイするしかないんだ。他にチョイスはない。
 それほど彼は基本なんだ……」
 エレクトリック・ギターを、ロックというジャンルを決定付ける
 ファクターに押し上げた先駆こそ、チャック・ベリーである。
http://bosssikirock.blog79.fc2.com/blog-entry-86.html

 

 


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