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アイドル・ソングを超えたPerfume「ポリリズム」の「作り込み度」

 随分と奇妙な女の子グループが出てきたというのは、昨年ぐらいから認識はしていた。パフューム?(註1) しかもテクノ・ポップ・アイドル・ユニット? 確かに「テクノ歌謡」と呼ばれるような女性(中心の)アイドルのジャンルというものは存在したが、それは70年代終わりから80年代のもの。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の成功を受けて、当時の歌謡界には、コンピューター・ミュージック的な意匠を凝らしたアレンジに乗せて歌謡、ポップスを歌うようなアイドルやグループが頻出した時代があるにはあった。しかし、それが何故いまなの? と頭の中は疑問符だらけになってしまった。

 そんなPerfumeの名前が、決定的に筆者の頭の中にしっかりとインプットされるようになったのは、この春からヤフー動画で始まった、インターネットによるプロ野球パシフィック・リーグの全試合中継で、イニングの合間に彼女たちの「ポリリズム」のPVが流れていたのを、何度か見てからだった(註2)。何だ、あの不可思議な踊りは!? それに「繰り返す、このポリリズム」とかって歌ってるわりには、リズムは普通じゃないか? 

 そうすると「ポリリズム」というタイトルが、ますます気になってくる。変テコな踊りや、強烈にエフェクトをかけられたヴォーカルにも驚いたが、あの曲が「ポリリズム」というタイトルでなかったら、ここまで気になることはなかったと思う。


『ポリリズム』(初回限定盤)
CDのリリースに当たっては、DVDのオマケも付け、ジャケットも替えた
限定盤も出す…という現在の「アイドル商法」はしっかり踏襲。が、「カラオケ」
ではなく「Original Instrumental」トラックを収録というのは脱アイドル的。
定価1300円で昨年7月に売り出されたが、現在はその10倍近いプレミア
価格で取引されることも


 そこで、今回は、この11月には単独・武道館公演が行なえるまでになった、今や超人気グループ、Perfumeのブレイクのきっかけになった曲「ポリリズム」について、インターネットをいろいろ巡ったり、雑誌のバックナンバーを探したりしながら調査してみた。

 彼女たちのおかげですっかり有名になってしまったが、<ポリリズム>(複合リズム)というのは音楽用語で、ちょっと手抜きをして「ウィキペディア」に掲載されている簡単な定義を借りて言えば「声部(パート)によって拍の位置が異なること、またはそのようなリズムのことである」である(註3)。

 ワールド・ミュージックやジャズ、プログレッシヴ・ロックを聞いている人にはお馴染みの用語ではあるが、一般的には決してわかりやすい言葉ではない。しかしそんな、わかりにくい音楽用語をタイトルにした曲が、その意味を知らない人たちにも受け入れられたのは何故か? 実はそれを可能にしているのが、ポリリズム=polyrhythmの接頭辞である「poly」という言葉の、ちょっとしたマジックなのである。

 Perfumeのメンバーの一人である「かしゆか」はこう言っている「ポリリズムっていうリズムがあることを知らなくて、ポリリズムのポリは、ポリエチレンとかポリエステルのポリかと思ってました」(『クイック・ジャパン』Vol.74のインタヴューより)。恐らく、聞き手の多くも「ポリリズム」の「ポリ」に同じような印象を受けたのではないか? しかし恐らく、そう誤解されることは作曲/プロデュースを手がけた中田ヤスタカの「想定内」だったはずだ。

 もともとこの「ポリリズム」という曲は、NHKとAC公共広告機構の環境の2007年度共同キャンペーン“リサイクルマークがECOマーク。”のためのキャンペーン・ソングとして、書き下ろされた曲である。従って、英語のpoly-が、「多くの」とか「多い」の意味を持った接頭辞であり、二つ以上のリズムが重ね合わせられる<ポリリズム>や複数の旋律による<ポリフォニー>のような音楽用語に使われている一方、化学用語としては「重合の---」といった意味があることも、曲作りの段階から十分に計算に組み入れられていた可能性が高いと思う。

 化学的な意味での「ポリ」を持つものには、ポリエチレン(ポリ袋の材料)、ポリ塩化ヴィニール(ヴィニール袋やアナログ・レコードの材料)、ポリカーボネート(SHM-CDでも話題のCDの材料)、ポリプロビレン(ポリバケツの材料)などがあるが、それらはことごとく、リサイクルの対象として考えられることの多い石油化学系の「重合」反応により形成された合成樹脂(プラスチック)なのだ。ちなみに、ペットボトルの材料はポリエチレン・テレフタラートで、ペットボトルのペット=PETは、その英文字表記、polyethylene terephthalateの略称である。

