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日本の安全保障に初めて関与したメルケル首相、72年後に新たな日独軍事連携を形成へ

 ドイツ初の女性首相にアンガラ・メルケルCDU(キリスト教民主同盟)党首が2005年11月に就任してまもなく3年経つ。現代世界を席巻する新自由主義(ネオリベ)思潮の元祖として一世を風靡し、「鉄の女」との異名で歴史に名を残すマーガレット・サッチャー元英首相ほど強烈なイメージはまだないが、東独出身でありながら今や西独の保守本流に確固たる地位を占めるに至った。

 メルケル独政権は欧州連合(EU)を牽引しつつ、日本と同様、ブッシュ米政権が進めるグローバルな「テロとの戦い」に積極参加している。特筆すべきは、歴代独首相として対中国政策に絡め、初めて日本の安全保障問題に関与していることである。


▼関与は対米協調の一環

 ドイツ民主共和国(旧東独)の名門ライプチッヒ大学で理論物理学を研究し、博士号を取得した科学者だったメルケル氏は1989年末のベルリンの壁崩壊を機に政治家へと転身した。1990年の東西ドイツ統一後には政権党CDUに入党、連邦議会議員に初当選するや、ヘルムート・コール首相(当時)に抜擢されて、第4次、5次政権で相次ぎ環境相など2つの閣僚ポストに就いた。このため、一時は「コールのお嬢さん」と呼ばれたほどだ。

 メルケル氏は05年にCDU党首として社会民主党(SPD)との大連立政権形成に合意、首相に就任した。ブッシュ米政権に対し、イラク戦争協力、対中国強硬姿勢などを明確に示して、全面的な対米協調政策を打ち出した。ドイツ政界をウォッチする日本人の注目を集めたのは、野党第一党の党首として2004年4月、対中国武器輸出禁止解除を目指すSPDのシュレーダー首相(当時)を議会で追及した時だった。「中国はドイツ政府が定める武器禁輸解除条件を満たしていない。解禁は日本の安全保障にとって深刻な問題となる」と発言したためである。

 「日本の安全保障のためにも中国封じ込めは必要」と換言可能なメルケル発言があった当時、SPD主導でドイツ連邦共和国(西ドイツ)が第2次大戦敗戦後に築き上げた社会福祉政策は転換を余儀なくされていた。

 失業対策、年金支給、医療費補助など旧来の社会政策を変更し、福祉予算を大幅削減するプログラムを打ち出したシュレーダー政権への国民の失望感が広がり、次期総選挙での政権交代の可能性が高まっていた。ブッシュ米政権はメルケル氏を次期独首相と見立てて、テロとの戦い、中国包囲、日米同盟グローバル化、日本の北大西洋条約機構(NATO)加盟国との連携、朝鮮半島情勢等々について突っ込んで討議していたようだ。


▼日独の結節点はアフガン

 就任から2年半あまり経たメルケル首相にとって今年7月上旬に北海道・洞爺湖で開かれる主要国首脳会議(G8)が初の日本公式訪問となる。だが、07年1月の安倍首相(当時)が欧州歴訪の際にベルリンを訪問して以来、急速に日独両国は首脳レベルの交流を深めて行った。それは日本と同様、専守防衛を誓った戦後ドイツが軍事政策の大転換を迫られているからだ。1999年のユーゴ空爆を皮切りに相次いで海外派兵を進めるドイツ連邦軍に今突きつけられている課題はNATO軍として参戦しているアフガニスタンへの一層の関与である。

 独連邦軍のアフガン駐留先は戦闘の比較的少ない北部地域であり、その役割は兵站補給をはじめとする後方支援や平和維持活動を主としてきた。しかし、2001年米同時多発テロを首謀したアルカイダと結ぶ原理主義組織タリバンの復活が顕著な南部地域への駐留部隊移動を06年ごろから米国に半ば強要されてきた。だが、国内世論の反発は激しく、メルケル政権は公式決定を下せないでいる。そこで、アフガン北部を「非戦闘地域」とみなして、自衛隊にドイツ軍の欠を埋めてもらいたいと日本政府に求め始めた。

