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iPodでここまで聞こえた!(by レコード・コレクターズ 編集長 寺田正典)

 ここメディアサボールの1月15日のエントリー
「音楽雑誌編集者(アナログ派)がiPod音質向上に初挑戦」
http://mediasabor.jp/2008/01/ipod.html

を書いたことがきっかけで、iPodの使いこなしについて週刊誌からの取材まで舞い込んで驚いた。その『週刊文春』(5月1日・8日合併号)の記事のサブ・タイトルに「おじさんにもよくわかる!」とあったのにも象徴されるように、少し乗り遅れ気味だった「若者」を少し超えた世代の方々の中で、iPodなどの携帯デジタル・オーディオ・プレイヤーに対する関心がかなり高まりつつあるようだ。

 携帯電話(より正確に言えばスマート・フォンか?)とiPodが合体したかのような新しい携帯ツール、iPhone(註1)
http://www.apple.com/jp/iphone/?cid=MAR-JP-GOOG-IPHONE

の日本上陸が正式決定したこともまた、iPodへの関心を一層高めることにつながるのは間違いないだろう。

 そこで、1月にあの記事を書いてから半年間の間にヴァージョン・アップした部分も含めて、iPodをより一層の高音質で鳴らすことによって、どんな世界が見えてきたのか、について書いてみたい。題して「iPodでここまで聞こえた!」。
 
 CDや機材の音質を比較し、それについて意見を書くのは非常に難しい、と最近とみに思う。その一番の難しさのポイントは、たとえばAとBという環境(ソフトでも良い)で音質を聞き比べた場合、最初はBで初めて「気づいた」微細な音の要素などがあったとしても、そのことを認識してしまえば、Aでもある程度同じような音が聞こえてしまう、ということが非常によくあるからだ。

 筆者の場合で言うと、ここ半年の間に急速にヘッドフォンやポータブル・ヘッドフォン・アンプなど周辺機材を充実させ、「こんな音、初めて聞こえた!」という体験をかなりした。しかし、「そこにその音が入っている」ということをいったん認識してしまうと、少し前の機材、前の環境に戻ったとしても、大抵それは聞こえてしまうのである。それは「聞こえなかったものが、初めて聞こえた」というよりも、「鳴っていたのに気づかなかった音に初めて気づいた」というのに近い体験だと言った方が正確なのかもしれない。今回のエントリーは、是非そのことを踏まえた上で、読んでいただきたい。

 ヘッドフォンを評判の良い高価なものに取り替え、それをより効果的にサポートするためのポータブル・ヘッドフォン・アンプもいくつかの機種を試してみて、楽しかったのは、音楽のニュアンスが一層豊かに感じられるようになってきた、ということだ。特に感じられたのは音のエッジ部分。例えば、バス・ドラムのアタック音や、ミュートの効いたエレキ・ギターのパリッとかボリっという感じの音、そして空ピックの音が、非常に表情豊かに聞こえるようになってきたのだ。

 演奏者がそのエッジに込めたニュアンスが、余裕を持って伝わってくる、という感じ。さらにエレキ・ギターで言えば、テレキャスターとかストラトキャスターといったシングル・コイル系ピックアップの固くて細い音、あるいはコンプレッサーなどのエフェクターをかけた際のカキンという立ち上がりの固い音、それらがよりクッキリと前に出てくる。そして当然、ソースによっては重くて深い

 たとえば、ジョージ・ハリスンのアルバム『ダーク・ホース』などは、音楽は魅力的なのに、CDはもちろん、オリジナルの英国盤を買って聞いてみても、音が「平板」で物足りない、とずっと思ってきた。しかし、そんなアルバムですら、ジョージのパリっとしたギターの音を中心に音に立体感が感じられることになったことで、随分と楽しく聞けるようになった。まさかそんなことをiPodで体験をすることになろうとは、購入前には、想像もしていなかった。

 そういった音のニュアンスの変化について、もっとクドクドと書き進めることもできるのだが、どうしても抽象的かつ主観的な表現に頼らざるを得ない。オーディオの素人の筆者がそれをやっても説得力がないと思われるので、ここはソフト部門の専門誌の制作者として、この曲のここに「初めて気づいた音」があった、という具体例のうち、有名アルバム絡みのものをいくつかリストにしてみた。

 ただし、上に述べたような理由で、下記の「気づいた」リストにある音は、ヘッドフォン・アンプなしの環境でも十分に「気づく」可能性のあるものが多い。しかし、あなたの音楽ライブラリーの中には、同じような可能性を持った音源は沢山あるはずで、それらを自分で「発掘」するためには、ヘッドフォンのヴァージョン・アップとヘッドフォン・アンプの使用は、絶大な効果を発揮してくれるはずだ。


■iPod+ポータブル・ヘッドフォン・アンプで初めて気づいた「難聴取」音の例
 (ヘッドフォンは主にEars Triple.fi 10 Pro、ヘッドフォンアンプは
 iBasso T2、Headstage Lyrix Pro USB total等を使用。圧縮はAAC、
 レートは主に192kbps)


◆レッド・ツェッペリン『プレゼンス』
「For Your Life」の5分30秒辺りに、誰かの唸りのような鼻を鳴らすような音が
 入っている。

◆レッド・ツェッペリン『聖なる館』


「The Ocean」のギター・ソロの部分、1分35秒から1分41秒辺りで、2度、電話の
 ベルが鳴る(註2)。


◆スティーリー・ダン『彩(エイジャ)』
99年リマスター音源を収録したSHM-CD盤を使用(リッピングした場合にもSHM-CDに音質
的なメリットがあるかについては議論が分かれるところだが…)


