Entry

アメリカにもある「職場のいじめ」─働く人の4割が被害に─ 

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ
  • 菊入 みゆき

 「私は上司に殺されかけました。いじめられている間、心臓発作を三回起こしたのです」

 ある技術ライターは、上司にいじめられた経験をそう語る。法的整備が遅れているアメリカの職場のいじめ。もしも被害に遭ってしまったら、退職する以外に、心身の健康を守る方法はない、とも言われている。

 職場のいじめ研究所(ワシントン州)が、昨年7,740人に対して行ったオンライン調査では、回答者の37%がいじめに遭ったと答えている。加害者の72%が上司であり、女性が標的になることが多い。別の調査でも、回答者1,000人のうち44%が、上司のいじめに遭ったと答えた。働く人の4割前後が、実際に被害に遭ったことがあると考えてよさそうだ。

 いじめは性差別、年齢差別などのいやがらせの4倍の頻度で起こっていることも、先の調査で明らかになった。今年、カナダの教授二人が110の関連研究を検討したが、その結果もやはり、いじめの犠牲者のほうが、セクシャル・ハラスメントの被害者よりも多く退職し、心身の健康問題をより多く抱え、仕事への不満が多いということだった。性差別は違法であり、企業もケアをするが、いじめには特別な法律がなく、そのため企業のサポートも薄いことが、大きな原因と考えられる。

 各地で法令化の動きはあり、この数年13の州で、職場のいじめを禁ずる法案が審議された。が、ハワイ州で可決、ニューヨーク州で審議中という以外は、ほとんどが否決となった。いじめ問題の深刻さは、司法の世界ではまだ十分認識されていないのだ。

 そんな状況に一石を投じる判決が、この4月、インディアナ州で下された。上司にいじめられたという訴えが認められたのだ。元上司の心臓血管外科医を暴行の罪で訴えていた、元医療技術者のジョセフ・ドゥシャーさんが州最高裁判所で勝訴し、325,000ドル(約3600万円)の賠償金が認められた。訴状によれば、2002年、上司だった外科医は、ドゥシャーさんに向かって「大声で怒鳴り、こぶしを振り上げ、にらみつけ、静脈を浮き立たせて突進してきた」という。上司側は、これはいじめには当たらないと主張したが、5人の陪審員のうち4人がいじめと判断し、原告側の勝訴となった。ドゥシャーさんの代理人は、「裁判所がいじめを認めた初の判決。大きな進展だ」と語っている。

 職場のいじめは今年の大きなテーマ、と語るのは、雇用問題専門の大手弁護士事務所リトラー・メンデルソンだ。このところ、いじめが組織の生産性に与える悪影響を懸念する企業からの依頼が増え続けているという。いじめは被害者の退職を誘発し、新規採用のコストを発生させる。人間関係の悪化、モチベーションの低下など、職場全体に与える影響も大きい。

 弁護士に相談する以外に、職場でできることはないのだろうか。

 事例を紹介しよう。カリフォルニアの建設資材供給会社グラニトロックでは、この6月、自社の性差別、人種差別禁止の方針に、いじめ禁止の条項を加えた。同社の社長は言う。「建設業界では、いじめや脅しはよくあるんです。当社でも、同僚の恋人に関する下品なジョークを執拗に繰り返したり、ベテラン社員が若手を激しく非難したりという光景が見られました。同僚へのいじめは、会社の評判を傷つけ、職場環境を悪化させます。いじめられている人だけの問題ではなく、会社全体の問題なんです」
経営者自らがいじめの存在を認め、事態を改善しようとしているケースだ。

 別の企業の人事担当者からは、こんな意見も聞かれる。「最良の環境にあっても、ひどいふるまいをする人はいる。その場合、人事の責任者が加害者に『あなたの行為は許されない』と、はっきり伝えなければならない」 良好な職場環境でもいじめは発生する可能性がある。「あるはずがない」と決めつけずに、常に状況を観察することが必要なのだ。

 当事者任せにしないことを強く主張するのは、職場のいじめとトラウマ研究所の代表で、「職場のいじめ」という著書のあるゲイリー・ナミー博士だ。「いじめられた側が強い態度を取ればいいじゃないか、と口で言うのは簡単です。しかし、それがいつも可能なわけではない。多くの被害者は、戦うことができません」 自身がいじめられた経験を持つナミー博士のことばには説得力がある。もしも被害に遭ったら、「人事担当者や、より上位の上司、あるいはコンサルタントや弁護士など外部の支援者に訴えるのも、ひとつの方法です。決して、加害者と近い関係にある人には打ち明けないこと。事態が悪化するだけです。いじめの内容は、必ず文書にしておきましょう」と、博士はアドバイスする。

 誰もが被害者、加害者のいずれにもなる可能性が、専門家から指摘されている。おりしも、今のような市況の悪い時期にこそ、いじめは増えるという。悪化する経済環境の中で業績をあげなくてはならないというストレスが、加害者をいじめ行動に駆り立てる。いつ誰の身にふりかかってもおかしくない問題なのだ。

 ちなみに、日本での職場のいじめに関する調査では、74%の回答者が「職場でのいじめがある」としている(日本産業カウンセラー協会が今年5月発表)。

 もしも被害者になってしまったら、そして、加害者にならないためには、あるいは、まわりにいじめが発生したら。可能性と対策を考えておく必要がありそうだ。


Boston Business Journal 2008/8/15 裁判、対決、いじめ対策のさまざま
http://boston.bizjournals.com/boston/stories/2008/08/18/story1.html?b=1219032000%5E1685070

Wall Street Journal 2008/8/4 弁護士と経営者、いじめと闘う
http://online.wsj.com/article/SB121779280946008121.html?mod=googlenews_wsj

社団法人日本産業カウンセラー協会の調査結果
http://www.counselor.or.jp/media/kekka/pdf/080521.pdf

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Business Media 誠:職場でのいじめ――74%の企業が「ある」2008/07/29
 上司から部下だけでなく、同僚の間でも起こりうる職場でのいじめ。
 職場の雰囲気を暗くし、会社経営にも悪影響を与える問題だが、各企業とも
 その対策には苦労しているようだ。日本産業カウンセラー協会の調べ。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0807/29/news086.html

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/806