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Sex, Chocolate, and Music

〈概要〉

 Sex・Chocolate・Music、この3つに共通するものは? 脳の働きが紐解く、人類繁栄の秘密がここに隠されていた?!

 トロントにある小児専門病院の院長であり、耳鼻咽喉科医であるパプシン医師は年間70件もの蝸牛管移植手術を手がけている。聴覚障害者が『音』を取り戻すのに最も有効な治療方法の一つだ。しかし、音を取り戻したすべての患者がそれを楽しめるわけではない。要は『脳』がどれだけ早く『音』に慣れるかが鍵となる。

(2008年6月1日 CBC)
CBC:カナダ国営放送。国内で唯一カナダ独自コンテンツを制作・放映するカナダ最大のテレビ局。


〈解説〉

 CBCが放送した5部構成のドキュメンタリー番組 “The Science of the Senses”の第1部『聴覚』の特集で紹介された『音』と『脳』の関係を聴覚障害者から探るという興味深い内容だった。

 通常私たちが聞いている『音』というのは、耳ではなく『脳』で受信されている。その仕組みは、音を伝える空気の波が、鼓膜を振動して、耳小骨という体で最も小さな骨を通って、蝸牛管へと伝えられる。耳小骨から伝わった音の振動は、この蝸牛管で電気信号へと変換され、脳へ送られる。そこで初めて人は『音』を認識する。

 しかし、この蝸牛管に先天的であれ、後天的であれ、何からの障害が起こると聴覚を失う。蝸牛管とは、カタツムリの背中の形をした内耳にある器官。この中は、水溶液で満たされ、そこにびっしりと繊毛が生えている。この繊毛が水溶液の中で揺れることにより、電気信号が作り出されるという仕組みだ。この繊毛は非常に繊細で、一度損なうと二度と回復することができない。

 番組の中に登場した医師は、この蝸牛管に人工電気信号機器を埋め込む手術を行っている。その模様も放送されたが、耳の後ろ側をぱっくりと開けて機械を埋め込む様子は何ともグロテスクだ。

 移植者として紹介されたのは、聴覚障害を持つ夫婦と、その子供二人で、やはり聴覚障害を持つ。しかし、同じ蝸牛管移植手術を受けたにもかかわらず、この4人の反応は明らかに違っていた。

 2歳未満でこの手術を受けた二人の子供には、術後の言語障害もなく、音楽に対しても健常者と同じ反応を示すのに対して、成人してから手術を受けた両親は言語障害が残った上に、結局音楽を騒音としか受け止めることができないのだ。つまり、脳が音楽を認識できないのである。

 音楽と騒音の違いは何か? それは、人は音楽を聴くと快感を覚えるということだ。音楽を聴くと脳のある部分から『ドーパミン』という脳内物質を放出するということが分かっているのだそうだ。ドーパミンとは快感を増幅する神経伝達物質。これが音楽を心地よいものと脳に判断させる。発育期に音楽に触れられなかった脳は、音楽を心地よいものと認識できないのである。

 『音楽は耳にとってのチョコレートである』と番組の中で脳の専門家が言っていた。チョコレートを食べた時、そしてセックスをした時も、同じ場所からドーパミンが放出されるのだとも説明した。人は、音楽を聴いている時、チョコレートを食べている時、セックスをしている時、使う感覚こそ違え、同じ快感を味わっているのである。

 では、なぜ人は音楽を聴くと快感を覚えるのだろうか。それは太古の昔、音楽がコミュニケーション手段だったころの記憶の名残とも、言語との密接な関係だとも説明されていた。人間の聴覚は、人間の声に最も敏感に反応するようにできている。これは音声学を専攻していた時に習ったものだが、コミュニケーションの取り方を失敗すれば死活問題となる頃からの人間の本能と考えれば、当然のことだ。

 そうすると、と思ったのだ。Sex・Chocolate・Music、どれも人類繁栄のために必要不可欠な要素ではと。チョコでなく食事だとすると、つじつまが合う。脳は人類が生き残るために必要不可欠な行為を快感に変えて、こうしてこの地球上で栄華を極めているのかと思うと、人間の脳のすごさに感心してしまう。

 そして、これらが絡む産業はどれもドル箱産業。世界の経済状況に直接関係ないところで、すごい金額が動いている産業である。人は快楽に大枚をはたく。脳は止まるところを知らない。ならば、この3つを組み合わせた商品なりサービスなりを生み出せば、億万長者も夢じゃない?! と考えた。

 バンクーバーにある最高級ホテル、サットンプレースでは、毎週末チョコレートバイキングを開催している。1時間半で26ドル(約2700円)、かなり豪華なものらしい。カップルで宿泊、チョコブッフェ付きとかいう企画はどうだろう。これではドーパミン超過だろうか。以前カナダで流れていたチョコCMで “Chocolate or Sex”という文句があったのを思い出した。これは感覚的だけでなく、科学的にも間違っていないのだ。とするとやっぱりこの企画は重すぎる。

 このドーパミン、少なすぎるとパーキンソン病などを引き起こすのだが、多すぎても麻薬中毒患者のような症状を起こすという。過ぎたるは及ばざるがごとし。人類繁栄を支えるとはいえ、Sex, Chocolate, OR Musicくらいがよさそうである。

 

 


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