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国内広告にもグローバルな視点が要求される時代に。イー・モバイル携帯CM放映中止が示唆するもの

独立記念日の直前、YouTubeで、とある日本のコマーシャルが槍玉に挙げられた。通信ベンチャー、イー・モバイルの30秒スポットである。
演題に立ったスーツ姿のサルが人々に語りかける。「皆さん、イー・モバイルは月々1980円!」熱狂する聴衆。手には“Change”のプラカード。言うまでもなく、“Change”はバラク・オバマ民主党指名候補のスローガンだ。

日本の視聴者は、イー・モバイルが以前からCMキャラクターにサルを使っていた事を知っているし、このコマーシャルが日本人独特のセンスによるジョークだと理解している。しかし、世界のスタンダードはそういう理解はしてくれなかった。ネクタイを締めたサル、演説、そして“Change”のスローガン、と来ては、オバマとサルを結び付けて揶揄しているコマーシャルではない、と言い張るには無理がある。コマーシャルは“日本人によるひどい人種差別CM”としてYouTubeにアップされ、その閲覧数は10万近い。

反応は様々だが、共通しているのは驚きの反応だ。“日本人はなんでこんな人種差別を許すんだ?” “何だってこんな人種差別主義者の国を防衛してやらなきゃならないんだ? 軍隊を引き上げようぜ” 中には日本文化をかなり理解した発言もある。“日本人はサルをキュートなマスコットとして考えている。人種差別の意図はない” “サルは日本では神聖な動物だ。アメリカ人は自国以外の文化もある事を理解しろ” “いい加減な事いうな、あのスローガンと背広姿はどう考えてもオバマをからかってるだろ” 喧々諤々の議論は続く。

日本人の視点で考えれば、製作サイドの思慮が特に足りなかったとも思わない。会社のマスコットであるサルと大統領選を結び付けただけの罪のないシャレ心で、偶然にせよ見事にツボを突いてしまったイー・モバイルと広告代理店には、お気の毒というほかない。CNNがサイトで紹介したものの、幸いなことに騒ぎはそれほど大きくならなかった。

ただ、この騒ぎが含む重大な意味はすべてのクリエイターが胸に刻むべきだろう。それは、極端な言い方をするなら、“日本ローカルのコンテンツというものはもはや存在しない”という事である。YouTubeという怪物の登場以来、誰もが国境を越えて映像をアップできる。日本の文化で問題のない表現でも、別の文化ではとんでもない侮辱にあたる可能性もある。日本のクリエイターも、今後はそうしたグローバルな視野でものづくりをしなければならなくなる。スポンサーと市民団体に気をつけていればよい時代は終わってしまったのだ。

グローバリゼーションはいい事ばかりではない。他の文化が流入してくれば、それだけ摩擦も起こりやすい。“大したことでもないのにどうしてそんなに腹を立てるんだ?” そう思う人はボーダレス時代の社会人失格である。“この出来事を違う文脈で読めばどうなるか?” この問いかけが出来るか否かが、これからの時代ますます大切になってくる。

考えてみれば大変な時代になったものだ。ちょっと前なら国内事情だけを考えていれば良かったのが、いまやイスラム教徒の価値観だって常識程度には理解していないといけないのだから。世界中の国民が入り混じるバーチャルワールドで生きるには、お互いを知るための努力と気遣いが不可欠だ。

記憶すべき事はもう一つある。映像や文章を含むすべての表現、言動は、一度外部に放ったが最後、完全に消し去る事は不可能だという事だ。今回のコマーシャルにしても、いくらYouTubeに削除依頼を行っても誰かが再びアップロードするだろう。たとえ削除が成功しても、人々のコンピュータのハードディスクに眠るデータまでも消去する事は出来ない。

これはインターネットで表現活動をしている我々も、自戒を込めて記憶すべき事だ。一度書いてしまった記事は、巨大なネットの海に放たれたが最後、訂正する事は不可能だ。これが紙媒体であれば、やがては土に返ってしまうと考える事もできる。しかし、一度ネットに上げられたものは、過去のものになったかに見えても、何かのきっかけで誰かがサーキュレーションし大増殖する可能性は常にある。すべての言動が記録されている---表現活動は心して行わなければ、と思う今日この頃である。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○映画雑食主義: 「映画ファイル:猿の惑星」 2008/01/25
 フランス人作家ピエール・ブールの原作で描かれた猿とは、実は日本人が
 モデルだった。ブールは、フランスが東南アジアで植民地政策を推進して
 いた際、労役に地元民を使う側の人間だった。ところが、第二次大戦で
 同じ黄色人種である日本軍の俘虜となってしまい、そのときにはまさに
 天地が引っくり返る屈辱的な経験をした。
http://blogs.dion.ne.jp/cafefandango/archives/6736382.html


○ringo-sanco   2008/07/03
 イー・モバイル, 「人種差別連想」のCMを放映中止
 問題とされたのは「猿は歴史的に黒人を非人間と描くために使われてきた」
 ということだそうですが、これには私は異論があります。歴史的に見ると
 日本人こそが猿と描写されてきたことも明らかです。
http://rdp.blog52.fc2.com/blog-entry-1683.html


○水原央 公式ブログ   だめ人間の手記。
 「イーモバイルのCM中止、背景に疑問」  2008/07/03 
 「サルがオバマで差別だ」と騒ぐ前に、サルと人間が神としてすら共存できる
 日本を「国際社会」は見習うべきではないか。そういう「幸福な」歴史を
 持っている日本をうらやむべきではないのか?
http://yo-mizuhara.blog.so-net.ne.jp/2008-07-03

 

 

 


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