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ロックンロールを支えたチャック・ベリーのボトム・リフ(後編) 

 米国の『ローリング・ストーン(Rolling Stone)』誌がつい先日(6月12日号- Issue #1054)が、オール・タイムのギター曲ベスト100を発表した。
 
The 100 Greatest Guitar Songs of All Time
http://www.rollingstone.com/news/coverstory/20947527


 その栄えある1位に選ばれたのがチャック・ベリーの代表曲「ジョニー・B・グッド」だった。イントロから炸裂する1─2弦を中心にしたダブル・ノートの華麗なフレーズに耳を奪われがちだが、曲の骨格を支えているのは、あの「ボトム・リフ」。ただし、同じギター・パートでも前者に比べて、後者が十分研究されているとは言い難い。そこで、前回(ロックンロールを支えたチャック・ベリーの名前のないリフ     http://mediasabor.jp/2008/04/post_373.html)に続き、チャック・ベリーのロックンロール・スタイルのポイントであるその「ボトム・リフ」に、もう少しこだわってみる。

 そこでの最後に書いたように、50年代末からハネる感覚のない「新しい」8ビートが登場してくる。チャック・ベリーのレパートリーで言えば「ネイディーン」(1964年)からはハッキリとそんな新感覚の8ビートの演奏がレコードにも刻まれるようになり、この感覚が一般化して以降、「8ビート」と言えば、ハネの感覚がなく、ストレートで平坦なビートの方のことをもっぱら指すようになる(註1)。

http://jp.youtube.com/watch?v=TMJzMiiRWfc


 で、問題はビート感覚がストレートに変わっていくと同時にチャック・ベリー風「ボトム・リフ」のニュアンスがどう変わっていったのかということだった。もう一度前回と同じ、この「ボトム・リフ」の基本パターンを見ていただこう(キーは便宜的にC/上がギターの6弦、下か5弦で弾く一小節分の音階を表わす)

ド─ド─ド─ド ド─ド─ド─ド
ソ─ソ─ラ─ソ ソ─ソ─ラ─ソ

 50年代のチャック・ベリーは、この(2×)八つの音をすべて上から下にギター・ピックを動かす「ダウン・ピッキング」で、しかもハネる感覚を活かしたアクセントを見事に付けて弾いていた。これは、このフレーズの(ブギ・ウギ・ピアノとは別の)もう一方のルーツが、スロー・ブルースのバッキング・スタイルにあり、そこでは軽くハネたスローなビートに合わせて、すべてダウン・ピッキングで弾くのが通常のマナーだからだと思われる。このブルース風リフのテンポを上げて、ブギ・ウギ・ピアノの左手フレーズのギター版として使えるようにしたのが、この「ボトム・リフ」であった。しかし、実際にテンポアップした形でそのリフを、適切なアクセント付きで弾くのはかなり難しい(註2)。

 しかもチャック・ベリーの場合は、8ビートがストレートになった60年代以降も、「ボトム・リフ」に(ビートがハネていた時代から受け継いだ)一定のアクセント付きのニュアンスをキープしつつ、しかもそれをダウン・ピッキングで弾くという、さらに高度なプレイをしているのだが、次世代のミュージシャンたちは、それをそのままの形では受け継ぐことができなかった(もしくはその高度なプレイによるニュアンス付けに気づかなかった!?)。

 60年代に入って、ますます難しいニュアンスを加えられることになった「ボトム・リフ」の、チャック・ベリーによる実際のピッキングをより正確に反映させて「基本パターン」の形で表わすと、以下のようなものになる。

ド─ド─ド─ド ド─ド─ド─ド
ソ─×─ラ─× ソ─×─ラ─×
強─弱─強─弱 強─弱─強─弱

 「×」とした部分は、全く弾かれてないわけではないが、「鳴ってしまっても構わない」ぐらいのニュアンス(逆に言うと、低い方の弦の鳴りがニュアンス上より重要だということ)。八つのビートには「強」「弱」が交互に訪れるが、そのうち「強」の方は短くスタッカート気味に、「弱」の方は長くスラー気味にプレイされる。

 しかし、次世代のミュージシャンたちには、その高度だが「正統的」なピッキング・スタイルはうまく継承されなかった。

 米国勢と英国勢では「対応」が異なっていたが、米国のビーチ・ボーイズ(「サーフィンUSA」等)は、全部の音をダウン・ピッキングで弾いていたがノン・アクセント。一方、英国のビートルズ(「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」等)やストーンズ(「バイ・バイ・ジョニー」「キャロル」等)は、ダウンとアップ・ピッキングを交互に繰り返す「省エネ」奏法(ピックの上下動が半分の回数で済む)で、強弱のアクセントは軽め。結局、どちらの場合にもスピード感を頼りに、随分あっさりとプレイされているのが特徴だ。
 
