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自分の身を守る優れた感覚を養う

平成15年の主な死因別死亡数(厚生労働省人口動態統計)を見ると約3人に1人がガンで亡くなっている。それによるとガンによる死亡年齢のピークは男65─69歳、女50─54歳である。今までに筆者の取材に応じてくれたガン患者さんの話を総合すると、ほとんどの人が直接的な症状が現れるかなり以前に、わずかな体調の変化を感じとっていたことがわかった。

団体職員だったKさんは、若い頃からずっと病気がちで過去に3度の手術を経験していた。そのためか気が付いたときにはすっかり医者嫌い、病院嫌いになっていた。結婚して子供を産んだ後も必死に働いてきたが、そんなKさんがある日「なんとなく身体の調子がいつもと違う、言葉にはならないが明らかに昨日とは違う微妙な感じ…」がしたと言った事があった。

それから3年、Kさんは突然倒れ救急車で運ばれた。肝臓には野球のボールほどもあろうかという大きな腫瘍ができていた。精査の結果、大腸からの転移であることがわかったが、もはやどうすることもできない状態であった。「あのとき思い切って病院に行っておけば良かった…」というKさんの言葉が今も耳に残っている。

もし、こうした身体の変化を感じたら、納得がいくまで複数の医療機関に行って調べてもらうことを是非お勧めしたい。そのためには微妙な体調の変化を感得できるような工夫が必要になってくる。たとえばストレッチ体操を毎朝欠かさず同じメニューで行うとか、時間がなければ背伸びや深呼吸でもいい。そうしたことを毎朝目覚めたときに行う。あるいは少しずつゆっくりと身体をそらしてみる。薄い味付けに慣れることも重要だ。いつもと違う感覚は無いか。自分の体の中に昨日とは違う変化の兆しがないか、感覚を研ぎ澄ませてみることが必要だ。とくに体中の健康情報が詰まった排泄物のチェックは重要である。


猛毒で有名なトラフグの毒(テトロドトキシン)やトリカブトに含まれる毒(アコニチンなどのアルカロイド)も、最初はそれと知らずに誰かが誤って食した事がきっかけで毒があると判明したに違いない。古代人の食生活は今とはまた違った危険性を秘めていたわけだ。食べ物についての危険情報もお互いに共有し合って生き残る道を探った。その毒を矢に塗って獲物を仕留め、ときには武器としても使用していたことだろう。古代人は危険から身を守るためにお互い情報を共有していたに違いない。

さて現代に目を転じれば、会社の健康診断でタバコやアルコールの節制を促されている御仁も多いと思う。昼どきの飲食街ではビジネスマンが店先のメニューに足を止め、会社が行うメタボ検診の結果を気にしながら品定めをしている。無いものや知らないものは我慢できるが、目の前にあって簡単に手に入るものを我慢するのは容易なことではない。しかもそれが大好物ともなると相当強い意志がないと貫けないだろう。

自分の健康に関わることだとしても、やはり長年の習慣を変えるのは正直なところ難しいことだ。その難しいことを医者は敢えて指導していかなければならない。それが今、医療側の仕事になってきている。“ガマの薬売り”ではないが、医者が肥満体では患者に痩せろとは言いにくいし、言ったところで何の説得力もない。昔から医者の不養生と言われてきたが、今の世の中は医者が不養生ではもはやお話にならない。

メタボ検診で生活改善を指摘される人の多くは、「飲み過ぎ食べ過ぎは身体に悪いこと、わかっちゃいるけど止められない。毎日歩く事は身体に良いこと、わかっちゃいるけど続かない…」と嘆く。酒やタバコはとくに依存性が強いため指導する医者にとっても悩ましき問題である。

農薬で汚染された米の加工品が知らないうちに食卓にのぼってしまうというのも困ったものだが、本来人間の身体は自分である程度は守れるように出来ている。サルモネラや大腸菌、腸炎ビブリオなどによる食中毒さえも、舌で味を確かめ、鼻で臭いを嗅ぐ。さらに目で見て鮮度を確かめる。昔は誰もが無意識にやってきた食べ物に対する基本だが、今は誰もそんなことはしなくなった。食べ物に対する警戒心もまるで衰えている。

ところで、東京・文京区の湯島聖堂では毎年11月の勤労感謝の日に医薬に関係した人たちが集まって「神農祭」が執り行われる。「神農」とは古代中国の皇帝で、人民に農耕を教え草木を採取してはその効用や毒性を自ら食して検査したといわれ、一日に70回も中毒を起こしたと伝えられている伝説上の人物なのだが、湯島聖堂にある神農像の頭には牛のような角があり、全身を木の葉で作った衣で被っている。中国の長い歴史の中で集められた植物の薬効や毒性に関する情報を一人の人物になぞらえて神格化したものが「神農」だと言われている。

舌先に感じる些細な味覚の変化や刺激性の感覚に神経をとがらせて、薬効や毒性を見極めてきた先人たちのモデルとなった神農。筆者はこの「神農」に何とも言えない暖かみを感じるのである。

 

 


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