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企業の内部統制にも波紋 --上司に私用メールを読まれた警察官が裁判で勝訴--

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

アメリカの連邦巡回控訴裁判所が、6月18日、業務上電子メールを使用する企業に衝撃を与える判決を下した。カリフォルニア州オンタリオの警察官が、プロバイダー、市、警察を相手取って起こしていた、「電子メールやテキストメッセージを勝手に閲覧したのは、憲法第4条の『不法な捜索や押収の禁止』に違反する」という訴えを、認めたのだ。それらの電子メールやメッセージが仕事中にやりとりされた私用のものであり、その費用負担は警察当局がしていたにもかかわらず、である。

ことの経緯は、以下のとおりだ。2002年8月、ジェフ・クォンさんら4人の警察官は、1ヶ月に25,000文字と定められた制限を超えて電子メールとメッセージを使用した。彼らの上司は、プロバイダーのアーチワイヤレス社から記録を取り寄せ、純粋に仕事の目的で使われたか否かを調べた。クォンさんのメールの多くは個人的なもので、いくつかは明らかに性的な内容であったという。

法廷は、アーチワイヤレス社は、「プロバイダーはいかなるコミュニケーションの内容も許可なく漏らしてはならない」とする法律、Stored Communications Actに違反すると判じた。また、市が職員に、「電子メールやテキストメッセージを読む権利がある」と事前に知らせてあったことを考慮しても、やはりその行為は違反であるとした。そのような方針があったにもかかわらず、結局電子メールやメッセージはモニターされておらず、そのため従業員はプライバシーがあると思っていた、というのが法廷の判断なのだ。

専門家は、この判決は、多くの企業に影響を与えると推測する。これまで、仕事中に企業の機器やインターネット接続を使って送られた電子メールやテキストメッセージの所有権は、基本的には費用を負担している雇用者側にあると考えられ、その点での従業員のプライバシーは限定的であるとされてきた。今回の判決は、その常識を覆すものだ。

最近の調査で、従業員2万人以上の企業の41%が、専門のスタッフを雇って従業員の送信メールを読む、あるいは分析していると回答した。調査に協力した企業の44%が、昨年1年間に、機密データ漏えいを疑って電子メールを調査したことがあるとし、26%が自社の電子メールに関する方針に反するとして、従業員を解雇したと答えている。これらの行為も、場合によっては法律違反とされる可能性が出てきた。

今後、日本でもこれに倣う動きが出てくるかもしれない。
デジタル世界での人権擁護を標榜する非営利団体Electronic Frontier Foundationは、この判決について、「オンラインのプライバシーに関する素晴らしい勝利。これで、第4条は手紙と同様、オンラインのコミュニケーションにも適用されるようになる」と評価する。

しかし、一般の人々の反応は複雑だ。記事サイトのコメント欄を見ると、判決への批判的な反応もかなり多い。いわく、「われわれの税金は、警官に、仕事中に性的なメールを出させるために使われているのか」「費用を負担する側が、電子メールやメッセージの所有権を持つのは当然」「そんなにメールしたければ、自分で携帯電話を買え」など。

オンラインのプライバシー保護を優先させるか、あるいは適切な業務遂行の監督を優先させるか。この事例は、警察官という公務員が登場人物であるため、納税者である私たちが、思わず雇用者サイドに立ってしまう、という特徴がある。雇っている側から見れば、仕事中に仕事目的以外のメールを、こちらの費用負担で送信するなど、とんでもないことであり、それを阻止するために、内容の閲覧という最終手段もありではないか、と思える。

しかし、そんな私たちも、ひとたび従業員の立場に立てば、仕事中に私用メールは一切していないか、閲覧されてもプライバシーの侵害だと思わないかというと、すぐにはうなずけないだろう。実は、裁判官も自信満々というわけではなく、「電子コミュニケーションに、第4条をどれだけ適用するかについては議論の余地がある」としているのだ。

企業と従業員に波紋を投げかけたこの判決、この後、下級裁判所におろされ、賠償金額について審理される。「そうか、賠償金が支払われるのか」と、改めて自分が払った税金の行方を思ってしまう。ちなみに、性的な内容のメールは、クォンさんと妻との間でやり取りされたものだそうだ。


<参考記事>

Los Angels Times  上司は許可なく部下の電子メールを読んではならない、法廷で判決
http://www.latimes.com/news/local/la-me-text19-2008jun19,0,4172340.story

CNET 大企業は従業員の電子メールを読んでいる
http://news.cnet.com/8301-10784_3-9950451-7.html

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/04/21
 「米国企業の過酷な社員監視。ネット、電子メールの不正使用で
  解雇(クビ)は50%以上」
http://mediasabor.jp/2008/04/50.html


○ものろぎや・そりてえる 2007/09/14
 大屋雄裕『自由とは何か──監視社会と「個人」の消滅』
 実質的に“自由”などあり得ない中で、なおかつ我々は建前であれ
 何であれ“自由”を基本原則とした社会に生きているという根源的な
 矛盾がある。これをどのように考えればいいのか? 本書の著者は、
 “自由な個人”だから責任を負うというのではなく、逆に責任を負う
 という態度を示したときに“自由な個人”とみなされると述べている
 (本書、199頁)。
http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_bab3.html

 

 


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