Entry

潜入取材で伊マフィア組織の実態と社会の闇を描いた「GOMORRA(ゴモッラ)」が異例のヒット

ロベルト・サヴィアーノ。79年、ナポリ生まれ。2006年、イタリア犯罪組織を内側からつぶさに観察し、冷徹な目で一冊の本を書き上げた。「GOMORRA」がそれだ。旧約聖書にでてくる、神の怒りを買って滅ぼされる伝説の街ゴモラをイタリア語で書くとこうなる。発音はゴモッラ(ラは重い巻き舌)。

その語感から、イタリア人なら簡単にナポリの犯罪組織「カモッラ」を思い起こす。「犯罪組織」と「マフィア」という言葉は同じ意味で使われることが多いが、「マフィア」という言葉はもともとシチリアの犯罪組織を指していた。アメリカを含め世界に進出し、その力が大きかったため、普通名詞になってしまったものだ。ナポリ周辺のそれは「カモッラ」。カラブリアのそれが「ンドランゲタ」。

著述家として無名だったサヴィアーノは、この作品で国内の文学賞を総なめにする。イタリア国内ではこれまでに120万部が売れている。本が高価で、あまり売れない(高価なだけが理由ではないと思うが)イタリアにあってこの部数は驚きだ。世界40カ国以上に翻訳され、今年から日本でも書店に並んでいる。こちらは「死都ゴモラ」。

本が売れると映画化される、というのはどこの国でも同じようで、「GOMORRA」も同じタイトルで映画化された。そしてついには、三大国際映画祭のひとつ、カンヌ映画祭でグランプリ賞を獲ってしまった。

受賞のニュースを聞いてすぐに映画を観に行った。7割方の席が埋まっている。これにも驚いた。たいてい、映画館はいつも閑散としているものなのだが(「インディ・ジョーンズ」の4作目だって席の半分は埋まっていなかった)、はたしてカンヌで賞を獲ったことだけが集客の理由だろうか。

内容は、といえば、一抹の希望すらない、悲惨な映画だ。「映画の中で起きていることはもしかしたら異国の出来事なのではないのか。」そう考えたくなるような、想像の上を行くナポリの貧困地区の日常。ナポリ方言はイタリアの他の都市の人にも聞きとるのが難しいらしく、イタリア語の字幕がついている。映画の風景はイタリアのものじゃない、と一瞬でも考えてしまったのは、あるいはそのせいだったかもしれない。

そして、有無をいわせぬリアリティが絶望に拍車をかける。主要な役柄を除いた登場人物のほとんどが、映画の舞台となった地区に住む人々だったことをあとで知った。劇中で、彼らが俳優として銃を撃つシーンは、日常的に銃を撃つということはこういうことか、と思わせるような、映画的なポーズからはほど遠いものだったという。誰が銃撃シーンを演ずるかを巡り「オレが殺す」「いやオレが」という争いがあった、とか、撃たれる側がそれを聞き、「なんでみんなでオレを殺したがるんだ」と悲しげに言った、という裏話も聞いた。肌で感じたリアリティは映画の細部に宿っていたわけだ。

ところで原作者のサヴィアーノは、カモッラから命を狙われていて、警察の厳重な保護下にある。頻繁に住所も変えねばならず、彼に自由はない。「悪魔の詩」を書き、故ホメイニ師によって死刑を宣告されたサルマン・ラシュディを彷彿させる。

カモッラがサヴィアーノを許さないのは、事実を書いたから、というよりも書いたものがベストセラーになったからだそうだ。カモッラの犯罪が地元の新聞に載るぐらいは、カモッラにとっては自らの力を地元民に示す機会であってむしろ喜ばしいことなのだ。本が世に出て売れ始めたころ、本の一部分がカモッラのボスに都合のいいように書き換えられたニセ本が、ナポリの路上で格安の値段で売られていたという。

ナポリのゴミ投棄の映像が世界に配信され、イタリアの肩身は狭い。ゴミの不法投棄にかかわるカモッラのビジネスをも描いたこの映画が、ちょうど同じ時期に注目されるのはなにかの因果だろうか。映画を見る限り、ゴミを焼却したりどこかに移して埋めたりするだけでは、あのゴミ問題は解決しないことがよくわかる。そしてそれはナポリだけの問題ではないことも(ゴミはイタリア北部からも運ばれているのだ)。

自分たちが抱える闇を自分たちの目で見ることで、イタリアは自浄に向かおうとしているだろうか。そうだと答えられるほど楽観的な者はいないにせよ、サヴィアーノの勇気と気概は称えたい。


