70歳の性、裸、恋愛---映画「ヴォルケ9(Wolke9)」
- ドイツ在住ジャーナリスト
2008年カンヌ映画祭での上映で、スタンディング・オベーションを受けたのが、このドイツ映画「ヴォルケ9」。70歳前の既婚女性が、70代後半の男性と知り合い、まるで少女のように、激しく恋に落ちる。30年以上もそれなりの結婚生活を送ってきた彼女自身も、まさかこんな風に情熱的になる時がまた自分の人生に来るとは思ってもいなかった。それほどに恋愛は非理性的であり、その恋のマジックは、幾つになっても効果があることを、監督アンドレアス・ドレーゼンは自然な美しさでスクリーンに描き上げた。
胸がどきどき苦しくて、頭がのぼせてしまうような恋。そんな恋に落ちた時、ドイツ語では「おなかの中に蝶が舞っている」という表現をする。ハタハタと軽い羽根を動かす蝶が、お腹のなかにいるように、落ち着かなく、ロマンチックな気分のことを指している。
同映画の60歳半ばに差し掛かった女性インゲは、娘に秘密の恋を告白するシーンで、まさにこの言葉を使うのだ。まるで少女のようにかわいらしく恋を楽しみ、熟女のように76歳の愛人カールと肌を重ねるインゲ。彼女の結婚生活は、何十年もの時とともに寂れてしまってはいたけれど、もう年なんだから、と世間一般のように構えていた矢先の出来事だった。カールと出会ってしまってから、彼女はただ心の声に従って行動し、理性とはおよそ反対側の自分を発見する。
同映画の監督アンドレアス・ドレーゼン氏は、ドイツ映画のメッカ、ベルリン近郊のバーベルスベルク市在住の旧東ドイツ出身者だ。世界中の映画祭で紹介された2002年の映画「階段の踊り場で(Halbe Treppe)」で一躍有名となり、常にドキュメンタリータッチの作品を描いてきた。今回の「ヴォルケ9(ヴォルケとは雲の意味)」でも、脚本にとらわれることなく、役者達が即興で作り上げており、デジタルカメラで撮った生っぽい映像は、高齢者の恋愛という、今まで映像化されてこなかったテーマを、現実のこととして受け止めやすくしてくれる。
面白いのは、映画の重要な部分を占める多くのベッドシーンや、自然裸で戯れる二人のシーンが、若い人の目で見ても美しく、そしてごく自然に見えることだ。この映画を通してドレーゼン監督は、タブー視されてきた高齢者の恋愛、そして映画界で避けられてきた高齢者の裸を真正面から扱って、幾つの人がみても納得できるように作品を仕上げている。
熟年俳優たちの顔に刻まれた皺や、衰えた身体を隠すことなく、カメラを向けているのは、彼の「魂は年を取らない。」という気持ちと、高齢化が進むにもかかわらず、高齢者の生活を描く映画がないという批判的姿勢からくるものである。
ドレーゼン監督は、この映画をアナーキーな映画であるという。それは、モラルを超えて、「非理性の勝利を描いているから。」。純粋にアナーキーな老人達の精神的肉体的恋を描き上げ、それを通してこれからの高齢者のあり方のモデルを提示できた作家だからこその発言といえる。
「ヴォルケ9」のオフィシャルサイト
http://www.wolke9.senator.de/
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