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今なお人気衰えず。20世紀最高のエンターテイナー:フランク・シナトラ没後10周年ベスト盤『Nothing But The Best/シナトラ、ザ・ベスト!』

  • レコード・コレクターズ 編集部
  • 祢屋 康


『Nothing But The Best/シナトラ、ザ・ベスト!』

 今年はアメリカの大歌手、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)の没後10年ということで、5月には記念切手が発売されたというニュースが日本でも伝えられた。

 シナトラの全盛期は40から60年代で、ロックンロール登場以前の最大のスターの一人だったけれど、それゆえというか、今のポップ・ミュージックの中心であるロック以降の世代の人に広く聞かれているとは言い難いかもしれない。

 僕が音楽を聞き始めた80年代には、シナトラといえば映画『ゴッドファーザー』に出て来るイタリア人歌手のモデルとなったとか、「マイ・ウェイ」や「夜のストレンジャー」などの大仰な曲(ロック世代の歌手などに茶化されることもしばしばあった)を歌う人というようなイメージが中心だったような気がする。シナトラは71年には一度引退宣言をしていて(73年には復活しているが)、当然、全盛期は当時としても20年以上も前だったわけだから仕方がないのかもしれないが。僕自身もいつかはちゃんと聞かなくちゃと思いつつ、学生時代は手付かずで、この10年くらいでぽつぽつとではあるけれどシナトラのアルバムを聞いたりするようになった。

 それにはいろいろ理由があるのだが、日本のいわゆるジャズ・シンガーでない人たちがシナトラのカヴァーをやっていたり、映画で曲が使われるのが印象に残ったりと、ちょくちょくシナトラを意識させられることがあったのが大きい。

 ちょうどシナトラが亡くなった98年に出た、日本を代表するドラマー、村上“ポンタ”秀一の活動25周年を記念したアルバム『Welcome To My Life』には山下達郎が「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」を歌うカヴァーが入っていて、これがまず印象的だった。50年代、キャピトル・レコード時代のシナトラ全盛期の中でも筆頭に挙げられる名演とされているこの曲を、伸びのあるいつもの声で山下達郎が歌うのも意外で、新鮮に感じたものだ。


村上“ポンタ”秀一『Welcome To My Life』

 2000年に公開されたクリント・イーストウッド監督の映画『スペース・カウボーイ』にはエンディングに「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が使われていて、これも印象深かったし、実際、評判になったようだ。映画のラスト・シーンと歌の歌詞が微妙に交錯して、ある意味悲しいエンディングを希望に溢れたタッチにさらりと転換させる役目をシナトラの歌が担っていた。


『スペース・カウボーイズ』サントラ

 この64年のシナトラのヴァージョンは、クインシー・ジョーンズのうきうきするようなスウィング感に溢れた編曲も有名で、明快な発音、ストレートな発声(とはいえシナトラが出てきたときには、それまでのビング・クロスビーのクルーナー・スタイルとの違いが売りだったわけだが)による歌唱はアメリカのポピュラー歌手の王道そのものという感じがする(ちなみに、映画といえば2001年には『オーシャンズ11』も公開されている。これはシナトラが主役を務め、サミー・デイヴィス・ジュニアらいわゆるシナトラ・ファミリーが脇を固めた60年の映画『オーシャンと十一人の仲間』のリメイクだった)。

 竹内まりやの03年のカヴァー・アルバム『Longtime Favorites』には大滝詠一とのデュエットで「恋のひとこと(Something Stupid)」が収録されていた。この曲はシナトラが娘のナンシーとデュエットして67年に全米1位のヒットとなった名曲だ。シナトラが52歳のときのヒットで、これもホントにいい曲だと思う。ちなみに01年にはイギリスの歌手ロビー・ウィリアムスと女優のニコール・キッドマンのデュエットが英国では1位になっている。


竹内まりや『Longtime Favorites』

 06年にコーネリアスが出したアルバム『SENSUOUS』には「スリープ・ウォーム」という曲のカヴァーが入っていた。コーネリアスは父(和田弘とマヒナスターズの三原さと志)のコレクションの中にあったこの曲が好きで取り上げたそうだ。今のテクノロジーであるソフト・シンセを使いながら、(音色はもちろん違うが)ネルソン・リドルによるアレンジもわざわざコピーして、とても現代的かつノスタルジックに聞かせていた。


コーネリアス『SENSUOUS』

 そして、今年、アメリカでは先述の記念切手と同時に発売されたベスト盤“Nothing But The Best”(日本盤『シナトラ、ザ・ベスト!』は5月28日発売)がなんと『ビルボード』のアルバム・チャートで最高2位まで上がっている。上下はもちろんラップやR&Bなど最近のアーティストばかりだが、半月以上経った6月2日の時点でもまだ4位だった。シナトラは40年代から『ビルボード』のチャートに入っているというから、実に60年を経ても、まだその人気が衰えていないということには驚くほかない。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○東京のアート情報を発信 立川直樹責任編集“TOKYO ART PATROL”
 「その笑顔が世界を癒す バー・フランキー」  2008/05/30
 トリビュート・ソングやトリビュート・アルバムが大流行の今日この頃
 であるが、トリビュート・バーというのはちょっと新鮮な響きだ。
 「バー・フランキー」は先にご紹介した「BAR120」の跡地、新丸ビル7階の
 丸の内ハウス アトリエルームにて6/15までの限定営業。
http://blog.excite.co.jp/tap/8242457/


○Frank Sinatra Remembered, May 14, 1998, R.I.P, 10 years...
 (YouTube 07:41)
http://jp.youtube.com/watch?v=IFDK-q6KKxI


○フランク・シナトラ特集【OnGen:国内最大級の音楽ダウンロードサイト】
 アメリカのポピュラー音楽史上、最も偉大なシンガーであり、
 20世紀が生んだ最大のエンターテイナー、フランク・シナトラ。
 あまりにその存在が大きすぎるためか、今の若い音楽ファンにとっては
 「マイ・ウェイ」を歌うおじさんくらいの認識しかないのかもしれないが、
 ポップスやジャズという垣根を取り払って、その素晴らしき声や表現力の
 深さは、まさにワン&オンリーの“ザ・ボイス”と呼ぶにふさわしい
 ものだった。
http://www.ongen.net/international/artist/feature/frank_sinatra080521/index.php


○ある音楽人の日乗 2007/10/30
 「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(Fly Me To The Moon)」
 この曲は、バート・ハワードの放った最大のヒットであるばかりか、
 ポピュラー音楽史上にも残る名曲です。1954年に発表された時には
 「イン・アザー・ワーズ(In Other Words=言い換えれば)」という
 タイトルで、4分の3拍子(ワルツ)の曲として作られていました。
 まずフェリシア・サンダースが歌って紹介。最初にレコーディング
 したのはケイ・バラードで、彼女の歌はヒットしなかったものの、
 歌曲そのものは注目されました。
http://blog.goo.ne.jp/mh0914/e/61725b38dcee6b03238958d12527f5e1


○♪ 音楽回顧録 ♪ 「☆フランク・シナトラ」 2007/11/02
  私のイメージとしては、やはり、
 「マイ・ウエィ」 「夜のストレンジャー」「ニューヨーク・ニューヨーク」
 「ムーン・リヴァー」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」 
 「L.A.イズ・マイ・レイディ」 あたりかな。
http://ameblo.jp/nobworld/entry-10053530750.html


○フランク・シナトラ オフィシャルファンクラブ
http://www.sinatrajapan.com/index.html

 

 


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