「Home At Last」のイントロのピアノのバックに床をひっかくような音が
 入っている(バス・ドラムで何かしてるのか?)。


◆ジェフ・ベック『ブロウ・バイ・フロウ』
2001年のリマスター盤を使用


「You Know What You Mean」のイントロでは、ドラム・セットの共鳴音が
 左チャンネルから聞こえる。また、ギター・アンプからの「ジー」というノイズも
 全編で捉えられている。


◆ビートルズ『リヴォルヴァー』


「ガット・トゥ・ゲット・ユー・イン・マイ・ライフ」で全編、左チャンネルに
 ブラスとほぼユニゾンで弾かれるディストーション・ギターが入っている。


◆ピンク・フロイド『狂気』
DSDマスタリングによる、SACDとのハイブリッド盤を使用


 最後の「Eclipse」のフェイドアウト部分、1分37秒過ぎぐらいから何かの音が
 「混信」してくる。1分56秒ぐらいからは、それがビートルズ「涙の乗車券」の
 フレーズに聞こえてくる(註3)。


◆ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』
DSDマスタリング音源収録のSHM-CD盤を使用。『狂気』もそうだが、
何故、SACDで聞いた時に気づかなかったのか?は謎


「Live With Me」のサックス・ソロ(1分38秒─)中に左チャンネルでキース・
 リチャードによるバッキング・ギターが鳴っていた。まさに前回のエントリーで
 紹介したチャック・ベリー風ボトム・リフ!
 「Let It Bleed」レット・イット・ブリード」イントロのドラムのスネア一発目が
 入る前に(0分6秒─)、シンバルか何かの金もの系の音に続いてバス・ドラムが
 5発聞こえる。「Midnight Rambler」の中間のスローな部分で、
 “Well you heard about the Boston”のフレーズの前に一度“Well”とささやいて
 いる声が左チャンネルから聞こえる(4分25秒)。
 「You Can't Always Get What You Want」の導入部、声楽隊のコーラスの後の
 アコースティック・ギターによるイントロ部分の左チャンネルになにか「混信」の
 ような音(0分51─54秒)が重なっている。マスター・テープの「転写」による
 事故なのかもしれない。


◆ローリング・ストーンズ『山羊の頭のスープ』
「Hide Your Love」の2度目のギター・ソロ以降、ほとんど真ん中でバックに
 サックスが鳴っている。


 どうだろうか? もともとの筆者のリスニング環境が貧弱だったせいもあってのこの結果なので、そんな「音」はとっくに認識していた、何をいまさら言っているのだ! それはオマエの聞き方が甘かっただけだ!とお怒りのオーディオファイル(オーディオ・ファン)の方々もいらっしゃるんじゃないかと心配なのだが、問題は、これらを「気づかせて」くれたのが、高級オーディオではなく、iPodだったという点だ。

圧縮音源というハンディがありながらも、すでにアーティスト/制作者側の意図を超えて、「聞こえてほしくない音」がかなり聞こえてきてしまっている。以前から、ローリング・ストーンズのCDがリマスターされる度に、ボツになって(消したはずの)別テイクのヴォーカルが、そこかしこから聞こえてきて苦笑してしまう、というようなことは、これまでもあったが、まさかiPod環境で、さらにそのような体験をすることになるというのは、自分としては予想外だった。

 それでも、これでは物足りないという方々のために、次回は、数年前から一部で話題になっている、ジャズ・ピアニスト、ビル・エヴァンスの傑作アルバム『ワルツ・フォー・デビー』に刻まれた「地下鉄の音」問題に、iPodでチャレンジしてみる予定です。乞うご期待。


<註1>
発売は結局ソフトバンクからになったが、問題は、日本語のカタカナ表記「アイフォーン」。
iPhoneが「アイフォン」とならなかったのは、インターホン最大手のアイホンが
「アイホン」を商標登録しており、それとぶつかったからだという。
インターネット上をはじめとする「横書き」の世界では、iPhoneと書かれ続ける
だろうから問題はあまりないが、テレビのニュースなどでも「アイフォーン」と
すでに呼ばれているのはちょっと違和感がある。念のためにYouTubeなどの動画で
米国人による発音を改めてチェックしてみたが、やはり「i」の部分にも
アクセントがあるから「アイフォーン」には聞こえない(発音記号的には「アイフォウン」
の方がまだ近い)。このカタカナ表記、というより日本語読みが、iPhone普及に影響を
与えることはないのだろうか?

<註2>
インターネットを検索してみると、これは結構、有名。レッド・ツェッペリンの
アルバムが初めてCD化された時は、むしろその前の「No Quarter」(6分44秒)の
電話の音の方が話題になっていた記憶があるが、今の環境で確認すると
「The Ocean」のこの音の方がハッキリと聞こえる。ただし、これらの音は91年の
リマスターで「消された」らしく、最新リマスター盤には入っていない。筆者が
使用したCDは、リマスター以前の、アトランティック 20P2-2027という
カタログ番号の2000円盤。

<註3>
これは実は、http://boat.zero.ad.jp/floyd/floyd/faq/1973.htm
などのサイトを見て、情報としては以前から知っていた。しかし、自分の環境では
確認できなかったため、忘れてしまっていたもの。新調したアンプ
(Headstage Lyrix Pro USB total)が届いた日に、何となく『狂気』を聞き直して
いた時に、いきなり「涙の乗車券」のフレーズが聞こえてきてビックリした。

 

 


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