 この「ボトム・リフ」の絶妙なニュアンスに後輩たちから再び光が当てられるようになるのは、60年代後半から70年代にかけて。ソウル/R&Bの最新動向などの影響も受けて、ストレートな8ビートが深化を見せ、リズム・ニュアンスが豊かになってからだった。 そんな時代の代表選手が、英国のギタリスト、デイヴ・エドモンズ。彼のレパートリーの中には明らかにチャック・ベリー直系の演奏スタイルを持つ曲も多いが、特に注目したいのは、1982年リリースのアルバム『D.E.7th』の冒頭のナンバー「果てなき夢(From Small Things, Big Things One Day Come)」で、イントロのギターだけのパートから、ストレートな8ビートに乗ったニュアンス豊かな「ボトム・リフ」が飛び出してくる。


●デイヴ・エドモンズ『D.E.7th』
 アリスタ(BMGジャパン) BVCM-35288


 この曲はブルース・スプリングスティーンからの提供曲で、元になったブルース・ヴァージョンは2003年リリースの彼の編集盤『ジ・エッセンシャル』のボーナス・ディスクで聞くことができたのだが(最近は彼のライヴで演奏されることも多い)、そこでは「ボトム・リフ」がビーチ・ボーイズと同じ「米国式」のダウン・ピッキング/ノン・アクセントでプレイされているように聞こえ、それと比較すれば、デイヴ・エドモンズ・ヴァージョンのピッキングの巧みさが非常に明確になるのが面白い。


●ブルース・スプリングスティーン
 “The Essential Bruce Springsteen”
 米Legacy/Columbia C2K90773
 問題の曲 'From Small Things (Big Things One Day Come)'は、 3枚
 組版の方のディスク3の1曲目に収録

 デイヴ・エドモンズがチャック・ベリーのカヴァーをプレイする際には、バンドの演奏全体に50年代的なハネのニュアンスまでも込める「復古主義的」とも思える方法論をとることも多く、

「The Promised Land」(“Rockpile”)
「Sweet Little Rock'N Roller」(同)
「Run Rudolph Run」編集盤“From Small Things: The Best Of Dave Edmunds”)
「Sweet Little Rock'N Roller」(“A Pile Of Rock LIVE”)
「Let It Rock」(同)


 といったトラックからは、彼のルーツ・ミュージックに対する、よりマニアックな研究ぶりを窺うことができる。

 チャック・ベリーの曲を「復古主義的」に復活させた例としては、ストーンズのキース・リチャーズが音楽監督を務めた映画『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』(1987年)での、チャック・ベリー自身も参加したライヴ演奏シーンを思い出す人も多いかもしれない。あそこでは、50年代的な「8ビート」に乗せて、キース・リチャーズが「ボトム・リフ」を「正統的」なダウン・ピッキング・スタイルで弾く姿を見ることができた。


●チャック・ベリー
 『ヘイル!ヘイル!ロックンロール【完全限定版 4枚組コレクターズ
 ・エディション】』
 ワーナーミュージック・ジャパン WPBR-90661─4〔DVD〕
 前回触れた、チャック・ベリーとロビー・ロバートスンとの会話は、
 昨年12月に発売されたこの4枚組限定版にのみ収録

 ちなみに、60年代前半までは、かなりニュアンス省略気味にこの「ボトム・リフ」をプレイしていたローリング・ストーンズだったが、少なくとも60年代中盤以降は、「正統的」なピッキング・スタイルに替わっているはずで、それは70年代以降、キース・リチャーズの中で独自の発展を遂げていくことになる。


●ザ・ローリング・ストーンズ
 『レアリティーズ 1971-2003』
 ヴァージン(EMIミュージックジャパン) TOCP66508

 ちなみにこれが、キースによる「ボトム・リフ」の「正統的」ピッキングの例(ビートはストレイト8ですが)。
http://jp.youtube.com/watch?v=BmuXWD5ZQOk


 最後に、その「正統的」なピッキング・スタイルの気持ちよさを実感していただくために、上で触れた以外の推薦曲を挙げておきたい(註3)。残念なのは、日本のミュージシャンで、そうした「正統的」スタイルをハッキリと継承しようとしている例がなかなか見当たらないことで、未だにGS時代のグループ、ダイナマイツの曲ぐらいしか見つけられないでいる。僕自身の不勉強の故だと思いたいが…。

