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人間のエゴがエコの足かせ。致死率の高い輸入感染症の恐怖

 地球の環境問題を話し合う場として注目を集めていた今回の洞爺湖サミット。アフリカへの支援策をみる限り、どうも人間の「エゴ」が「エコ」の足かせになっているように思えてならない。人類そのものがすでに地球環境の一部なのにその認識が欠けているのだ。この地球上で、私たち人間が消費型から循環型の暮らし方をするにはどうしたらいいかを具体的に話し合うチャンスだったが、もはや人間は地球のお荷物になっているに違いない。

 単純に二酸化炭素の排出量を減らせば解決するという簡単な状況ではないことを、どの国も本当は気付いている。たとえば、アフリカには人間にとって未知の病原体が多く存在しているし、その生息域に人間が踏み込んで行くたびに恐ろしい感染症が牙を剥くということも経験している。その恐ろしい病気が、かつて日本をかすめたことさえある。

 少し専門的な言葉が出てくるが取材当時のメモを見てみよう。
1992年10月、アフリカを旅行して帰ってきた千葉県の男性が原因不明の感染症で死亡した。男性は45歳の会社員でその年の9月12日に成田を発ち、20日に帰国している。この間、アフリカ中央部のザイール共和国(現コンゴ民主共和国)に3日間滞在したが、滞在中サルに引っかかれたことが確認されており、これが感染原因ではないかとされたが感染源の特定には至らなかった。

 この男性は、帰国して10日後に突然発熱し、頭痛、悪寒、発疹を訴えて近くの医院を受診した。一時回復に向かったものの再度症状が悪化し、千葉市内の病院に収容されたが翌日死亡した。死亡時、皮下に点状出血がみられ、病理解剖の結果からは肝臓壊死、脾腫、消化管出血が確認されたという。さらに、エボラ出血熱ウイルスの抗体価が軽度上昇していたことから、10月13日に千葉県から厚生省(当時)へ報告された。

 その後、患者の血清は米国疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention)へ送られたが、ウイルス遺伝子、ウイルス分離、抗体検査などすべて陰性で血清による確定診断はついに得られなかった。

 当時の厚生省保険医療局結核・感染症対策室に話を聞いたところ「千葉県でのケースについては二次感染もなく、米国CDCでの検査結果でもエボラ出血熱であるという確定診断は得られなかった。しかしながら、臨床経過及び症状からは何らかのウイルス性出血熱であったことが疑われる」という説明であった。

 エボラ出血熱の病原体はフィロウイルス科で、分子量は約4.0×10の6乗ダルトン。不規則なRNA型で100ナノメートルの径と850から1500ナノメートルの一本鎖長軸を持つ。末端にひもを結んで輪をつくったような、ゼンマイの頭様の構造物を有しているものもある。自然宿主も未だに不明で、サルはヒトと同じ終宿主とされている。1995年に公開されたダスティンホフマン主演の映画「アウトブレイク」は、このエボラウイルスをヒントに描かれたとも云われている。

 エボラ出血熱が最初に発生したのは1976年6月27日、スーダン南方のザイール(現コンゴ民主共和国)国境に近いヌザラという町だった。綿工場の倉庫番をしていた男性が発病、10日後に死亡している。2人目の犠牲者も同じく倉庫番の男性で、入院後2日後に死亡した。妻も続いて発病し死亡している。3人目の患者もこの綿工場近くで働いていた。さらに、その患者の住居が商店の隣にあり、しばしば店を手伝い、出入りする多くの人々と接していたため、感染は隣国まで飛び火した。患者が収容された病院の職員13人が発病し、そのうち11人が死亡した。ヌザラに近いマリディでは171人が死亡したという。

 ところで、エボラという名前は初めてウイルスが分離された患者の出身地の川の名前で、ザイール川の支流のモンガラ川のさらに上流の一支流の名に由来する。

 エボラウイルスのヒトからヒトへの感染源は血液、嘔吐物、尿とされているが、詳細は現在でもまだ判明していない。発症状況は突発的で、重篤なインフルエンザに似ており、発熱と頭痛、次いで腹痛、咽頭痛。さらに吐血、消化管出血がみられ死亡率は53から89%と極めて高い。病原性、感染性がともに非常に強く治療法が確立されていないため、バイオハザード対策上の危険度分類で最高クラスのレベル4に分類されている。

 遠く海を隔てた日本でも、この種のウイルスが侵入してくる確率が非常に高いことをこの千葉県の例は示している。このような輸入感染症に対しては、病原体の正確な情報提供とそれを理解する国民の努力が確実な防疫対策につながるのだ。 

 サミットが閉幕した洞爺湖にはいつもと変わらない静かな時間が流れ出した。温暖化に苦しむ地球にマイクを向けて意見を求めることがもし出来るとすれば、地球は何と答えるだろうか。

 「干ばつ、洪水、竜巻。どれも地球環境に悪影響を与えているのはお前たち人間だけなのだから、お前たちの事情などいちいち聞いちゃいられない…」と言うに違いない。



 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/06/23
 「麻疹(はしか)流行にみる感染症予防策の教訓」http://mediasabor.jp/2008/06/post_416.html


○MediaSabor  2008/02/11
 「基礎医学を義務教育化したら、どんな効果が予測されるか」
http://mediasabor.jp/2008/02/post_324.html 


○そこに魂はあるのか? 2008/06/19
 ウイルスにとっての【意味】とは何か。 『爆笑問題のニッポンの教養』 ウイルス学、高田礼人。
 生物は自らエネルギーを作り出し自ら増殖するひとつのシステムである。
 けれどもウイルスは、遺伝子とそれを包む殻、それだけの存在であり、
 生物の細胞に入り込み、その生物のエネルギーを借りて増殖する、
 宿主となる「生物」が存在しなければ増えることの出来ない存在だ。
 宿主がいなければ変化のないただの「物質」であり、宿主のシステムと
 組み合わさったときに始めて「生物」的な振る舞いを見せるという
 二面性がウイルスの定義を難しくしている。
http://soko-tama.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_8381.html


○とうざ日記  2007/08/27
 「われわれは結局、危険な弾丸をよけられたんですかね?」
 「いや、わたしはそうは思わない」

 「ホット・ゾーン」小学館文庫
 リチャード・プレストン著、高見浩訳
 アメリカ、ワシントン郊外のレストン-サル検疫所の獣医は、検疫中の
 サルが不可解な症状でここのところ続けて死んでいることが気になって
 いた。彼は念のために、陸軍伝染病医学研究所にサルの組織を検査して
 もらおうと思い立った。陸軍の研究所の研究員が電子顕微鏡で見たもの
 …それは、エボラウイルスだった。
http://blogs.dion.ne.jp/touzadiary/archives/6112515.html

 

 

 

 

 


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