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大臣の開会式ボイコット提起への抗議。あるイタリア選手にとってのオリンピック

<記事概要>

イタリアオリンピック委員会のジャンニ・ペトルッチ会長は、イタリア国内で選手たちへのボイコットの呼びかけがあったことを受け、北京でこう語った。「選手にボイコットを呼びかけるのはおかしい。中国に進出している企業にこそ撤退しろと言ってみたらどうだ」。

8月6日付LA STAMPA紙より 
http://www.lastampa.it/redazione/cmsSezioni/esteri/200808articoli/35468girata.asp

 

<記事解説>

ことの発端は、ジョルジャ・メローニ大臣がイタリアのオリンピック選手たちに提起した、開会式のボイコットである。メローニは、一昨年新設された「若者のための政治及びスポーツ省」の長として、この5月に抜擢されたばかりの31歳の女性政治家。現在の省名は変更されて「青年省」になったが、スポーツを振興する省庁の長のこの発言に、政界はちょっとした騒ぎになった。しかも開会式まであと3日という時期だ。

与党の実力者たちが賛意を表し、首相や外務大臣が異を唱える中、選手の意を代弁する形で発言したのが、イタリアオリンピック委員会の会長だったわけだ。

ボクシングのアマチュア世界チャンピオン、クレメンテ・ルッソの抗議の声を、ここで紹介したい。

「なぜボイコットしなきゃならないのかわからない。メローニ大臣に聞いてみたい。人生でもっとも大事な瞬間がせまっているのに、それを棒にふるなんてこと、あんたにはできるのか。政治家は政治をやれよ。オレはボクシングをやる」。

同じインタビューで彼は「地元のために、開会式にはきちんと出る」と言っている。

生まれ育った街を背負ってオリンピックに出る、という彼の感覚が、新鮮でもあり、よくわからなくもあった。「カンパニリズモ」というイタリア人特有の、故郷への帰属意識の強さをあらわすことばがあるが、それよりももっと強烈な何かを彼は背負っている。そう思わせるものがある。

クレメンテ・ルッソは、ナポリ近郊マルチアニーゼの出身だ。マルチアニーゼは、世界に通用するボクサーを輩出してきた、人口わずか4万人の街。ここから北京に行ったボクシング選手はふたり。そのうちのひとりがクレメンテ・ルッソだ。

この街がイタリアボクシングのメッカになったのは、大戦末期、アメリカ兵ボクサーに請われて練習相手をしていた、地元の大工や牛飼いがやたら強かったことに始まるというが、現在はまた別の顔をもつことでも知られる。90年代からカモッラ(この地方の犯罪組織の呼び名)の抗争がひどくなり、98年には夜間外出禁止令が出た。また、市役所の職員と犯罪組織の癒着にメスをいれるため、つい半年前、政府が市役所幹部の総入替を命じている。

ロベルト・サヴィアーノ(カモッラの実態を暴いた「ゴモッラ」はベストセラーになり、同名の映画もヒットさせた)の最新のレポートによれば、ボクシングのトレーナーは、子供たちが盛り場で犯罪組織にリクルートされる前に、ジムに誘い、ボクシングをさせるのだという。ボクシングはカモッラにとって旨みのある商売ではなく、少年ボクサーが犯罪組織の一端を担うことはない。

カモッラの根付いた街で生まれ育ち、カモッラとは無縁のボクシングをしてきた子供たちはこうしてイタリアチャンピオン、欧州チャンピオン、そして世界王者をめざすようになる。

リングで闘うクレメンテ・ルッソが拳に込めるものは怒りや絶望ではないだろうか。晴れの舞台でその怒りや絶望を(そしてそれは生まれ育った街へのものかもしれないのだ)喜びに昇華させようとしている彼に、ボイコットを呼びかけるのはやはり酷ではなかったか。

クレメンテ・ルッソが勝っても負けても、その拳に地元の子供たちが何かを感じれば、彼のふるさとにとってはそれだけでも意味があるというものだ。

イタリアオリンピック委員会会長の冒頭の発言を受け、イタリア最大の自動車企業・フィアットも声明を出した。

「いかなる企業も、中国なしには最早やっていけない」。

メローニをはじめ政界にいる人たちは、こちらの言葉をこそ、重く受け止めるべきではないのか。


<参考>

雑誌「L’ESPRESSO」のロベルト・サヴィアーノの最新レポート(8月1日付)
 http://espresso.repubblica.it/dettaglio/Tatanka-scatenato/2035709

イタリアオリンピック委員会、クレメンテ・ルッソの紹介ページ
http://www.pechino2008.coni.it/index.php?id=156&atleta=380&sport=Pugilato&cHash=ae9428104c

クレメンテ・ルッソが金メダルを獲得(2007年シカゴ大会)した試合
http://it.youtube.com/watch?v=ag8u9j66-Ko


【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008-06-13
 潜入取材で伊マフィア組織の実態と社会の闇を描いた
 「GOMORRA(ゴモッラ)」が異例のヒット
http://mediasabor.jp/2008/06/gomorra.html

 

 


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