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イタリアの放送業界で起きていること---首相とその会社メディアセットの思惑とは

これでもイタリアは法治国家といえるのか、と疑問に思うことがしばしばある。
たとえば、テレビ放送局に周波数を配分する際の、国や政治家の対応のしかた、国民の反応を見たとき。

イタリアのアナログテレビ放送は、国営放送(RAI)が3局、大手民放が5局と、無数のローカル放送局(2007年時点で600以上)とで成り立っている。この5つの民放局のうち3局は、メディア王で首相でもあるベルルスコーニが所有するメディアセット(MEDIASET)の傘下にある。そしてこのメディアセットの3局のうち1局が、長いこと違法に放送を続けているのである。


<エウローパ・セッテEUROPA7とメディアセットの攻防の経緯>

1999年、エウローパ・セッテが周波数の割り当てを国から獲得。割り当てを取得できなかったメディアセット傘下の1局・レーテ・クアットロ(RETE4)が、エウローパ・セッテに割り当て分を譲らず、周波数を占拠したまま放送を継続。現在にいたる。

2002年11月、イタリアの裁判所はエウローパ・セッテに理があると判断し、2003年中にメディアセット側の立ち退きを命じた。時の政権はまさにベルルスコーニの内閣で、2003年暮れに通信相のガスパッリが新法案を提出する。この、通称ガスパッリ法案の骨子のひとつは、レーテ・クアットロの放送権の継続を認めることにあった。

チャンピ大統領は、議会で可決された法案に署名しなかったが、結局下院で再議決され法案は成立、2004年5月、施行の運びとなる。その後、争いは欧州司法裁判所に持ち込まれ、この1月、「レーテ・クアットロはエウローパ・セッテに周波数の割り当て分を譲るべし」との判断がルクセンブルクで下された。

このまま事態が放置されれば、2009年から1日40万ユーロとも言われる罰金がイタリアに課せられることになる。しかも司法裁判所がイタリアに勧告を送った2006年に遡っての罰金だ。首相が経営する会社の「わがまま」に起因する罰として、これを国民みんなで負担することになるわけだ。

ことの異常さはわかってもらえたと思うが、不思議なのは、国際的な恥をさらしてまで、なぜアナログ放送の周波数にメディアセットがこれほど固執するのか、である。

イタリアでも地上デジタル放送への移行は進んでいて、2012年の末には既存のアナログ放送から完全に切り替わることになっている。(切り替え終了期日が2006年から2008年、2008年から2012年と延期されてはいるが。)アナログ放送がなくなったあと、空いた周波数をどう利用するか、という議論があってよさそうなものだが、少なくとも聞こえてはこない。なんだか変だ。


<メディアセットのエンデモル買収>

イタリアでは、常時20局以上のテレビ放送が視聴できるようになっている。マーケットを独占しているのは、先にのべた国営放送3局とメディアセットの3局だが、たまに国営放送局で放映する質の高い教養番組やルポルタージュをのぞけば、番組の質はどれもこれも似たようなもので、お世辞にも面白いとはいえない。また、バラエティからクイズ番組、トークショーにいたるまで、海外からフォーマット(番組の構成やコンセプト)を購入して放映されているものが多い。

このような状況のなか、昨年、コンテンツ製作会社・エンデモル(ENDEMOL)の株式75%を、メディアセットが26億ユーロで購入した。

エンデモルは、元々オランダの企業で、リアリティ番組「ビッグ・ブラザー」(イタリア版は「グランデ・フラテッロ」)で世界中を席巻したことで知られる。株式を取得した直後の調査によれば、国営放送局で放映しているフォーマット番組の放映時間の合計は、エンデモルからのものだけで年間735時間に及んでいた、という。

オランダのエンデモルから買い付けていたように、イタリア国営放送はライバルのメディアセットからフォーマットを購入し続けるのか。それとも、自分たちでコンテンツを創造していた70年代の製作現場をもう一度めざすのか。注目したいところだ。しかし、国営放送に限らないとはいえ、無難な番組占有率をめざすあまり、フォーマットに頼って番組製作をおろそかにしてきたツケはなかなか取り戻せないだろう。

一方、メディアセット傘下に入ったエンデモルのイタリア法人のトップ・パオロ・バッセッティは、今後海外に輸出できるイタリア産のフォーマットを製作していくべく、若手の育成に尽力している、と新聞のインタビューで語っている。

メディアセットのエンデモル買収は、衛星放送、ケーブルテレビ、IPテレビなどの普及に伴って番組コンテンツが不足することを見越した、メディアセットの先行投資と見えなくもない。首相に返り咲いたばかりのメディア王、ベルルスコーニだが、そのずるさと経営手腕を、国の運営に少しでも生かしてくれないものだろうか。


<参考>

フォーマットの一例
とんねるずのみなさんのおかげでした「脳カベ」イタリア版
http://it.youtube.com/watch?v=wJ5BXbX7Bxs&feature=related
(水着女性バージョンになっている。)


ITpro  「イタリアの通信放送業界事情(上)」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070525/272415/


Beppe Grillo のblog 日本語版
http://www.beppegrillo.it/japanese/


海外都市ガイド・イタリアのメディア
http://travel.jp.msn.com/overseas/guide/basic/media.aspx/globalareaid=5/countryid=528/


イタリアジャーナリズム報告
http://www.journalism.jp/takeda/2006/03/post_7.html


通信業者TISCALIによるレポート「イタリアにおけるテレビの将来」
http://tv.tiscali.it/caratteristiche/Il_futuro_della_Tv_in_Italia_def_.PDF


エンデモル・イタリア代表、パオロ・バッセッティへのインタビュー記事(LA STAMPA, 2008/5/5)
http://www.lastampa.it/redazione/cmsSezioni/spettacoli/200805articoli/32527girata.asp


欧州司法裁判所の判決に関する記事(CORRIERE DELLA SERA, 2008/1/31 )
http://www.corriere.it/economia/08_gennaio_31/europa7_ue_28390bd0-cfdd-11dc-894a-0003ba99c667.shtml

 


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