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同性愛本から児童書まで。ネット配信で活気づく米オーディオブック市場と火種

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

アメリカでは、iPod、MP3などデジタルオーディオ機器の進化、普及に伴い、オーディオブック市場が活気づいている。オーディオブックとは、朗読された書籍、雑誌のことだ。数年前までは、テープやCDの形態が主で、図書館や書店の片隅に置かれていたオーディオブックだが、今やインターネット上で簡易にダウンロードできるとあって、若い層にも普及し始めている。

オーディオ出版社協会(Audio Publishers Association)の推計によれば、オーディオブックの世界の市場規模は10億ドル超で、うちアメリカが8億3200万ドル。日本市場は、世界の1割程度だ。車を運転する時間の長いアメリカでは、音楽以外で、長時間もつ「聴く本」の利用者は多いのだ。米グラミー賞にもオーディオブック部門があり、今年2月には、大統領選のオバマ候補者が、自身が朗読するオーディオブック「合衆国再生―大いなる希望を抱いて」で最優秀賞を受賞し、話題になった。

オーディオブックの値段は、印刷版の書籍より若干高めで、15ドルくらいから5、60ドルくらいだ。原作をオーディオブック化する権利料に加え、ナレーターの出演料、収録スタジオ使用料などが反映されるためだ。長編になるほど収録費用が嵩み、販売価格も高くなる。

いったい、どんなオーディオブックが売れているのだろうか。アマゾンのベストセラーサイト(2008年5月8日時点)を見ると、通常の本の売れ筋とほぼ同じラインナップで、ハリー・ポッターシリーズやスティーブン・キング氏の著書などフィクションが目立つ。

今のオーディオブックは人気ナレーターを使ったり、演出を施したりしてあって、おもしろく聞ける。ベストセラーリストを仔細に見ると、オーディオブックでは、スピリチュアル関連が強いことがわかる。人気スピリチュアル・メッセンジャーのエックハルト・トール氏による「The Power of Love」「A New Earth」をはじめ、精神世界を語る本がベスト10のうち4点を占める。

また、末期膵臓癌を患うランディー・パウシュ教授(カーネギー・メロン大学)の最後の講義をまとめた「The Last Lecture」もベストテン入りする。確かにこれらは、朗読されたものを聴くと心に染みてきそうである。「The Sales Bible」などのビジネス本もベストテン入りしている。通勤時に聴いて、能力開発に努めるビジネスパーソンの姿がうかがえる。

オーディオブック業界の最大手は、Audible社だ。1997年設立の同社は、2007年度売上が、前年を34%上回る1億1000万ドルに達した。会員45万人を擁し、470以上のコンテンツプロバイダーから仕入れた、4万点以上の音声版書籍、新聞、雑誌の品揃えを誇る。これら商品は、同社サイトの他、 iTunesミュージックストアやアマゾンコムでもダウンロード購入ができる。同社は、この1月にAmazonの傘下に入って以来、特に活発な動きを見せ、業界をリードしている。

4月には、同性愛専門の番組やオンラインコンテンツを提供するLogoと協働し、同性愛関連のオーディオブックシリーズをリリースしていくと発表した。現在同社のサイトには、Logo Boutiqueという専用のページが設けられ、Logo推薦のオーディオブックが紹介されている。MTVチャンネルなどで3000万人の視聴者を持つLogoとの提携で、顧客の幅はますます広がりそうだ。

また、3月には、AudibleKids.comを立ち上げ、子どもたちへのオーディオブック販売にも本格的に乗り出した。アメリカでは、6から10歳の子どもの3分の1はデジタルオーディオプレーヤーを使っている。この層を中心に、寝る前にベッドで聴くオーディオブックを販売し、生涯の顧客となってもらおうという目算だろう。