<参考>

映画 「GOMORRA」予告映像 
http://it.youtube.com/watch?v=wk8KeeZcQYc

「GOMORRA」撮影風景
http://it.youtube.com/watch?v=1edayBBIS5c
地元住民、子供たちに監督が演技指導している。

撮影にも使われた、カモッラのボスの邸宅。ボスの逮捕後、仲間によって破壊された。
http://it.youtube.com/watch?v=z31CyAcUEKo&feature=related

AFPBBニュース 2008/5/20 カンヌ関連記事
http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2393198/2941360

コリエレ・デラ・セーラ 2008/5/14 サヴィアーノへのインタビュー記事
http://www.corriere.it/spettacoli/08_maggio_13/magazine_gomorra_078a4c5c-20d0-11dd-b34d-00144f486ba6.shtml


 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Change by Gradation 「イタリアの闇」 2008/06/08
 2年前の夏、2時間遅れの飛行機で、夜22時に辿り着いたナポリの空港にて。
 中央駅行きのバスを待っていると、様々な人が「本当に1人で行くのか」
 「女性1人は危険だ」と声をかけてきた。
http://cbyg.exblog.jp/7191181/


○春巻雑記帳 「カンヌのイタリア映画2本とも観たい。今観たい。」2008/05/26
 ウンベルト・エーコが「ファルコーネやボルセリーノのように、我々は
 サヴィアーノを独りにしてはいけない」とTVで訴えたのをはじめ、
 さまざまな働きかけもあって、現在は24時間体制で彼には護衛が付いて
 いるのですが、だからと言って平穏無事に暮らせるわけではないのが
 やるせないところです。
http://springroll.exblog.jp/8665725/


○ヴェネツィア ときどき イタリア 「Gomorra(ゴモッラ)」2008/06/05 
 まるで悪い夢を見ているような映画だが、はっと目を覚まさせるのは
 それを取り囲む事件。産業廃棄物の違法投棄。おそらく不法移民なのだろう、
 劣悪な労働環境に文句も言えない黒人労働者たち。就労中の事故。競争の
 厳しい製造業と、がむしゃらな中国人(マフィア)の攻勢の脅威。
http://fumiemve.exblog.jp/7183590/


○ナポリの達人 「ナポリのごみ問題 その真相」 2007/12/29
 私の予想では、ずばり、この問題は永遠に解決しない仕組みなのです。
http://iwai.stay.jp/archives/article/8093.html


○イタリアに好奇心 「ナポリのゴミ事件、25人逮捕」 2008-05-29
 ナポリ検事局は、ゴミ問題で関係者25人を在宅のまま逮捕した
 (5月28日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。その中には、現在
 ゴミ問題の陣頭指揮にあたっているベルトラーゾの元副官
 マルタ・ディジェンナーロも含まれている。
http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2008/05/post_0652.html


○POO-MONOLOGUE イタリアンマフィア『血の掟』十カ条発見。2007/11/10
 この掟、まぁあるんだろうなーぐらいの認識しかなかったんですが、
 今回イタリアで、本当にリアル・ゴッドファーザーが逮捕されたことに
 より、そのマフィアを結ぶ『血の掟』十カ条が発見されたっうニュース。
 掟は本当にあったのかっ!?
http://poo-mono.jugem.jp/?eid=563


○池田信夫blog  「イタリア・マフィア」 2007/03/22
 中世にながくスペインの支配下にあったシチリア島では、支配者は
 地域住民の団結を恐れて、彼らのコミュニティを徹底的に分断した。
 その結果、村の対立抗争が起き、治安を守る広域的な警察がなかったため、
 財産権の保護が成立しなかった。この空白を埋めるため、「私的な警察」
 としてのマフィアができたのである。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/3bae2c12a03fb56fe1b9480cbcf01e9a


○404 Blog Not Found 「書評-イタリア・マフィア」2007/07/11 
 イタリア・マフィアはヤクザと並び評される。しかし、その影響力は、
 J2とSerie Aぐらいの違いがある。「日本『地下経済』白書」によると、
 2003年におけるイタリアの地下経済の規模は、名目GDPの26.2%(p.277)。
 ちなみに日本のそれは、同書著者の門倉貴史の推計ではわずか4.3%である。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50869712.html


○前原政之 mm(ミリメートル) 2008/04/24
 吾妻博勝『新宿歌舞伎町 新・マフィアの棲む街』
 続編である本書は、正編から10年を経てふたたび歌舞伎町に潜入取材を
 試みて書き上げたノンフィクション。10年の歳月が歌舞伎町を大きく
 変貌させた様子がつぶさに描かれ、正編以上に衝撃的な内容になっている。
 歌舞伎町の裏社会を舞台にしたノンフィクションもいまではたくさんあるが、
 著者の手がけた2冊はまぎれもなくその最高峰だ。
http://mmaehara.blog56.fc2.com/blog-entry-1368.html

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/716