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16年前に大阪で流れまくった「Please Don't Leave Me」の作者、ジョン・サイクスのギターに浸ろう

 名高いバンドの音楽性が変わる要因というのは、えてして“大人の事情”によるものです。それがメンバーの音楽的成長によるものであれば理想ですが、現実がそうとばかりもいかないことは、エアロスミス(Aerosmith)やニルヴァーナ(Nirvana)を引き合いに出してみれば簡単にわかることでしょう。「キミたちの力だけでは売れないから、もっとポップで売れるものを作るために、いい作曲家やいいプロデューサーを紹介してあげよう」というわけですね。

 とはいえ、もちろん、メンバー・チェンジをきっかけにバンドの音楽性がいい方向(これは感じ方に個人差があるので慎重に使いたい言葉ですが…)に変わっていくことはあります。僕がすぐに思いつく例だと、yukihiro加入直後のLArc-en-Ciel(人気こそありますが、最近の活動には残念ながら一時期の輝きが感じられません…)とか、TAKUYA加入後のJUDY AND MARY(最初のアルバムからギターは弾いていますが、TAKUYAが実質的に関わったのはセカンド・アルバム以降です)とかは「飛躍的に前進」という印象ですね。また同時代には体験していないものの、マイケル・シェンカー(Michael Schenker)加入後のUFOにもそういった印象を持っています。

 しかし普通、ある程度のキャリアがあるバンドであれば、ヴォーカリストならばともかく、楽器担当のメンバーが交替しても、音楽性はそのまま引き継がれるものです。

 ところが、よほど個性が強いのでしょうか。どんなバンドであれ、加入するバンドの音楽性をガラッと変えてしまうギタリストがいます。しかも、常にいい方向に(感じ方には個人差があります。念のため…)。僕と同世代であれば名前ぐらいは聞いたことがあると思いますが、ほかの世代の方ではどうでしょう? そのギタリストの名はジョン・サイクス(John Sykes)といいます。

 まだパンク色が強かったタイガーズ・オブ・パンタン(Tygers Of Pan Tang)も、アイリッシュならではの哀愁漂うメロディが人気だったシン・リジー(Thin Lizzy)も、デイヴィッド・カヴァデイル(David Coverdale)のブルージーな歌唱が人気を集めていたホワイトスネイク(Whitesnake)も、サイクス加入後に発表したアルバムは、すべてソリッドなヘヴィ・メタルへと生まれ変わっていきました。

 キャリアの浅かったタイガーズ・オブ・パンタンはともかく、シン・リジーやホワイトスネイクはそれまでに何枚もアルバムを出している大物バンド。彼らにとってみれば、当時のジョン・サイクスは、単なる“若造”に過ぎなかったはずです。ところが、シン・リジーもホワイトスネイクもサイクスがメンバーになった途端、それまでのゆったりしたハード・ロック路線から大きく方向転換し、前述したように、バンドの歴史の中では異質である「ソリッドなヘヴィ・メタル」へと生まれ変わってしまったのですから、サイクスは本当に稀有な存在と言えるでしょう。

 そのジョン・サイクスですが、実はここ最近、関連のCDがまとめて再発されています。

 まず、サイクス加入をきっかけにキャリアのピークを迎えたタイガーズ・オブ・パンタンは、昨年末に4タイトルが再発されました。サイクス在籍時のアルバムは2枚だけですが、代表作『Spellbound』(81年)は細部までオリジナルLPにこだわった紙ジャケット仕様で出ましたので、これは買えるうちに買っておいたほうがいいかも。紙ジャケですから、もちろん限定盤です。


『Spellbound』(ジャケットのステッカーからメンバーの
サイン入りポスターまで丁寧に復刻)

 シン・リジーに関しては、紙ジャケではありませんが、サイクスが在籍した唯一のオリジナル・アルバム『Thunder And Lightning』(83年)が昨年3月に再発されています。

 そして先月23日に、サイクス在籍時のホワイトスネイクが80年代半ばに出したアルバム2枚が紙ジャケ仕様で再発されました(サイクスはいませんが、ホワイトスネイクの久々となるスタジオ新作『Good To Be Bad』も同時発売されています)。

 うち『Slide It In』についてはちょっと触れておきましょう。実はこのアルバム、サイクス加入前のメンバーでの録音(イギリス盤)とサイクス加入後のメンバーでの録音(アメリカ盤)との2種類が出ています。なぜそんなことになったのかというと、アメリカのレコード会社であるゲフィン(Geffen)が、リバティ(Liberty)から発売されたイギリス盤の内容では「売れない」と判断して作り直させたからなんですね。ちなみに、ニルヴァーナやエアロスミスがビッグ・セールスを収めたときに所属していたレコード会社も、このゲフィンです。


