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半年間に10万人の移住者。ゆれる多民族国家“豪”のアイデンティティ

<記事要約>

連邦政府は、移住者の地域への溶け込み方に関するルールブックをひそかに書き換えている。税金で賄われる「ハーモニー(調和)」プログラムは、もはやオーストラリアの民主主義的価値観の理解を深めることを強制しない。移民・市民権省は、「尊重、公平性、一体性」を通じて、寛容を生み出すことに焦点を合わせるつもりである。

野党は、オーストラリア社会の一員としての責任を移住者が学ぶ必要があるとして、この変化を激しく非難した。

これに対し、多文化施策担当ローリー・ファーガソン政務次官のスポークスマンは、「率直に言って、我々は果たせない約束をすることをよしとしないだけのこと。要は、現実的で実際的な解決方法ということだ。残念ながら、前政権のやった多くのことはただの美辞麗句だった」と話した。

2008/6/10 Herald Sunより


<解説>

多民族国家オーストラリアへの移住者数は、日本では想像できないほどに多い。

たとえば、昨年7月から12月の半年の間にオーストラリア永住者となったのは、約10万人。そのうちの約7万人が海外からやってきた新参者で、残りの3万人弱は学生ビザや就労ビザなどで一時滞在していた人たちが、国内で永住ビザに切り替えたものだ。オーストラリアの人口は2,100万人余りなので、移民を迎え入れることは日常茶飯事とまではいかなくても、学校に転校生がやってくる程度の珍しさにすぎない。

出身国別に見ると、一番多いのは英国(16.1%)で、ニュージーランド(12.0%)、インド(10.4%)、中国(9.8%)、南アフリカ(3.5%)と続く。移住者のなかには、難民受け入れに焦点をあてた人道プログラムの適用を受けた6,088人も含まれている。また、日本人移住者も996人いる。

そんなわけで、オーストラリアが「アングロ・サクソン系のキリスト教国家」だと思ったら大間違い! この国には、先進国から発展途上国まで、ありとあらゆる国出身の人々が暮らしている、といっても決して言い過ぎではない。そのバリエーションたるや、国連並みなのだ。

最新の国勢調査の結果によると、外国生まれの割合は、国全体では人口の3割で、シドニー広域地域は4割。シドニー市に限れば、オーストラリア生まれでない人が6割を占め、英語以外の言葉を話す人が約半数いる。一口に英語以外、と言っても、家庭で話されている言語は、なんと400種類を超える。

ここまでくると、それぞれのエスニック・コミュニティの安定と繁栄が、豊かな社会の重要な要素のひとつとなっていることは、もはや動かしようのない事実。国策として掲げた多文化主義が成功しないことには、国家として立ちゆかない状況なのだ。この多様性を包括した共生こそが、今のオーストラリア社会を支える活力の根源だと思う。

むろん、人種や民族、信条や文化の違いによる軋轢がまったくないわけではないし、移民に対する国民的なコンセンサスを形成するのは、口で言うほど簡単なことじゃない。

アイデンティティを共有する難しさに直面した前政権は、過去の反省から「同化」ではなく「調和」を前面に打ち出した。

1975年に人種差別禁止法が制定され、白豪主義の終焉を迎えてから、わずか30余年。公平でより透明性の高い移住制度を目指し、外国人に広く門戸を開いて、「よそ者」を受け入れてきたオーストラリア社会は、ダイナミックに変貌を遂げつつある。

個々人が違っていることが当たり前となったこの国で、結束を保つための核となるのは、主流派のエッセンスを凝縮した堅固なアイデンティティなんかではなく、健全な多様性の受容によって育まれるゆるやかな帰属意識ではないだろうか?

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○雑種路線でいこう 「移民奨励の前に移民福祉特区で費用試算を」2008/05/08
 まずは既に公式非公式に受け入れている外国人について、円滑に
 住宅などを借りられるか、適切な医療を受けられるか、日本語を
 母語としない子女に適切な教育を提供できるかといった点で問題を
 一歩一歩解決していきながら、移民受け入れの敷居を段階的に
 下げていく必要がある。
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080508/immg


○世界の移民・移住問題と日本 
 「外国人労働者受け入れは日本をダメにする」 2008/06/25
 日本では、移民論が社会・政治論で語られることは多くても、
 この本のように経済や産業構造といった視点からの読み物が少ない。
 あったとしても経団連の主張を鵜呑みしたような議論であったりする。
 そういった意味でこの本は受け入れの是非を多角的に議論するための
 必読書であろう。受入れのコストとベネフィットの本当の受益(損)者、
 そして外国人労働者が産業全体に与える影響など、ノンエコノミストの
 私には、非常に勉強になった。
http://blog.goo.ne.jp/migrant_ak/e/ed0992c584366f777d483401c40e7add


○EU労働法政策雑記帳 「サルコジの移民規制政策」2008/06/06
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_3d4e.html

 

 


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