 こうした「ポリ」の意味がわかってみると、「ポリ・ループ」というのは、こうした合成樹脂製品のループ(リサイクル)を表わしていることがわかってくるし、何故<ポリリズム>が「繰り返す」必要があるのかも合点がいく。また、「プラスチックな恋」といった言葉が、意味ありげに置かれている面白さもわかってくる。

 一方の音楽用語としての<ポリリズム>も、ただタイトルに使っただけで終わっているわけではない。前述のパ・リーグ中継の時に流れる短い動画や、CMではわからなかったのだが、CDをちゃんと聞いてみると、1回目のサビ直後のパートに、確かに<ポリリズム>を使ったパートが出てくるのだ(註4)。

 このパート、そうとは知らない人が聞くと、CDが音飛びでおかしくなったかと勘違いしかねないほど、思い切った音作りになっていて、このままリリースして良いものかどうかレコード会社サイドでは不安になり、リリース前に議論になった、というから面白い。このような、アイドル・ソングの範疇ではあり得ないチャレンジングな「作り込み度」の高さが、Perfumeを、従来のアイドル・ファンの枠を越えた、より幅広い層に浸透させていく原動力になっているのは確かなようだ。

 Perfumeのプロデューサー、中田ヤスタカが「このタイトルで曲を書いてみたかったんで」(『クイック・ジャパン』前掲号の中田へのインタヴューより)と話しているのも興味深い。彼の頭の中には、「ポリリズム」をキーワードとして、打ち込みで技巧的に凝ったことができる複合リズムと、プラスチックなイメージとを戦略的に融合させたような曲を書いてみようという考えが、最初からあったのかもしれない。

 中田自身のプロジェクト、capsuleの音楽を聞いてみても、フランスのハウス・ユニット、ダフト・パンクなどの影響も受けたらしい「近未来的」でプラスチックなツルツルとした「質感」がある(バックトラックは時にかなりノイジーになるが)。そしてそうした「質感」は、2005年のメジャー・デビュー前後くらいからのPerfumeの音楽も共通して持っているように、筆者には感じられる。

 科学的、もしくは化学的な言葉を多く使った彼女たちの曲名を並べてみるだけでも、その世界観は十分に伝わってくるはずだ。「ビタミンドロップ」「リニアモーターガール」「コンピューターシティ」「エレクトロワールド」「セラミックガール」…等々。考えてみれば、当初ひらがなで表記していたグループ名「ぱふゅーむ」を、全国デビューに当たって英文字のPerfumeに変えたことも、こうした流れと無関係ではあるまい。

 Perfumeのサウンド作りは、もともとそうしたラインに従ってなされてきたし、彼女たちのヴォーカルの肉声が、次第に大胆に「加工」されるようになってきたのも、ひとつにはそのような世界観/質感を目指す中でのことだろう。

 また、中田自身「トータルでプロデュースしていない」と言うものの(従って微妙なズレを生じつつも)、PVやCDのジャケット・デザインも含めた彼女たちのイメージ作りは、基本的には中田の作り出すそんな「世界観/質感」に呼応するような形でなされているように見える。

 そういう形で独特の音楽世界を「完成」させつつあったPerfumeとそのスタッフたちにとって、NHKと公共広告機構からの、リサイクル・キャンペーンのCMへの出演のオファーは、まさに願ったり叶ったりだったはずである。現実の「近未来」的課題となりつつある環境問題、ペットボトルなどのリサイクルにまつわるプラスチックなイメージと、Perfumeの音楽世界が見事に結びついた、その成果が「ポリリズム」という曲であった。

 そして、その「ポリリズム」は、制作者たちの様々な意図やイメージの「重合体(ポリマー)」のような曲だったからこそ、Perfumeのブレイクを引き起こすことができたのではなかっただろうか。

 


<註1>
彼女たちのステージやTV出演時のMCを聞いていると、ハッキリと最初の「パ」にアクセントを置いて発音している。語尾上げで「パフューム」とつい読んでしまいたくなるが、それは間違い。もちろん、英語的にもアタマにアクセントがあるのが正解。「ウィキペディア」によれば、この名前、広島での結成時(2001年)のメンバーの3人の名前に「香」の漢字が入っていたことに由来するのだという。その後、一人メンバーが代わり、現在は、あーちゃん(西脇綾香)、かしゆか(樫野有香)、のっち(大本彩乃)の3人組。

<註2>
ヤフー動画では、特集ページを作ってパフュームのPVを現在も配信中。
http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00164/v00747/

パ・リーグ中継の合間に流れていたのは、そのことの宣伝のための動画だった。Perfumeの場合は、このような正規の配信以外にも、コアなファンたちに様々な動画サイトで、違法ながら「自主的」な配信がなされ(ファンによって編集を加えられたり、「マッシュ・アップ」されたりした動画も様々なものが存在したという)、それが人気獲得の大きな要因のひとつになったと言われている。そういう意味では、彼女たちはインターネット時代ならではの「アイドル」なのである。

