Entry

「便利」な機器の「不便さ」に関する一考察

アップル社の携帯電話「iPhone 3G 」(http://www.apple.com/jp/iphone/features/)の人気がすさまじい。発売日は7月11日だったが、日本で一番早い午前7時から販売を開始する「ソフトバンク表参道」では、3日前から購入希望者が列を作った。先日あるイベントの打ち上げに参加したら、その中にさっそく購入された「信者」がお二人ほどいて(うち1人はiPhoneのかぶりもので行列に並んだ「例のあの方」だ)、「これはネット体験を変える」とさかんに「布教」しておられた。いくつか見せてもらったが、なるほど面白い。いろいろあって当面は買わないだろうが、基本的にガジェット好きなので、こういうものには概して弱い。

以下は、それを前提として、思ったこと。誰でも考えつきそうなことなので、別に目新しい話ではない。また、ちゃんとお読みいただければわかると思うが、iPhoneやそれを薦めてくれる方々を悪くいうものでは決してないので、くれぐれも誤解なきよう。

考えたのは、タイトルにもあるが、「便利な機器の不便さについて」だ。必ずしもiPhoneだけをイメージしたものではない。そもそもiPhoneやその他のアップル社の製品を「便利さ」だけで語るというのはおそらく的外れなのだろう。とはいえ、アップル社のサイトにはiPhone 3Gについてこんな謳い文句を載せているから、便利さについて語ること自体が全くずれているということはないと思う。

革新的な携帯電話、ワイドスクリーンiPod、そして画期的なインターネットデバイス。この3つをひとつにしたのがiPhone 3Gです。3G対応、マップと内蔵GPSに加え、最高のメール、Webブラウザ、検索機能を1台のモバイルデバイスに組み込みました。

iPhoneについては、デザインやブランドそのものに対する支持も強いが、少なくとも、私にとってはアピールするのは、機能(ユーザーインターフェースも含め)のほうだ。iPhoneに限らず、携帯電話や携帯ゲーム機、デジカメその他、最近は小型の情報端末が非常に多機能になってきている。さまざまな機能が小さな機械で実現できれば、いろいろな機器を持ち歩かなくてすむから荷物が軽くなるし、管理の手間も少なかろう。確かに便利だ。自分が今使っている携帯電話も、カメラ、ワンセグ、GPS、ゲームなど機能満載だ。こういう機能をすべて使っている人がいったいどのくらいいるんだろうと正直思うが、多くの機能が備わっていること自体はそれなりにうれしい。

とはいえ、では便利かというと、必ずしもそうとはいいきれない場合があるということに、多くの人は気づいていることと思う。つまり、便利であることが逆に不便となる場合があるということだ。いくつか挙げてみる。


(1)特定の機能の使用を制約される場合

世の中には、さまざまな理由により、情報機器の利用を制限される場所がある。よく知られているのは、運航中の航空機内での携帯電話の使用禁止だ。一部では利用できるようになるという話も聞くが、少なくとも現在の日本では完全にアウト。スイッチを入れようとした瞬間に客室乗務員が飛んできて、こわい顔で注意される。

つまり、機内では、携帯電話についている他の機能、デジカメや時計、ゲームや伝言メモなども使えないことになるわけだ。似たような例は、病院の中とかいろいろあると思う。ちなみにiPhoneの場合は「機内モード」というのがあって、電波が出ないようになるらしい。携帯ゲーム機にもそういう機能があったと思う。そういう場合はもちろんいいんだが、日本で一般的に売られている携帯電話には、電波が出なくなるような機能はついていないように思う。それに、どういう場合にどの機器ならいいとか、そのためにどういう操作をすればいいとか、そういう情報が必要な人たちにあまねく広まっている状況とは残念ながら思えないから、少なくとも当面の間混乱は避けられまい。

他にもある。職業柄、試験監督なるものをやることがよくある。不正行為防止のため、試験中には携帯電話の電源を切ってしまうように指示するわけだが、そうなるとやはり、携帯電話についている時計や電卓は使えなくなる。また、ハイテク技術を使った工場などでは、携帯電話を入口で預けないといけないところがあるらしい。携帯電話についているカメラ機能で写真を撮られるのを防ぐためだ。こうした場合は飛行機の中とちがって、基本的に利用者の「良心」に任せる対応はとれないから、きめ細かい対応はもとより不可能だ。

要するに、多機能であるということは、使用を制約される可能性がある状況も多くなるということを意味する。


(2)使えない場合

さまざまなことに使える多機能機器は便利だが、ひとたび使えなくなると、ダメージも大きい。典型的なものは破損や故障だろう。落とす、ぶつける、踏む、水に浸かる等、さまざまな理由で、いとも簡単に携帯端末機器はこわれる。修理すら不可能な場合も少なくない。そうなると、その機器に依存していた機能はすべて使えなくなる。依存度の高い機器であればあるほど、事態は深刻になるわけだ。

こわれないまでも、電池切れということはよくある。便利な機器であればあるほど使用頻度も高いから、電池の消耗も早いだろう。これは少なからぬ人に経験があるのではないだろうか。ふつうの携帯電話は、電池が交換できるようになっていて、予備の電池を持っていればすぐに交換して使い続けられる。また、外出先で緊急充電するための機器もさまざまな種類がどこでも手に入る。iPhoneの場合はiPodと同様、電池交換できない。充電用アダプタが売られていて、外出先でも充電できるそうだが、少なくとも、電池を交換してでもすぐに使いたいという場合には困ることになろう。