▼デレク&ザ・ドミノズ「Tell The Truth」(『愛しのレイラ』)

▼J・ガイルズ・バンド「Wait」(『ザ・Jガイルズ・バンド』)

▼ザ・ローリング・ストーンズ
「Honky Tonk Women(編集盤『ロールド・ゴールド』)
「Carol」*(『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』)
「Little Queenie」*(同)
「Let It Rock」*(編集盤『レアリティーズ 1971-2003』)
「Rocks Off」(『メイン・ストリートのならず者』)
「Tumbling Dice」(同)
「All Down The Line」(同)
「Star Star」(『山羊の頭のスープ』)
「Crazy Mama」(『ブラック・アンド・ブルー』)
「It's Only Rock'N Roll」(『ラヴ・ユー・ライヴ』)
「Start Me Up」(『刺青の男』)
「Had It With You」(『ダーティ・ワーク』)
(キース・リチャーズ流応用編も含む)

▼ロッド・ステュアート
「Sweet Little Rock'N Roller」*(『スマイラー』)
「The Balltrap」(『ア・ナイト・オン・ザ・タウン』)
「Big Bayou」(同上)
「Hot Legs」(『明日へのキックオフ』)
「Born To Loose」(同上)


●ロッド・スチュワート
 『明日へのキック オフ』
 ワーナーミュージック・ジャパン WPCR75100

▼ファビュラス・サンダーバーズ
「Look At That, Look At That」(『タフ・イナフ』)


●Fabulous Thunderbirds
 “Tuff Enough”
 米Sony Custom Marketing Group 725087-2

▼ザ・ダイナマイツ「のぼせちゃいけない」(編集盤『VINTAGE COLLECTION』、
 ギタリストは山口冨士夫)


●ザ・ダイナマイツ
 『Vintage Collection』
 ビクターエンターテインメント VICL41245

 曲名の後に「*」印のついたものはチャック・ベリーのカヴァー。その後のカッコ内は、収録アルバム名である。


(註1)
この時に異端化されたハネる8ビートが次第に一本化されていき、「ドッド・パ、ドッド・パ」というパターンの「シャッフル・ビート」として70年代のグラム・ロック期に確立する話は、またいつか別の機会にでも。

(註2)
チャック・ベリーの50年代の曲の中にも、ある程度のテンポで演奏しておき、録音後にピッチを上げて(テープ回転でテンポを速めて)完成作品としたものもあることがわかっている(「スウィート・リトル・シックスティーン」の例が、前回紹介した“Johnny B. Goode ─His Complete 50's Chess Recordings”で聞かれる)。それがハイ・テンポでこのリフを弾くのが難しかったからだ、と特定できるだけの材料はないが…。

(註3)
ステイタス・クォの「ロッキン・オール・オーヴァー・ザ・ワールド」などの曲もここに入れたいところだが、彼らのプレイはピックの上下動が半分の英国的「省エネ」奏法をハード・ロック的に強化したもので、原則的にアップ&ダウン型。従って「正統的」ビッキング・スタイルとは異なる。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○ブサイクな日々にズームイン!! 2008/05/05
 ザ・クロマニヨンズを「日テレgo!go!キャンペーンCM」に登場させたものとは
 「ジョニー・B.グッド」を替え歌にしたあのサウンドロゴを歌っていたのが
 まさかチャック・ベリー本人だなんて想像もしなかった。この記述を読んでも
 「本当か?」と疑ってしまっているほどだ。なんと贅沢な。
 チャック・ベリー御年81歳、まだまだ現役とはいえこんなオファーにまで
 応えるとは。すごい御大だ。
http://d.hatena.ne.jp/lonelyman/20080505/p1


○多分日刊御隠居 2007/12/22
 「果たしてこの3人が束になったらショーパンに太刀打ちができるのか?」
 キャンペーンソングとして チャック・ベリーの往年の名曲である
 「Johnny B.Goode」の替え歌である「Nittele go!go!」を本人が
 唄うという なんともはや悪ノリなのかなんなのかもよく分からない
 日テレの総力を挙げてのはしゃぎっぷり
http://blog.livedoor.jp/sub_low_town/archives/51177131.html


○139+139=?  「Guns N' Roses!」  2006/03/25
 チャックベリーの音楽は聴いたことがないけれど、タブ譜を見ながら
 ボトムリフを弾く。楽しい・・・楽しすぎる!鮎川さんの言うていた
 ことがよく分かった!
http://yaplog.jp/isaku-139/archive/100

 

 


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