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木山裕策「home」のヒットを受けて過剰な演出に走る日テレ「歌スタ!!」 

 「歌スタ!!」ってご存知ですか? 日本テレビ系列で(東京では)毎週月曜日の深夜に放送されている歌手のオーディション番組です。最近「home」のヒットが話題となっている木山裕策さんが同曲でデビューするきっかけとなった番組、といえば気がつく方もいらっしゃるでしょうか。

 このオーディションの審査員(「ウタイビトハンター」という)の顔ぶれがなかなか豪華(加えてアクの強い人が多い)なので、審査員のコメントを楽しみに番組を見ているのですが、残念ながら、木山裕策が登場した日は見逃してしまいました。

 3年前に番組が始まった当初はアンタッチャブルが司会・進行を担当していて、その頃はわりとマメに見ていたような気もするのですが、番組をあまり熱心に見なくなってしまったのは、一般の挑戦者以外に「丸山和也」のような人が登場しては合格してしまう、という構図に「出来レースか…」と興醒めしてしまったからなんですね。また、注目に値する歌唱力をもった挑戦者がなかなか見つからなかったことも原因かも…。

 挑戦者はみな最初の持ち時間が30秒と決まっていて、ウタイビトハンターの目にとまり「延長ボタン」を押してもらえれば、持ち時間が15秒ずつ長くなるというシステムです。持ち時間内に1コーラス歌いきれば「合格」となって自動的に終了し、さらにその合格者のなかからウタイビトハンターが「よろしく」札を挙げればプロ・デビューの道が開ける、というシステムです。

 が、正直に書くと「合格」した人のなかにはプロになるには、まだまだの歌唱力の人もいるし(当然のことながら、1コーラスが短い曲を選んだ人ほど歌は上手でなくても「合格」できる可能性は高くなる。そこに着目している「賢者」は意外と多い…と感じる)、「合格」できないのは当然としても、「どうしてTVで歌を披露することができるのだろう?」とその神経を疑ってしまうほどの挑戦者もなかには、いるしで、だんだんと番組から離れていってしまったんですね。

 しばらく間をおいて、久しぶりにチャンネルを回してみたら、司会がアンタッチャブルからチュートリアルに替わっていました。

 僕が木山裕策の「home」を知ったのは、「歌スタ!!」と同じく日本テレビ系列の「行列のできる法律相談所」で彼が紹介されているのをたまたま見ていたときです。「着うたフル」でもかなりのダウンロード数を記録している「home」は、自分がふだん聴くタイプの音楽でないとはいえ、木山裕策の「癒し系」な歌声が「歌スタ!!」のほかの多くの挑戦者と違って魅力的だと素直に感じました。ですが、「home」を聴きながら、僕はちょっと複雑な思いをしていたんです。

 なぜかと言うと、木山裕策が「home」を歌う前、番組では木山のこれまでの人生、そして「home」が誕生するまでの経緯を説明してくれたのですが、歌に入るまでの流れ(「編集」というべきかな?)に「感動の押し売り」のようなものを感じてしまって、それにすごく抵抗があったからなんです。

 実際に、木山本人の身に降りかかったこと(甲状腺に腫瘍が見つかって摘出手術を受けることになり、その際に声を失う危険性があった)は大変なことだったと思うし、手術後に声が出た場合には歌手になる夢を再び追いかけるという彼のチャレンジは賞賛に値することだと思います。だからこそ、それだけの人生を送ってきた人の歌を、できることなら、まず先に聴かせてもらいたかった。「home」を聴き終わったときにまず思ったのは、「この人の歌を先入観なしに聴きたかったな…」ということだったんです。

 そして、その思いは、自分が「歌スタ!!」を普段からちゃんとチェックしてさえいれば…という自責の念へと変わり、ここ最近の僕は「歌スタ!!」をマメにチェックしているのですが、5月19日(正確には20日午前)の放送で、またしても複雑な思いをさせられました。

 この日は、その少し前の週の放送で「合格」した二人が、「よろしく」札をもらうための再チャレンジ(追試)を行なうというイレギュラーな回で、僕はその二人が「合格」した回を見ていたこともあり、番組が始まる前からとても楽しみにしていたんです。

 再チャレンジを行なうのは、ハイトーン・ヴォーカルを売りにしている男性と、歌唱力よりも声の気持ちよさ(プラス切実に訴えかけてくるような歌い方がいい)が魅力の女性の二人。

 先に登場した男性のほうは残念ながら前回ほどのインパクトがなくて落選してしまったんですが、次の女性(成田圭さん)の番に「事件」は起きました。なんと、2コーラスを歌い終えた直後に彼女の幼少から現在に至るまでの写真がテロップつきで画面に出てきたんです。最初の男性のときにはなかった演出ですから、これで彼女が「不合格」だったらその意図がわかりません。冷静に判断すれば、もうその時点で彼女の「よろしく」は決まっていることが視聴者にはわかるわけです。ただし、それは彼女に「よろしく」札が挙がったのをTVで確認してから「やはり」と気がつくことで、画面を見ながら僕が思ったのは、「番組側が視聴者に対してネラっているのは、彼女のことをまるで家族のように見守ってあげるヴァーチャルな関係を作り出すことだ!」ということでした。

▼歌スタ 成田圭さん(YouTube映像 07:00)
http://jp.youtube.com/watch?v=dzI9abKHgxk

 成田圭さん再チャレンジの模様。坂本真綾(アニメ声優、歌手、舞台女優)に顔がそっくり!(…と思うのは僕だけ?)