 07年7月の参院選で大勝した小沢一郎民主党代表が自衛隊アフガン本土派遣に積極的であることに着目したメルケル首相は07年8月末に非公式訪日している。日本の政権交代を視野に入れてか、福田首相を差し置いて小沢代表と会談し、実現はしなかったが、「新テロ特措法案の民主党代案にアフガン本土派遣を盛り込む」との言辞を取り付けた。07年9月に辞任した安倍前首相も同年1月の訪欧で事実上自衛隊のアフガン派遣を公約した経緯があり、08年4月には首相代行として訪独し、メルケル首相と討議を続行している。


▼東は日米、西は日独で対中包囲

 日本政府は極めてセンシティブな自衛隊アフガン本土派遣問題を極秘に扱ってきた。だが、今年6月1日、訪独出発直前の福田首相が「アフガン本土への自衛隊派遣を検討している」と公にしたのを受け、日本政府は同9日、防衛省・自衛隊、外務省職員による現地調査団を派遣していることを明らかにした。だが、日独の軍事連携は一貫して伏せられたままだ。自衛隊筋によると、09年1月に再改正されるテロ特措法には、イラクでの前例を踏襲してNATO指揮下の治安維持部隊(ISAF)への自衛隊参加が盛り込まれる見通しである。

 7月の洞爺湖サミット(G8)では米日独3カ国首脳が非公表を前提にこれを討議することは確定という。ISAF活動は後方支援とはいうものの、実戦も余儀なくされるため、これまでドイツ連邦軍には20人を超える死者が出ている。この新たな日独軍事提携が公になれば、両国で激しい賛否の議論を呼ぶだろう。だが、両国政府とも「第2次大戦敗戦でともに武装解除された日独が今日、民主国家として手を携えてテロ根絶の戦いで協調する意義は大きい」、「日本は『非戦闘地域』に駐屯し後方支援に従事するだけだ」と世論の説得に当たることだろう。両政府とも日独連携を好材料として相互に利用し合い、国民の支持取り付けに自信を持っているようだ。

 だが、アフガン北部は米独両国が中核となって支援しているイスラム教徒組織の分離・独立要求運動で揺れる中国・新疆ウイグル自治区と境界を接している上、ドイツは米国以上に独立運動を支援し、ミュンヘンには世界各国に広がる亡命者団体の最上部組織がある。日独がアフガンで軍事連携すれば、それは両国が共同して米同盟国として中国を西側から封じ込める最前線を形成することとなる。

 ドイツ政財界はチベットをゲルマン民族の発祥の神聖な地として崇めたナチス政権以来、地下資源豊富なヒマラヤ山脈以北の中央アジアの権益に敏感である。それに立ちはだかるのが共産党率いる中国政府だ。太平洋側は日米機軸で、中央アジア側は日独機軸で中国包囲網が形成されつつある。メルケル政権が中国軍膨張に絡んで日本の安全保障に関与してきたのはこのためである。日独防共協定締結(1936年)以来、実に72年ぶりの日独軍事連携は実現に向かって本格的に動き始めている。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/04/28
 「チベット騒乱であぶり出された米独連携の対中戦略、ドイツの台頭に留意を」
http://mediasabor.jp/2008/04/post_375.html


○「猫の教室」 平和のために小さな声を集めよう 2008/06/10
 「調査団現地到着。アフガニスタンへの自衛隊派遣に断固反対する」
 ドイツでは、アメリカの要求をのむ形で、海外派兵を禁じていた憲法を改定して、
 ユーゴを含め、いくつかの戦争に参加して来ましたが、空爆中心のユーゴ紛争の
 際と違い、陸上戦となるアフガニスタン派兵については、「間違った政策」
 として、メルケル政権への批判となっています。
http://heiwawomamorou.seesaa.net/article/100024756.html

 

 


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