いずれにせよ、故障や電池切れなど、機器が使用できなくなった際には、多少なりとも不可避的に不便が生じる。一つの多機能の機器に多くの機能を依存することは、このリスクを集中させることに他ならない。


(3)どれも不十分

さまざまな機能をひとつの機器の中に盛り込むのは難しい。結果として、機能や使い勝手の点で、かならずしも十分ではないというケースはよくある。小さい機器の場合には、やはりスペースの制約という要素が大きいだろう。携帯電話についているカメラは、画素数では十分でもズームやフラッシュなどの機能の点で十分といえないものが多いし、電卓としての使い勝手も専用の電卓ほどではない。最近の携帯ゲーム機はネット接続機能を持つが、機能や使い勝手となると、PCに遠く及ばない。

iPhoneの場合はどうなのか詳しくは知らないが、私にiPhoneを薦めてくれた方々は、電話というより、持ち歩けるネット端末としての要素に注目しておられた。電話としてならともかく、ネット端末として考えるなら、気軽に持ち歩けてどこでもつながることが新しい価値をもたらすことの裏返しで、画面や操作部分の小ささはやはりそれなりに制約条件となるはずだ。

もともと多機能の機器は使い方が難しくなりがちだが、小さいとなるとその問題はさらに倍増する。iPhoneの革新的なユーザーインターフェースについては「直観的で使いやすい」という評価もよく見るが、一方で慣れない者には難しいという話も聞く。人を選ぶということなのかもしれない。あと、個人的にはメモリの容量が不満ではあるが、これもあれ以上大きくすると電池の持続時間とか重量などで問題が出てくるのだろう。

つまり、多機能という便利さを手に入れるために、単体としての機能や使い勝手等の面での不便を受け入れざるをえない状況がよくあるのではないか、ということだ。


いろいろな話を総合してみると、どうもまっさきにiPhoneを手にしていたユーザーたちの間には、それを「2台めの携帯電話」ないし「出先でのPCの代替」といった用途でとらえるのがよい、という考え方がけっこうあるように思う。携帯電話として使っている端末はほかにあって、PCも持っていて(ひょっとしたら外出用のモバイルPCも別に持っていて)、そのうえでiPhoneを使う。そんな感じだ。一般の携帯電話がそうであるという意味で、それがなければ生活に困るといった状況で使っている人は、少なくとも現状ではそれほど多くないような気がする。

これはおそらく、多くのユーザーが、上記のような意味で、この「便利」な機器の「不便さ」を感じ取っているからではないか。別に悪いことだとは思わない。きっとiPhoneは、一般の携帯電話が持っているような「実用の道具」といった生真面目な性格のものではなく、より自由で気楽な存在ととらえられているのではないか。そんな気がする。以前アップル社が流していた、ラーメンズの2人を起用したテレビCMを思い出す。私のように、機能という点でも、携帯電話、音楽・ビデオ再生、といった具合になるのはいわば「製造者」の視点で、利用者からみた機能はもう少しちがった切り口になるのかもしれない。

利用者の視点。これがカギであるように思う。不便さをも楽しめるからこそ、買い求めるために行列までできる人気商品になったのではないか。一般の携帯電話は、その点でややハンディを負っているのだろう。それは、ラーメンズ出演CMで対比されていた、「マック」と「パソコン」との差に少し似ている。そうしてみると、アップルという会社の製品群はコンセプトがぶれていないのだな、ということに改めて気づかされる。他の人たちはとっくにわかっていたのだろうが。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  「iPhoneが起こした4つの革命」 2008/07/21
http://mediasabor.jp/2008/07/iphone_1.html


○キャズムを超えろ!  2008/02/21
 「機能やボタンが多すぎ!! 使いにくいUIのデジタル家電が発売されてしまう
 本当の理由」
 ズバリ言ってしまうと既存機能に上乗せする企画は通すのが簡単だし、
 リスクが少ないからだ。多少使いにくくてもそれが売れない決定的理由
 にはなりづらいことから、(売れなかったときの)責任を問われる立案者・
 決裁者ともに「多少複雑になってもかまわず機能を上積みしていくこと」
 は保身のためを考えるとリスクが少ない手法というわけだ。逆に削る
 ことは、安定した大企業の会社員としてはものすごい勇気がいる。
http://d.hatena.ne.jp/wa-ren/20080221/p2


○ZDNet Japan 「iPhone 3G」に望む10の改善点  2008/07/22
 「iPhone 3G」がついに発売された。クールな携帯ではあるものの、
 改善できそうな機能や特徴もある。記者が望む10個の改善点とは
 どのようなものだろうか?
http://builder.japan.zdnet.com/news/story/0,3800079086,20377557,00.htm


○不定期雑記 「おサイフケータイを使ってみた」 2008/01/10
 いろいろ調べてみると、ヨドバシやビックカメラのポイントカードも
 おサイフケータイ(のFelicaチップ)に集約できるみたいなので、明日新宿に
 行くときにでも申し込みをしようと思います。これで財布に入れて持ち歩いてる
 会員カードの数が減らせます。ああ、こうやって「ケータイに依存する生活」
 に変わってしまうんだなぁ(笑)。そりゃあ「ケータイ忘れたら大変、なくしたら
 もう大騒ぎ」とよく聞くようになるわけだ(苦笑)。
http://bis.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_36a9.html

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/770