 「歌スタ!!」であれば、心情に訴えかけてくるような演出に邪魔されることなく、歌に集中できると思っていた僕は、本当に悲しかったですよ…。と同時に、木山裕策が登場した「行列のできる法律相談所」といい、こうまでして視聴者の心に押し入ってこようとする番組製作側の下衆な姿勢に対しては、「いかがなものか?」と思いました。

 「行列のできる法律相談所」出演時における木山裕策には大変な反響があったと聞きます。木山裕策の登場までこれといったヒットがなかった「歌スタ!!」としては「この勢いを止めるな!」ということだったのかもしれません。それでも、5月19日の放送における演出は、同じ立場の挑戦者が二人いるわけですし、僕は「やりすぎ」だと思いました。

 木山裕策さんにしても成田圭さんにしても、紹介するにあたってのエピソードはあっていいんです。僕が問題としているのは、それが「音楽」以上に重要視されていることで、優先すべきは「曲」だったり「歌唱力」だったり、まず前提にあるのが「音楽そのもの」であって欲しいんです。今の「歌」よりも「エピソード」や「ヴァーチャルな関係」を前面に出すやり方では、ヒットが出たとしてもアーティストは短命に終わってしまうでしょう。なぜなら、「歌」よりも「エピソード」に惹かれてダウンロードしたりCDを買ってくれた視聴者は、次の「歌」が出るころにはもう別の人の「エピソード」に興味が移っていることでしょうし、「ヴァーチャルな関係」というものは、そう長くは続かないからです。

 「音楽」も「TV業界」も不況にあえぐ現状では、アーティストを長い目で見守る余裕もなく「売れるときに短期集中で売りたい!」ということなのでしょう(昨年、講談社現代新書から出版された小林英夫著『日中戦争』には、日本人がマイナスの意味で「短期決戦」型であるとの指摘がされていますが、苦境に立ったときに短絡的な思考に陥るのは今も昔も変わらないわれわれの習性のようです…)。

 でも、最近TVで見かけるようになった新人を思い浮かべてみると、演歌歌手のジェロにしてもテクノ・アイドルのパフュームにしても、彼らが出演する番組はヴァラエティ色が強いとはいえ、話の中心にはまだ「音楽」があります。それは彼らに、いつまで続くかわからない現在の勢いを失ったとしても「音楽」を続けていく、という心意気があるからではないでしょうか。

 木山裕策さんに関しては残念ながら、これまで彼がどういった音楽を聴いてきたのか、どんな音楽を目指しているのか、ということを耳にも目にもしたことがありません。19日の「歌スタ!!」後半では、木山が母の日に家族一同の前で感謝の言葉を述べる…というVTRを流したのですが、もうここまで「音楽そっちのけ」状態が続くと木山本人に対しての同情の気持ちも失せてしまい、「home」の一発屋で終わってしまったとしても、「それは自分でまいた種」と思ってしまう次第でした。

 番組側が視聴者に伝えたいのは「歌」なのか「エピソード」なのか。もし前者であると言うのであれば、過剰な演出に頼ることなく「歌」の力を視聴者に伝える方法について、再検討してみる必要があるように思います。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○doops!  2008/01/09
 UKナンバー1ヒットを生み出し続けるオーディション番組「X-Factor」とは
 最近イギリスで大人気となっているオーディション番組「Xファクター」。
 番組の優勝者が、チャート上位に名を連ねる現象が続き、メディアも
 こぞって特集と、音楽界において重要な位置を締めるようになっている
 この番組と、その出身アーティストをご紹介します。日本にはなかなか
 伝わりにくいその盛り上がりを感じてみてください。
http://doops.jp/2008/01/uk1xfactor.html


○見つけもの @ そこかしこ 「オーディション・Britain」2008/05/04
 ポップアイドルを見出すためのオーディション、The X Factorで2006年に
 優勝したLeona Lewisは先日なんとアメリカのチャートでもNO1になった。
 イギリスの女性歌手がUSで1位になったのは、80年代のキム・ワイルド
 以来だそう。 さらにはデビューアルバムも初登場で1位になりこれは
 ものすごい快挙と言える。
http://blog.livedoor.jp/mayati1349/archives/51185824.html

 

 


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