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理想は食べて治す食事療法 幸福な人生の達成感

 今から40年以上も前の話。当時、伝染病研究所と呼ばれていた現在の東京大学医科学研究所で、ラット(実験用ねずみ)を使ったある実験が行われた。固形飼料だけで飼育したラットと、近所の八百屋から貰ってきた野菜屑だけで飼育したラットとで黄色ブドウ球菌の毒性試験を行ったのである。結果は、固形飼料群はすべて死んだのに対して野菜屑を与えた方は半数以上も生き残ったという。

 いま改めて考えると現代人の食生活も、この固形飼料だけで飼育されたラットと同じような傾向があるのではないかと、ちょっぴり不安になる。この実験をしたのは、後の生体反応研究所所長の伊藤正次郎(医学博士)氏である。この実験がきっかけとなって、伊藤氏はマイクロ・カロリーメーターという生体の微小熱量を測定する計測器を開発するに至った。1993年、当時74歳の伊藤氏はこの計測器を用いて、いままで曖昧にされていた「体質」というものを客観的にとらえようと試みる。

 少し専門的な内容になるが、微小熱量の測定には患者の静脈血をヘパリン採血し、リン酸緩衝液で6倍に希釈したあと、それをさらに遠心分離して細胞成分を除去した液を作る。さらに患者赤血球と羊赤血球の2%浮遊液を作り、マイクロ・カロリーメーターの反応管に注入して自己・非自己の反応をみるというもの。このとき検出される微小熱反応が今まで「体質」という言葉で片付けられてきた症状を反映しているという。

 注目すべきは、東洋医学の専門家が患者の脈や舌の状態などから判定する「症」と呼ばれる患者の体質を、この装置を使えば簡単に割り出せることである。これを応用すれば患者に最適な漢方薬が誰にでも正確に選定することができるのだ。たとえば、小学生の頃からずっとアトピー性皮膚炎で悩んでいた患者が、この微小熱測定でマッチングした漢方エキス製剤を飲んだところ、わずか3ヵ月間服用しただけで完治するなど、着実に治療効果が現れていた。

 手軽で安価な加工食品や冷凍食品が私たちの食生活にすっかり定着しているが、これらの食品では補えない栄養素も旬の野菜や果物には当然含まれているであろうし、最近では農薬をほとんど使わない有機農法で育てられた野菜も多く出回わるようになった。アレルギー性疾患は特に飲み水や野菜などの食物の影響が強いというだけあって、食の安全が叫ばれる昨今、出来ることならやはり自然食を多く摂りたいものである。

 伊藤氏のそのときの言葉が印象的だった。「いくら理論を並べ立てたところで、実際に患者が治っていかないことにはどうにもならない。だからあまり既成概念にとらわれすぎて、有効な治療手段を見過ごさないようにしたい」と、自然を第一と考え生体内の反応性をコントロールするように治療、改善していく。「その人にはその人なりに合った薬が必ずあるはず、理想は食べて治す食事療法だね」と、伊藤氏は15年も前からすでにオーダーメイド医療を目指していたのであった。食事こそ最強のオーダーメイド医療なのだ。

 ところで今月20日、政府は内閣府がまとめた「08年版高齢社会白書」を閣議決定した。それによると07年10月時点、わが国の65歳以上の高齢者人口は前年比3%贈の2746万人で、総人口に占める割合は21.5%という高齢化比率を示している。75歳以上のいわゆる後期高齢者は1270万人で総人口の9.9%、実に10人に1人が75歳以上という人口構成になったわけである。

 いずれ日本の社会はさまざまな面で今までのようには立ち行かなくなる。その変化を行政は先読みし対策をとらねばならないだろうし、国民も柔軟に対応できるよう一人ひとりが社会参加していかなくてはならなくなるだろう。今までのように自分のことだけで手一杯だとは言っていられなくなるのだ。

 老いも若きも、都市化のなかで染み付いた物質的な価値観が通用しなくなり、生きていくためには地域住民どうしの交流が必要になってくる。そこで前回もこの欄で触れた「おくゆかしさ」や「謙虚さ」という日本人独特の精神文化が、金では解決できないさまざまな問題を吸収してゆくことに、再び私たちは価値観を見出すようになるのではないかと思う。

 高齢者にとって本当に安心できる医療社会とは何か。長生きをすることが目的ではなく、長生きをした時間で「何をするか」ということが大事なのであり、最後に「何をしたか」という問いにはっきりと答えられることが、幸福な人生の達成感につながるのではないかと思うのである。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○nikkei BPnet  2008/05/23
 「オーダーメイド医療が変える結腸がん製薬業界の勢力図」
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/forbes/080523_seiryokuzu/


○CNET  2006/01/26
 「ニコチン中毒をオーダーメイド医療で解消へ--米研究者らが取り組み開始」
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20095258,00.htm

 

 


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