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もはや「路地裏」ではないということ(ネット上の犯行予告摘発など)

秋葉原の無差別殺傷事件で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。


2008年6月8日に秋葉原で起きた例の事件以降、ネットでの「犯行予告」に対する関心がこれまで以上に高まってきている。警察庁によると、23日までに全国で17人(うち逮捕は12人)が摘発されたとか。

東京・秋葉原の無差別殺傷事件が起きた6月8日から23日までに、インターネットの掲示板に犯行予告を書き込んだとして、業務妨害や脅迫、軽犯罪法違反の疑いで全国の警察が12人を逮捕するなど17人を摘発したことが24日、警察庁のまとめで分かった。
(47NEWS: 2008/06/24)


なんだかえらい勢いだが、犯罪の急増と嘆くのも、摘発が進んだと胸をなでおろすのもちょっとちがうのではないかと思ったので、書いてみる。


23日の記事は、「17人は13─30歳の男女」とある。具体的にはどういう人なのか、ぱらぱらと検索してみたら、こういったケースがヒットした。全部ではないが、新しいほうから。

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6月23日
新潟県警上越署は23日、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」に殺人や放火をすると書き込んだとして、脅迫の疑いで同県上越市寺町の無職の男(30)を書類送検した。

6月22日
インターネットの掲示板に橋下徹大阪府知事の暗殺予告を書き込んだとして、大阪府警捜査1課は22日、脅迫の疑いで東京都世田谷区船橋、会社員安永博一容疑者(35)を逮捕し、東署に捜査本部を設置した。

6月21日
インターネット掲示板に殺人予告を書き込んだとして、愛知県警西尾署は21日、偽計業務妨害の疑いで同県西尾市矢場町、無職今泉直樹容疑者(26)を逮捕した。

6月20日
神奈川県警に19日に逮捕されたのは、同県横須賀市の26歳の無職男。同県警によると、男は19日午前4時59分、携帯電話のサイトに、「今日の午前中、横浜市の東口のどこかに爆弾をしかけるわ。死にたい奴は来いや」と書き込んだ。(中略)横浜駅の駅員らの業務を妨害したとして、威力業務妨害の疑いでの逮捕となった。

6月20日
インターネットの掲示板に、東京・渋谷での殺人予告を書き込んだとして、警視庁渋谷署は20日までに、偽計業務妨害の疑いで、福井市開発、私立大学3年野坂恭史容疑者(20)を逮捕した。

6月18日
1日に開かれた日本ダービーを妨害しようと「東京競馬場を爆破する」とインターネットの掲示板に書き込んだとして、警視庁捜査1課は18日、兵庫県宝塚市南ひばりガ丘、会社員、浅井崇容疑者(34)を威力業務妨害容疑で逮捕した。

6月18日
携帯電話サイトの掲示板に東京・秋葉原の17人殺傷事件をまねたとみられる殺害予告の書き込みをしたとして、茨城県警土浦署は18日、同県石岡市石岡、無職、野村拓也容疑者(21)を偽計業務妨害の疑いで逮捕した。

6月17日
愛知県警に「中部国際空港駅で人を刺します」と書き込んだメールを送信したとして、愛知県警捜査1課と中部空港署は17日、同県知多市巽が丘4、アルバイト、林享佑容疑者(24)を威力業務妨害の疑いで逮捕した。

6月16日
インターネット掲示板「2ちゃんねる」に「今から池袋行って100人ぶっ殺す」などと書き込んだとして、警視庁池袋署は16日までに、浜松市南区西町、無職、鈴木陽容疑者(29)を偽計業務妨害の疑いで逮捕した。

6月15日
インターネットの掲示板に、商店街を名指しして、「秋葉原のあの事件…皆殺します」などと書き込んだとして、広島県警中央署は15日、業務妨害の疑いで、広島市西区の新聞配達員の少年(19)を逮捕した。

6月15日
福岡県警は15日、携帯サイトの掲示板に九州の駅で大量殺人を行うと予告する書き込みをしたとして、同県内のアルバイト少女(17)を近く軽犯罪法違反容疑で書類送検すると発表した。

6月13日
インターネットの掲示板に「無差別殺人をおこします」などと書き込みをしたとして、大阪府警南署は13日、軽犯罪法違反(業務妨害)の疑いで、大阪市福島区に住む大阪学院大4年の男子学生(21)を近く書類送検する方針を固めた。
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24日にも、アイドルグループの携帯サイトで無差別殺人を予告して公演を妨害したとかで、18歳の無職少年が警視庁に逮捕された、というニュースが流れた。要するに途切れなく続いている状況であるわけだ。秋葉原の事件に触発されて、というのはもちろんわかるが、これらの検挙事例に影響されて思いとどまったりする方向にはなぜいかないのだろうか、と思う。

犯罪の事例に比べて摘発の事例は目立ちにくいらしい。正確なところはわからないが、どうもおそらく、「ネットは匿名」という意識がいまだに強いということはいえそうな気がする。もちろん、これまでは実際に匿名に近い状況があったのだろう。しかし、少なくとも最近のネットは、かなりのところ匿名とはいいづらい状況になっている。警察のサイバー犯罪の捜査能力が、素人目には「えっ!?」と思うほどになっている(参考:
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070116/policenetcrime)という理由もあるが、それ以上に「監視の目」がどんどん厳しくなっていることの影響は無視できない。

