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国民皆保険制度の崩壊に繋がりかねない外資系株式会社病院進出

 今年になって急に騒がれだした後期高齢者(長寿)健康保険だが、実はこれ、2006年の通常国会で医療制度改革関連法案として成立したものである。この4月から施行というのはその時すでに決定されている。それがなぜ、実施間際まで国民の前に取り上げられてこなかったのか。非は厚生労働省の対応ばかりでなく、報道に携わるわれわれマスコミ関係者の不勉強も大いに反省しなければならない。

 そもそも、都道府県単位で75歳以上の人を対象に新しく医療保険制度を作り、保険料は原則として年金から天引きするという方法がほんとうに最良だったのか。後期高齢者という呼び名にも批判があり、4月1日に「長寿」という名称に急遽変わったことも、法案作りの目的の曖昧さや、可決に至る事前審議がまったく不十分であったことなどを露呈している。こうした法案作りのプロセスについても公の場で討論し、国民が関心をもてるようにしないといけないだろう。

 それにしても日本の医療制度の問題はかなり深刻だ。まず、人命を預かる病院といえども採算が取れなければ経営を持続することは困難である。既存の診療報酬体系では医師・看護師以外のスタッフ(病院で働く職種は実に多く、かつ患者サービスに直結している)が増えても病院の収入は増えないという仕組みにも問題がある。

 だから、患者の相談窓口やカスタマー関係の職種は間接部門としてどんどん隅に追いやられてしまう。これが患者満足度に大きく影響することを忘れてはならない。外国の制度を取り入れるのも良いが、ただマネをするのではなく、日本の社会風土に合うようにきめ細かな改良が必要だ。日本人のお家芸である「和して同ぜず」という考え方が肝要なのだと思う。

 日本人は「おくゆかしさ」、「謙虚さ」というものを美徳と考え、「侘び・さび」に代表される禅の心をからだのどこかに持っている。日本人だけが持つすばらしい文化だと思う。しかし、外国との交渉事ではこの考えは通じにくい。物事の本質にはズバッと切り込まなければ誤解を生むばかりで相手に通じない。そのような事例は枚挙に暇がない。

 医療の世界でも外交ルートから様々な要求があり規制緩和が実現している。株式会社病院もその一つだ。従来の医療法では株式会社病院は認められていなかった。だが、2004年10月に特別法が施行され、第1号の株式会社病院が横浜市に誕生している。同病院を経営するのはバイオ分野のベンチャー企業だ。株式会社化することで米国企業が狙うのは、金儲けにつながる医療サービスや医療機器、医薬品市場への参入だろう。

 いまのところ株式会社病院は自由診療(100%患者自己負担)だが、外国からは混合診療(一部、保険が効く)の導入を求めてきており、大きな外国資本をバックに経営に苦しむ日本の病院が次々と買収されていくとしたら、早晩、わが国の国民皆保険制度の崩壊につながることは容易に想像の付くところである。さらには外資系保険会社の市場拡大の狙いもあると聞く。

 その一方では、これまでの日本の医療制度は世界的に評価されている。フランスのパリに本部があるOECD(経済協力開発機構)にはEUをはじめ世界30カ国が加盟しているが、その中で日本が特出して評価されている分野がある。WHOの健康達成度総合評価だ。このデータは日本医師会や厚生労働省が日本の医療水準の高さを説明する時にしばしば引用するのでご存知の方も多いと思うが、30カ国中なんと日本は堂々の第1位である。

 しかも対GNP比率7.9%(加盟国中17位)という低い医療費での達成だ。これはOECDの平均8.6%を下まわり、15%を費やしているアメリカの約半分だ。つまり、この数字だけを見れば日本は安いコストで良質な医療サービスを国民に提供していることになる。

 世界に冠たる日本の国民皆保険制度は、保険証1枚で全国どこの病院(フリーアクセス)でも概ね平均的な医療を受けることが出来る。確かにこのようなすばらしい制度を実際に運営出来ているのは日本だけである。国民皆保険制度はアメリカでもクリントン政権が一時導入を検討したことは記憶に新しい。そのアメリカでは、低所得者のみならず、ある程度の収入があっても、医療費があまりに高額なためいざという時に救急車も呼べずギリギリの選択を迫られている人も多いと聞く。

 外国で暮らしたことがある人ならば実感していただけると思うが、運用上はいくつかの問題を抱えつつも、日本の国民皆保険がいかに便利で安心できるものかがお分かりだと思う。ところが国民の評価は決して高くない。それは一体なぜか。この点を理解せず安易な規制緩和に踊らされていると、自分で自分の首を絞めるようなものである。社会保障は需要と供給のバランスなのである。本当に必要なときだけその権利を行使するのが基本だろう。

 たとえ産業として成り立たなくとも、医療が社会の負担となってはならない。厚生労働省が医療費抑制に向かっていることから考えると、どうやら負担と見ているようだが、日本が国策として判断しなくてはならない大きな問題である。社会福祉を負担と見た場合、そこで働く者は熱意を失う。医師不足や救急医療体制にも影響が出るのは必至だ。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○TETSUの深夜プラスワン 「後期高齢者健康保険」2008/04/12
 財源が無いと言ったって、道路財源の一般財源化が検討されているし、
 それよりなによりも、具にもつかないフェミニズム政策に何兆円もの
 予算が組まれているのなら、それを廃止して福祉医療に当てるべき
 ではないのか?
http://blogs.yahoo.co.jp/tetsu_sebenza/6061793.html


○人生の苦楽園♪ 「後期高齢者医療保険騒動・・・(^▽^;)」2008/04/13
http://konkichi.exblog.jp/7842971/


○モジモジ君の日記。みたいな。「混合診療を解禁してはいけない」2007/11/08
 効果の怪しい、科学的根拠の確立していない治療法には保険を適用しない。
 かつ、効果の確かめられた治療法は保険を適用して貧富の差に関係なく
 アクセスできる医療とするべきである。
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20071108/p1


○児童小銃 「混合診療問題がわかったよ! 半分くらい…」2007/12/08
http://d.hatena.ne.jp/rna/20071208/p1


○花・髪切と思考の浮游空間「混合診療解禁と松井道夫氏の言説」 2007/12/19
 混合診療とは、医療をこうした一連の流れとしてとらえた場合、
 一定の段階の診療(行為)までは保険でカバーし、それ以上は
 自由診療とするというものだ。だから、保険でカバーされない
 範囲は自費料金になる。金の有る無しがものをいう世界ともいえる。
http://blog.goo.ne.jp/longicorn/e/75159dd7992a079230afb02ea9fc5b74


○新小児科医のつぶやき 「業界用語としての効率化と合理化」2007/11/07
 読んでもらえればわかるように、ここで厚労省サイドの発言者が用いる
 「効率化」とは、より少ない出費(医療費)で医師をより多く働かせる
 事であるのがよくわかります。どれも確かに大がかりな処置では
 ありませんが、無料で出来るものではありません。薬剤費、材料費、
 器材をそろえ、それらを滅菌消毒する手間、当然のように人件費が
 かかります。これらも含めての診療点数なのですが、これらを無料化
 するとの宣言です。
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20071107

 

 


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