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ガソリン価格高騰で人材流出 -米国企業と従業員の苦肉の策-

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ
  • 菊入 みゆき

アメリカの道路がすいている。ガソリン価格急騰で、車に乗る人が減ったのだ。
5月26日、月曜日はメモリアルデーの休日で、連休の週末だったにもかかわらず、ロスアンゼルス近郊を実際に走ってみると、車が少ないことを実感する。米連邦高速道路局によれば、この3月の米国内の地上交通量は、統計を取り始めた1942年以来、歴史的な減少幅となったという。一方、公共交通機関の利用者は昨年から2.7%の増加。2007年の利用者数はのべ103億人と、過去50年間で最多だった。

米エネルギー情報局によれば、2004年には1ガロン(約3.8リットル)当たり平均$2.01だったガソリンは、現在$3.79。1人当たりのガソリンへの支出は年間収入の5%で、2002年の2.5%から倍に跳ね上がった。年収500万円の人は年間25万円をガソリンに費やすことになる。ガソリン急騰は各方面に甚大な影響を及ぼし、クライスラーの「3年間の安値ガソリン付新車キャンペーン」や、全米各地でのガソリン泥棒横行など、様々な現象を生み出している。

職場の風景も変わり始めた。まず、通勤の問題だ。アメリカはマイカー通勤が多い。しかし、企業が通勤手当を支給するケースは日本ほど一般的ではなく、今回のガソリン急騰は家計を直撃している。月数万円に及ぶガソリン代を払うくらいなら、と、自宅に近い企業に転職する人も出てきた。企業は、こういった人材流出に歯止めをかけるため、救済策を打ち出す。

マイクロソフトは2007年9月、シャトルバスのシステムを導入した。本部から21マイルまでの範囲で5つのルートがあり、3,700人の従業員が利用する。システムは好評で、同社は新たに11ルートを設置し、利用者はさらに2,300人増えた。利用者の1人、ブライアンさんは、「マイカー通勤と比べ、月150ドルの節約になっている」と語る。

以前からある会社の制度にも、新たにスポットライトが当たり始めた。
大手金融会社Principal Financialグループ、人事部長のブラッドさんは、会社が13年前に導入したバン乗り合い制度を、この2月から利用し始め、年間4,000ドル(約40万円)以上かかっていた通勤ガソリン費を浮かせる。家を出るのは早朝5時半となり、マイカー通勤のときより1時間早まったが、背に腹は代えられない。

アリゾナ州フェニックスの人材紹介会社Jobing Inc.では、7年前、従業員のガソリン代をすべて会社が負担する制度を導入した。ただし、車全体に会社の車体広告をほどこした場合、である。最初の3年間では10人しか使わなかったこの制度、ここにきて注目が集まり、従業員の6割にあたる166人が利用する。PR部長のコックレルさんも昨年12月から、フォードの新車エスケープに全面車体広告をほどこし、月200ドルのガソリン代を節約する。以前なら、乗り合いや車体広告つきの車などには見向きもしなかった従業員が、ぞくぞくとこれら制度への申し込みを始めているのだ。

通勤はしない、という手もある。IBMのマーケティングマネージャー、シャリさんは、月400ドルもガソリン代のかかる通勤をやめ、先月から在宅勤務に切り換えた。会社側が、従業員のワークライフバランスのために導入した在宅勤務制度を、シャリさんは、「むしろ家計のバランスのために利用する」と語る。ガソリン価格が、在宅ワークの拡大に一役買っているのだ。プロクターアンドギャンブルは、ビデオ会議などの活用により、昨年、交通費を15%削減した。営業担当者の担当エリアを見直し、できるだけ移動距離が短くなるよう、狭い範囲に設定しなおす企業も多い。仕事のしかたそのものが見直されつつあるのだ。

変わったのは民間企業だけではない。
ペンシルベニア州ピッツバーグの警察署では、自転車によるパトロールが始まった。ガソリン急騰でかさむ出費が予算を逼迫し、人力で動く自転車が脚光を浴びることになったのだ。地域をきめ細かく警備できる、警官の健康にもよいという副産物もある。バージニア州など他の警察署でも同じ動きが出ており、今後も自転車によるパトロールは広がりそうだ。

切実な事情に迫られることで、今まで考えもしなかった選択肢へのトライが始まっている。それらのトライアルは、相応の痛みやあつれきを伴うが、無駄の見直しや、健康面、家庭生活などへの意外な好影響もあるようだ。ひょうたんからこまを期待したい。