特に先日の秋葉原の事件以降、ネット上の犯行予告に対する監視の目はかつてないほどの状態になっている。警察自身がサイバーパトロールを強化しているうえ、全電気通信事業者にも協力を依頼しているが、もちろん一般からの通報もある。以前からインターネット・ホットラインセンターがこうした情報を受け付けていた。他のジャンルの通報も含まれているが、通報件数の推移:
http://www.internethotline.jp/statistics/index.html をざっとグラフにしてみると以下の通り。さらに犯行予告情報を共有する「予告.in:http://yokoku.in/」などというサービスも登場していて、いまや一般人も含め、ネットを挙げての通報合戦が展開されているといっても過言ではないかもしれない。




しかし、摘発件数の増大が、ネット上の犯行予告そのものの増加を示しているとは限らない。もちろん、衝撃的な事件に触発されて同様の予告が相次ぐことがあるという現象についてはかねてから知られていたし、実際にそういう部分もあるだろう。しかしそれだけとは思えない。犯行予告そのものの増加だけでなく、犯行予告の「発見」率の上昇という要素が必ずあるはずだ。

もしそうだとすれば、犯行予告が増えたと嘆くのも、摘発が進んだと安心するのも、少しずれているような気がする。増えたのが犯行予告の「発見」であるとすると、別の懸念が出てくる。これまでただの憂さ晴らしの書き込みだったものが犯行予告になってしまったケースがあるのではないか、これまで何もなくやりすごされてきたものが大騒ぎされているケースがあるのではないか、ということだ。

もちろん、特定の個人や団体等を名指しして「殺してやる」などと表明すること自体、忌むべき行為であり、正当化できるものではない。しかしそれらの多くは、これまで摘発を受けることもなく存在してきたものだ。書き込む側はまだ「摘発されるかもしれない」という気持ちが薄いのかもしれない。いってみれば、人通りの少ない路地裏の万年塀に「○○死ね」と落書きするのと同じような意識だ。塀の落書きで検挙された人がいるかどうか知らないが、おそらくいたとしてもごく少数だろう。

メディアは人と人とをつなぐ。それは目や耳や口の機能を拡張し、これまで見えなかったものを見せ、聞こえなかった声を届ける。特にインターネットの発達は、個人の情報発信能力を格段に引き上げ、また多くの情報の中から条件に沿ったものを拾い上げる能力も飛躍的に向上させた。ネットに書き込まれたものは、もはや「路地裏の塀の落書き」ではなくなったのだ。

多くの人は、すでにこのことに気づいている。しかし、このことをまだ充分に認識していない人が少なからずいるのではないか、というのが私の危惧だ。知ったうえで犯行予告に及ぶならもとより弁解の余地はないが、報道されたケースの中でも「本当に犯行に及ぶつもりはなかった」というものが少なからずあるようだし、行為の意味を本当にわかったうえなのだろうか。

もしそういう要素があるなら、これは少なからず教育の問題でもある。これまで報道された検挙例が比較的若い層の人たちであるということは、彼らのほうがネットを使う生活になじんでいるという点からして自然だが、そうであればこそ、ネットを使う際に知っておくべき基礎的な知識やネットでのふるまい方に関する教育を充分に受けているのか、懸念する。

政府も、ネット上の犯行予告を自動的に発見し通報するシステムの開発に乗り出す(そのために来年度予算に数億円程度の研究開発費を盛り込む方針であるらしい。その後「予告.in」が1人で、たった2時間で作られたと発表されたから、その通りになるかどうかはわからないが)そうだ。犯行予告を発見するしくみ、通報するしくみもいい。しかし、それと少なくとも同程度以上の努力を、ネット・リテラシーに関する教育へ向けるべきではないだろうか。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○GIGAZINE  2008/06/27
 2ちゃんねるに警視庁から「犯行予告」について通報依頼のメールが来ている
 ことが判明、その内容とは?
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080627_2ch_crime/


○CNET  佐々木俊尚 ジャーナリストの視点
 「実名」と「特定」は別のものだ 2008/04/17
 個人と個人のつながりは多層化しており、ある個人を特定させる要因も
 多面体的になってきている。企業内での位置が、その個人のすべての
 部分を表現しているわけではない。ある人物を特定するというその要因
 には、「所属」だけでなく「行動履歴」や「言論の積み重ね(アーカイブ)」
 も等価に存在している。要因はこれだけではない。ソーシャルメディアの
 進化した世界においては、自分がインターネット上でつながっている
 人たち(フレンド)の総体こそが、自分を特定させる要因となることも
 十分に考えられるだろう。
http://japan.cnet.com/blog/sasaki/2008/04/17/entry_27000602/


○デジモノに埋もれる日々 2008/06/13
 総務省の「犯罪予告検知ソフト開発」の予算と「予告in」- 対処は本当に可能なのか
 事件が起こった 翌日 になって「実はあそこで書き込みがあったみたいでした」
 では済みません。それでは今回と全く同じです。ということは、最低でも
 全ての掲示板で 「10分以内」 に起こった予兆は全部感知できていなければ
 いけません。あらゆる書き込みを10分以内でクロールするシステム、 
 こんなのはGoogle先生だって実現できません。 
http://c-kom.homeip.net/review/blog/archives/2008/06/column_yokokuin_service.html


○ロケスタ社長日記  「予告inについて少し真面目に述べてみる」  2008/06/14
 インターネット上の書き込みに対して、ユーザーを100%守りたいと
 思っていました。一方で、やっぱり個人名をさしての度を超えた中傷や
 個人攻撃はよくない。
http://blog.livedoor.jp/kensuu/archives/50608598.html

 

 


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