イギリス盤の内容が収録された日本盤LP『Slide It In』



アメリカ盤から半数の曲を選んだ『Slide It In』の
日本独自企画盤

 話を戻しましょう。この『Slide It In』ですが、日本ではまずイギリス盤の内容でLPが発売され、ほどなくしてアメリカ盤の内容を収録したLP(完全な形ではなく、デイヴィッド・カヴァデイルのインタヴューを曲間に挟み6曲を収録)も出ました。日本ではどちらもソニーから発売されたこともあり、混乱を避けるために後者はジャケットに手を施していますが、イギリス、アメリカはどちらも同じジャケットで出ていますので注意が必要です。自分の耳で、サイクス「加入前」と「加入後」では「音」にどれだけ違いがあるのかを確かめたい方にとって、サウンドの異なる2枚の『Slide It In』は最良の素材と言えるでしょう(少し細かい話になりますが、やっかいなことに、日本盤LPはUK盤の内容でもゲフィンのレーベル・ロゴが入っていますのでご留意ください)。

 サイクスのキャリアのピークを『Slide It In』の次に出たアルバム『Whitesnake(邦題は「白蛇の紋章─サーペンス・アルバス」)』とすることについては、多くの方の賛同が得られると思います。アメリカで大ヒットを記録した時点では、すでにサイクスはバンドを離れていましたが、同アルバムからのシングル「Still Of The Night」の鬼気迫るギター・プレイは、彼の代表的な演奏といっても過言ではありません。

 最後になりますが、今から16年前の5月、大阪のFM802でデンマーク出身のメタル・バンド、プリティ・メイズ(Pretty Maids)による「Please Don't Leave Me」がヘヴィ・ローテーションになりました。珠玉のバラード・ナンバーですので、曲名だけを見てピン!と来た方もいらっしゃるのではないでしょうか。僕もこの時期、大阪ではありませんが、ラジオでかかっているのを耳にしたことがあります。ただ、自分が聴き親しんでいたヴァージョンに比べると、中途半端にモダンなサウンド処理が施されているのが気になって「オリジナルのほうが数段上だなあー」と思ったものです。

 実は、この曲のオリジナルは82年にジョン・サイクスが発表したシングルで、オリジナルではシン・リジーのリーダー、フィル・ライノット(Phil Lynott)がヴォーカルでした。哀愁溢れるフィルの歌声だけですでに“勝負あり”という感じですが、サイクスが使用しているギター、レス・ポール特有の温かい音色がじっくり染み込んできて、なんとも言えない味わいなんですよね。ギター・ソロも、細かいフレーズまで含めて思わず歌いたくなるようなメロディアスなもので、これも彼を代表するギター・プレイだと思います。

 僕にとっては「今ひとつ」だったプリティ・メイズのカヴァーも、このギター・ソロをまったく変えていなかったのには好感が持てました。この曲に関しては、ギター・ソロも作曲の一部に含まれていると言えますから。

 「Please Don't Leave Me」のオリジナル・ヴァージョンを収録したジョン・サイクスのアルバム『Please Don't Leave Me』も5月7日に紙ジャケで発売されたばかりです。興味を持った方はぜひ聴いてみてください。本当に素晴らしいですよ。


『Please Don't Leave Me』(表題曲を3ヴァージョンも収録した編集盤)

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○聴くまで死ぬな!! この曲を
 「TYGERS OF PAN TANG/LOVE POTION NO.9」 2007/11/21
 軽快でありながら実に骨太なハード・ロックに仕上がっています。
 ポップなメロディは有名ですね。しかし、やはりどうしても
 ワイルドなギターソロや野太いリフに耳がいってしまいます。
http://musicdays.exblog.jp/7504522/


○ヒロックの音楽生活 2007/05/17
 「JOHN SYKES─Early Days☆TYGERS OF PAN TANG☆」
 '80年代の幕開けと共にイギリスの音楽シーンを席捲したムーヴメント
 “NWOBHM” 世界的な成功を収めたバンドとしてはIRON MAIDEN,
 DEF LEPPARDの2大バンドが挙げられますが、このムーヴメントでは
 様々な個性派バンドがデビュー。このムーヴメントがアメリカに飛び火し、
 後のHR/HMブームまで生むわけですが、NWOBHMの多くのバンド群の
 中にTYGERS OF PAN TANGがいました。John Sykesはこのバンドに
 ニュー・ヴォーカリストのJon Deverillと共に2ndアルバムから加入。
 この2人の加入によりバンドは大きく飛躍し、NWOBHMを代表する
 名バンドとして成功を収めました。
http://ongakudalsuki.blog65.fc2.com/blog-entry-274.html


○マリリンの日常日記(エッセイスト・瀧澤陽子のブログです)
 「ラヴランド/ジョン・サイクス」 2006/06/29
 携帯の着信をジョン・サイクスの「Please don’t leave me」に
 変えたら、急にジョン・サイクスが聴きたくなって、究極の
 バラードアルバム「ラヴランド」をかけている。バラードと言えば、
 やっぱ、ジョン・サイクスを超えるギタリストはいないんじゃないだろうか。
http://randyyoko.blog61.fc2.com/blog-entry-94.html


○Riko's Music Life ・・・音楽雑食主義・・・
 「John Sykes / Please Don't Leave Me」 2005/11/12
 とある場所で話題になっていた「Please Don't Leave Me」
 私は恥ずかしながらこの曲のタイトルを聞いてもぴんと来なかった。
 でも、どうやら有名な曲らしい。ここから、私の
 「Please Don't Leave Me」を探す旅は始まった。
http://rikomimiringo.ameblo.jp/rikomimiringo/entry-10006072969.html

 

 

 


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