<註3>
ポリリズムの最も基本的なパターンのひとつに、第3世界の音楽でよく使われる8分の6拍子における複合リズムというのがあるが、中東やアフリカのチーム絡みのサッカー中継に耳を澄ませていると、観客が応援団の6拍子の鳴りもの演奏に合わせて4拍子で「拍手」を入れながらノッていくのがわかると思う。慣れないと、リズムがズレているように聞こえてしまう、あれがポリリズムのベーシックな形である。

<註4>
Perfumeの「ポリリズム」の中間の<ポリリズム>パートは、ヴォーカル・パート、ベース、バス・ドラムのパートがそれぞれ別のリズムで奏でられる、という解釈も成り立つようで、<註3>で触れた8分の6拍子の基本的な複合リズムより一層、複雑なパターンになっている。


◆このエントリーを書くにあたって、文中で触れた以外にも、以下のHPを参考にさせていただきました。

○ ORICON STYLE
 Perfume  “リサイクル”のCMに登場する彼女たちの「ポリリズム」とは!?
http://www.oricon.co.jp/music/artistnews/d/517/

○ニートホープ2.0  2007/08/23
 たくさんの『ポリリズム』―Perfumeの化学反応たち
http://d.hatena.ne.jp/massunnk/20070823/p3

○栗原潔のテクノロジー時評Ver2 【超雑談】Perfumeについて 2007/09/14
 ブレークのきっかけのひとつは、ニコニコ動画にアイドルマスターの映像との
 リミックス「作品」がアップされたことであるようです。YouTubeにもPV が
 結構アップされてるようですが、外国人と思われる人々から賞賛のコメントが
 大量についているようです(これは充分理解できます)。
http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2007/09/perfume_9f15.html


◆前のエントリーで予告した、ビル・エヴァンスの傑作アルバム
 『ワルツ・フォー・デビー』に刻まれた「地下鉄の音」問題へのチャレンジは、
 都合により延期します。申し訳ありません。



 

【編集部ピックアップ関連情報】

○fuckin’ beautiful  [i][love][perfume]  2007/08/22
 まさか、Perfumeは世界を狙っているのか?
 これは完全に私の推測である。だがUnderworld(奇しくも以前は3人だった)の
 シンセコードを万人に解るようにフォローしそれに日本語を乗せたというのは、
 日本発世界標準のグループを産み出そうとしているかもしれない私の期待が
 確実に勃起する。中田ヤスタカ氏は確実に何かを狙っているのは間違いない。
 それが何かは現時点で解らない。
http://d.hatena.ne.jp/cinematic/20070822/p1


○たおやめぶりっこ  2007/08/23
 ポリリズムはポリモーフィズム(序)『perfume「ポリリズム」』
 そいつがこれだけ「満を持して」ポピュラーミュージックの前面に、極めて
 露骨に派手に徹底的にアラワになるというのは、ひとつの事件なんです。
 不適切なたとえだけど、30 年前に芸能人が同性愛を告白するような。いまや
 当たり前だけど、昔なら大事件。そういうことが、ここで起きたのか?
 ポリリズムが、変拍子が、その他プログレッシブな感性が、J-Pop の表舞台
 に躍り出るのか?
http://d.hatena.ne.jp/fractured/20070823/1187886105


○ITmedia News  2008/07/24
 「Perfumeはニコニコを知らなかった “嫌儲”や著作権、ユーザー創作物の課題」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0807/24/news040.html


○*mohri++ 2008/04/24
 「Perfumeが売れたきっかけが何か?が重要なのではなくそれが特定できないほど
 同時多発的に周辺からムーブメントが起こっていたということが重要」
 小さなコアな人たちの集まり、たとえばネットではニコ動のMADが影響があった
 だろうし、アイドル歌謡方面ではやはり掟ポルシェがずっと推してたのは大きい。
 筋肉少女帯の 大槻ケンヂが対談してたのはサブカル向けかな。木村カエラの
 プッシュがテレビや雑誌でなくて今やコアなメディアとなってるラジオだった
 というのも面白い。今どき「ラジオでディスクジョッキーが推してたから火が
 ついた」なんてことが起きるとは思わなかったですよ。70年代じゃないんだからw
http://d.hatena.ne.jp/mohri/20080424/1209042399


○想像力はベッドルームと路上から 2007/01/31
 「機械化の夢」の極北。BjorkとPerfume。
 Perfumeの3人は、生身の身体を持ちながら『Perfume』を構成し駆動する
 「機械」として存在しているのだ。そして、これは彼女達の声の扱いに
 顕著なのだが、彼女達は様々な形に「調整」され、その記名性を奪われた
 形で差し出される。
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20070131/p1

 

 

 

 


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