オーディオブックビジネスは、うまくいけば高収益の見込める分野だ。原盤制作にはコストがかかるが、ダウンロード販売が中心であれば、その後の生産、在庫管理、配送などの費用はゼロに近い。

iPodやMP3など端末が普及するほど顧客の裾野は広がり、ポジティブな要素の多い市場だ。Audible社のビジネスモデルは、出版社、新聞社、ラジオ局などからコンテンツをオーディオブック化する権利を買い、音声化し、自社や提携先のサイトから顧客に販売する、というものだ。高品質でユーザーにうけるコンテンツをリリースし、ユーザーを獲得することが、ビジネス拡大の大きなポイントである。Logo社との協働、AudibleKids.com発足などにより、仕入れと顧客獲得の循環は狙い通り促進されているようだ。

一方、トラブルになりそうな火種もある。DRM(デジタル著作権管理)の問題だ。Audible社では、DRMシステムを導入し、販売した商品のコピーを制限している。しかし今年3月、出版大手ランダムハウス社がDRMフリーのオーディオブックを発売し始めた。音楽業界で起きているDRMフリーの波が、オーディオブックにも押し寄せている。

ランダムハウス社の目算は、顧客フレンドリーで、多くのディバイスに対応できるDRMフリーのオーディオブックを、バーンズアンドノーブルなど大型書店チェーンや、Wal-Martなど大手スーパーのサイトで量販することだ。

昨年からDRMフリーのオーディオブック販売を始めたeMusic社は、「DRMフリーの商品が出回るようになれば、市場を支配しているAudible社以外で多くの製品が売られるようになるだろう」と予言する。

不安定要素をはらみながら拡大するオーディオブック市場。来年あたりは、どのくらいの規模に成長し、誰が笑っているのだろうか。


<参考情報>

Audible社のサイト   http://www.audible.com/

Business Wire記事 2008/04/30  Audible、Logoと提携
http://www.businesswire.com/portal/site/google/?ndmViewId=news_view&newsId=20080430005317&newsLang=en

Associated Press記事 2008/04/28 子どももiPodでベッドタイムストーリーを
http://ap.google.com/article/ALeqM5iVJ_FvIE3fhZEL9RqUEbAKmWw41AD90B3KV00

Publishers Weekly記事  2008/03/03 ランダムハウスのDRMフリーで論争再燃
http://www.publishersweekly.com/article/CA6536974.html?nid=3329

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2007/10/09
 末期ガンのランディー・パウシュ教授、最後の講義「心から伝えたいこと」
http://mediasabor.jp/2007/10/post_233.html


○CloseBox外電  2008/03/06
 「DRMフリー、次はオーディオブックという推論」
http://d.hatena.ne.jp/mazzo/20080306/1204780828


○投資経済データリンク  2008/02/01
 「Apple vs Amazon--オーディオコンテンツ分野からみた米国のIT関連サービス」
 オーディオコンテンツ分野、いわゆる楽曲販売ではipodの成功により
 Apple社が先行していました。同社サイトのiTunes Storeを通じて
 1曲99セントで販売しております。現在、音楽のデジタル配信における
 iTunes Storeの全米シェアは約70%で圧倒的なトップシェアです。
 これに挑もうとしているのがAmazonで、MP3フォーマット、
 DRM(コピー)フリーという徹底したオープン化戦略でAppleの牙城を
 崩そうとしています。4大音楽会社のなかで最後までDRM(コピー)フリー
 を認めなかったSony BMGがAmazonと提携し、準備が整いました。
http://blog.h-h.jp/investnews/2008/02/01/apple-vs-amazon%EF%BC%8D%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%84%E5%88%86%E9%87%8E%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%BF%E3%81%9F%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%AEit/


○モチベーションは楽しさ創造から 2007/08/15
 「本だけが学習ツールではない! 時間を倍にするiPodを利用した20の学習ハック」
http://d.hatena.ne.jp/favre21/20070815#1187219291


○しみじみと朗読に聴き入りたい 「オバマの朗読グラミー賞受賞」2008/02/24
http://blogs.yahoo.co.jp/teabreakt/33511580.html


○かやさんち 「オバマ氏がグラミー賞を獲得」 2008/02/11
 受賞したのは、「最優秀朗読アルバム賞」、自分の著書を朗読した
 ものが賞もらったそうです。へー。政治に配慮して作られた
 賞なんでしょうけどね。グラミー賞って、いろんな賞があるのね。
http://kayabaggio.seesaa.net/article/83557959.html

 


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