Entry

王室とオリンピック --デンマーク、フレデリック皇太子の夢は叶うのか--

開催前から物議を醸した今年の北京オリンピックも無事に閉幕。早くも人々の関心は次の開催地ロンドンへ移りつつある。そして2016年のオリンピック候補地のひとつに選ばれた東京は、来年10月にコペンハーゲンで開催されるIOC総会へ向けて、国を挙げての招致活動を本格化することになる。石原慎太郎都知事は、すでに福田首相(2008年9月1日 辞任表明)との会談で、皇太子さまに招致の「旗頭」として活動していただけるよう政府に正式要請したようだが、その後の宮内庁の会見では、「政治的要素が強い」ということを理由に、招致段階から皇太子さまが関わられることは難しいという見解が示されたと伝えられる。

デンマークでも、数年前からオリンピックと王室との関わりについて論じられることが多くなった。というのも、2006年10月、フレデリック皇太子が記者会見を行い、国際オリンピック委員会(IOC)の次期委員に立候補したいと表明したのだ。現在、デンマークの委員を務めるカイ・ホルム氏の後任として、来年10月のコペンハーゲンでのIOC総会で、正式に立候補したい考えだそうだ。

この記者会見後しばらくは、皇太子のIOC入りを懸念する声が圧倒的に多かった。「フレデリック皇太子がIOCのメンバーになること自体は問題ないが、活動を続ける中で本人が意図しないところで政治的な対立に巻き込まれるのではないか」「次期国王として、そういった物議を醸す可能性のある立場に身を置くというのはどうか」という心配の声が、政治家からも国民からも聞かれた。

本来、オリンピック憲章には「NOC(国内オリンピック委員会)自らの自主性を保持し、オリンピック憲章の遵守を妨げるおそれのある政治的、宗教的、経済的などを含むあらゆる種類の圧力にも抗しなければならない」と記され、オリンピックは政治と一線を画したもの、ということになっているが、現実は政治的思惑が交錯する状況が年々顕著になっている。近年、開催地決定をめぐって数々のスキャンダルが取り沙汰され、さきの北京オリンピックでも、人権問題が焦点となり、各国の聖火リレーで妨害したり、開会式をボイコットしたりという抗議活動が見られたのは記憶に新しい。

実際に、フレデリック皇太子やデンマーク政府が北京五輪の開会式に出席すべきかで、国会も世論もずいぶん意見が分かれた。しかし、デンマーク国会でアナス・フォー・ラスムセン首相やブリアン・ミケルセン文化相が、皇太子の意向に配慮する形で政府としての開会式参加を決定。オリンピック開催中、皇太子と文化相はアスリート応援の傍ら、共に北京でIOC委員候補として活発なロビー活動を行ったようだ。

特殊部隊などで本格的な軍事訓練を受けたフレデリック皇太子は行動派として知られ、マラソンやヨット、テニスなど日常からスポーツに親しみ、それぞれの競技でかなりの実力の持ち主でもある。また、オリンピック憲章にある「オリンピズムとその諸価値に従いスポーツを実践することを通じて若者を教育し、平和でよりよい世界の建設に貢献することである」という趣旨に心から賛同しており、これまで何度も参加したオリンピックで「世界中のアスリートが一同に会し、競技に真摯に取り組み、交流を深める様子に深い感慨を受けた」と語っている。さらに、皇太子にとってメアリー皇太子妃と出会ったのも2000年のシドニー・オリンピック。「オリンピックの感動は、いつも私の胸の中にある」と表現するほど、フレデリック皇太子とオリンピックは切っても切れない深い絆で結ばれているのだ。

デンマーク・オリンピック連盟は、もちろんフレデリック皇太子のIOC入りを熱望している。コペンハーゲンは2020年、または2024年のオリンピック誘致を目指しているため、早ければ2011年に開催候補地に名乗りを上げることになる。だから、このタイミングで皇太子がIOC入りすることができれば、五輪誘致に大きな弾みがつくと考えている。

フレデリック皇太子の母上であるマルグレーテ2世女王は、皇太子のIOC立候補について「もし皇太子が委員に選ばれれば、デンマークのイメージや認知度アップに大きなメリットがあるでしょう」という考えを夏の定例会見で示されている。皇太子は、IOC立候補を表明した2年前に、デンマーク赤十字社の募金支援を呼びかけるテレビCMに出演するなど、近年王室を取り巻く地域社会への積極的で思い切った参加の姿勢を見せているが、「国民に近い王室」の筆頭として愛されているマルグレーテ2世女王の後を継ぐ次期国王として、国民から大きな信頼を寄せられている。「皇太子なら、難しい状況も上手く立ち回りながら任務を果たしてくれるに違いない」と信じている人が多いようだ。

IOCには、現在イギリス、オランダ、ルクセンブルグ、リヒテンシュタイン、サウジアラビア、マレーシアなどの王室メンバーが存在する。また、今とは状況が異なるとはいえ、1932から1958年にかけて、デンマークのアクセル王子がIOCのメンバーであったのも事実だ。王室メンバーだからといって、必要以上に躊躇する必要はないのかもしれない。

フレデリック皇太子が正式にIOCの委員になるには、デンマーク政府の承認が必要だが、最近のデンマーク国民の間では「皇太子がこんなにやってみたいって言ってることだもの、やらせてあげようよ!」といった雰囲気が勝ってきているように感じる。デンマーク国民は、王室メンバーを一人の人間として見ているし、王室メンバーも、一人の意志を持った人間として行動し、(そうすることが許され)、国民は彼らを生身の存在として感じることができる。国のスケールや民族、過去の歴史や状況の違い、と言ってしまえばそれまでだが、日本の皇室の方にも、できる限り心から情熱を傾けられることに取り組んで頂きたいし、そんなお姿をいつも感じ取ることができるような皇室と国民の距離であってほしいと願うばかりだ。

2009年10月2日のコペンハーゲンIOC総会に向けて、東京の五輪招致活動と、フレデリック皇太子の動向に注目するとしよう。

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/813