しかし、この現象、ガソリン価格が落ち着くと、また元に戻るのだろうか。マイクロソフトのシャトルバスシステム担当の役員、クリスさんは語る。「これまで、ガソリン価格の変動に伴って、マイカー以外の通勤に関心を持つ従業員も増えたり減ったりしてきた。しかし、今回はいつもと違う。ライフスタイルそのものが変わりつつある」

どうだろうか。ガソリン価格の行方とともに、注目しておきたい。


<参考記事>

Wall Street Journal記事 従業員のガソリン支出を企業が救済
http://online.wsj.com/article/SB121123740260305225.html?mod=CarJMain_topmiddle

Computer World記事 2008/5/22 燃料費高騰が職場を変える
http://www.computerworld.com/action/article.do?command=viewArticleBasic&articleId=9087938&intsrc=news_ts_head

Business Week記事 2008/4/23 今、バスがかっこいい
http://www.businessweek.com/magazine/content/08_18/b4082000049320.htm?chan=search

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○マイトガイ「S」の自動車特選街
 (自動車ライター、坂上賢治のクルマギョーカイブログ)
 「自動車環境の変革が世界を救う鍵になる」 2008/04/27
 多くの自動車ユーザーは、ガソリンの高騰で浪費社会の限界を悟り始めた。
 資源が減退期にあるという現実認識の中で、今後、人として何をなすべきか。
 脱石油時代を迎えてしまった今、その論点は資源の有り無しではなく、
 残された「時間」にその問題を解く鍵がある。未来を切り拓けるか、
 敢えなく終焉を迎えてしまうのかは、現代を生きる人間の対応次第である。
http://sakaue.txt-nifty.com/actcell/2008/04/post_7689.html


○投資経済データリンク  2008/05/16
 「過去最高益・売上でも喜ばないトヨタ--米国の不況、日本の自動車数減少」
 日本のケースは、より深刻です。景気だけでなく構造問題も加わります。
 (1)人口減少、特に若年人口減少
   今後、運転する人が減少していきます。
   普通車免許の取得者数は、年3から6%のペースで長期減少中です。
 (2)地域格差の拡大(労働人口移動・収入格差)
   保有率が高い「地方」から、「都市」への人口移転が増加。
   県別の収入格差が広がっているので、さらに拡大の方向です。 
http://blog.h-h.jp/investnews/2008/05/16/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E6%9C%80%E9%AB%98%E7%9B%8A%E3%83%BB%E5%A3%B2%E4%B8%8A%E3%81%A7%E3%82%82%E5%96%9C%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%84%E3%83%88%E3%83%A8%E3%82%BF%EF%BC%8D%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E3%81%AE%E4%B8%8D/


○Business Media 誠 2008/01/08
 「2007年の新車販売は4年連続減、その中で売れているクルマとは?」
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0801/08/news064.html


○稲さんの言いたい放題 「自衛」 2008/06/01
 ホントに困っちゃうのはやはり地方の方々でしょうね、都会の5から7倍の
 ガソリン消費量だそうです。それも生活手段として以外に、1次産業を
 支える燃料費・・・高原レタスの運搬車がのんびり国道を走ってる姿が
 目に浮かびますが、遠洋漁業のマグロ船も2割は操業を停止しないと
 赤字になってしまうんだそうです。
http://inasan-freetalk.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_2589.html


○自動車屋のオヤジです。「ガソリン価格が」 2008/06/05
 さて、値上がりしたガソリン泥棒が動き出しました。今朝、お客様から
 クルマがガソリン臭いと連絡がありまして、行きました。ガソリンの
 においは揮発性が高いので、広範囲できついですが、調べてみましたら、
 燃料タンクへのゴムホースがカッターナイフのようなモノで切られて、
 ガソリンが盗まれているようでした。
http://k-subaru.cocolog-nifty.com/risuke_1965/2008/06/post_f27c.html


○ゆうたパパのほのぼの毎日 「原油価格の問題」 2008/01/20
 僕が産まれたばかりの頃の1973年10月、第四次中東戦争をきっかけとして
 「第一次オイルショック」発生。翌年1月までの間に原油価格は4倍になる
 事態。洗剤やトイレットペーパーの買い占め騒ぎ、物価の狂乱的な値上がり
 などは過去のテレビ番組で知る限りだが異常事態であったろう。さらに79年
 から83年にかけての第二次オイルショック。そして現在の中東情勢からの流れ。
http://blogs.yahoo.co.jp/yutakokijp/40121084.html

 

 

 


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