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自給率40%の現状から、日本の食料問題を考える

 この夏、世界的な燃油高騰によって、日本の製造業や運輸、サービス業など多くの産業は悲鳴を上げた。将来的には、水と食料を奪い合う時代が到来するという記事やニュースをよく目にするようになった。

 無防備なまでのガソリン価格の高騰率を目の当たりにした直後では、例えば異常気象による地球規模の熱波や、冷夏、水害などで食料が不作に見舞われたとき、現在の日本の食料自給率40%という数字が、不安を増幅させる。
 
 2007年現在、日本の食料自給率はカロリーベースで40%。06年の39%に比べて1%上昇した。他の主要先進国の食料自給率をみると、03年では米国が128%、オーストラリアが237%、カナダが145%、フランスが122%と食料輸出国でもある。産業も農業も強い理想的な国だ。これらの国は日本よりもはるかに国土が広く、比較は酷かもしれないが、英国は70%、ドイツは84%、イタリアは62%、スペインは89%と見ていくと、やはり日本の食料自給率の低さは群を抜いているように、見える。

 しかし、これは見かけ上の数字だろう。実際の実力とはかけ離れている。もし、地球規模の食料危機が訪れたとしたら、潤沢な資金を持つ先進国が真っ先に世界中の食料を買い漁り、結局餓死するのは貧しい国の弱者から、という現実が待ち構えている。農作物が少しでも高く値を付けたところに売られていくという市場原理がある限り、弱者から飢え死にしていくという構図は変わらない。日本政府も、他の先進国も、私を含めた個人単位も、この残酷な余裕をどこかに持っているのだろう。

 日本の食料自給率向上を国民運動として推進する「FOOD ACTION NIPPON」がこのほどスタートした。推進委員には、東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授の小泉武夫氏やソムリエの田崎真也氏、ユニバーサルデザイン総合研究所代表取締役所長の赤池学氏、インサイダー代表取締役兼編集長の高野孟氏、加賀屋代表取締役会長の小田禎彦氏、消費科学連合会会長の大木美智子氏ら各界の代表者や著名人が名を連ねる。

 また、国民運動応援団には、俳優、農業コンサルタントの永島敏行さんや女優の菊川怜さん、作家、イラストレーターのリリー・フランキー氏などが賛同している。10月6日の記者発表会では永島さんや菊川さんらが華々しく日本の食料自給率向上をPRした。「安心を、未来へつなぐ食料自給率1%アップ運動」をテーマに、現在の40%から「2015年までに45%まで引き上げる」目標を掲げている。しかし、数値のアップ以上に、国民一人ひとりの農産物への愛着や、食料全般に対する意識向上が狙いでもある。

 極論をいえば、国家が危機的状況と判断し、早急に食料自給率の上昇に本腰を入れるなら、自給率は大幅にアップするだろう。大企業が優秀な研究者と若い従業員を雇い、最新の農業機器でオートメーション化すれば、生産性が飛躍的に上昇する。また、四季があり、十分な雨量があり、四方を海で囲まれている日本にあって、国民が一斉に質素な生活をすれば、自給率などはすぐに跳ね上がるはずだ。

 私の生まれ育った実家は、兼業農家だった。父や母は仕事が終わってから田んぼに行き、農業をした。祖母は毎日毎日、一輪車を押して少し遠い畑に行き、暗くなるまで帰ってこなかった。農繁期には、私は父の古いシャツと、汗臭い麦わら帽子を無理矢理被せられ、吐き気のする消毒を散布したり、稲刈りの手伝いをさせられたりした。犬の散歩ついでに畑に遊びに行くと、祖母が鎌で太陽の熱を吸い込んだ生暖かい西瓜を割って、小学生の私に半分ほどを食べさせた。お腹一杯になり、晩御飯を食べられないというと、母親と祖母がケンカをしたりして、私は辛かった。

 瓜があり、トマトがあり、白菜、ホウレンソウ、ジャガイモ、サツマイモ、キュウリ、苺、柿、蜜柑など思いつく限りの農産物があり、我が家の食料自給率は100%を軽く超えていた。しかし、当時の我が家の農業は、楽しいことよりも、辛いことの方が多かったように記憶している。

 農業の最大の楽しみは収穫だが、その収穫時は一番忙しく、神経が苛立つ。しかしながら、収穫物と引き換えに得た金額は一年間の苦労に比べて、雀の涙ほどにしかならなかった。流通販路が最適ではなかったのだろう。似たような農家ばかりの町では、農作物が高く売れるはずもなかった。

 当時若かった母が農業を嫌っていたのは私にも伝わった。隣の奥さんがクッキーを焼いている時間に、泥まみれの田んぼに入って、蛭に血を吸われながら、雑草を抜いていくのは、三十歳そこそこの女にとって、辛かったと思う。高い農機具はすぐに故障し、故障するたびに父は不機嫌になった。当然夫婦喧嘩もあったので、どうしても暗いイメージが残っている。

 また、野菜や果物を祖母が畑から取って来ても、到底家庭用冷蔵庫には収納できず、腐らせたくない祖母と、自家製の野菜以外にも、ナイフとフォークを使ったオシャレな外食だってしたい若い母親との軋轢もあった。そのような理由で、私は農業が嫌いだった。

 生まれながらの農業従事者と、都市生活者の農業への意識はまったく別のものだと思う。「都市生活者が農業生活に憧れる」という考え方は、私自身、東京に上京してしてから初めて触れ得たものだが、そこには何かしら私が感じることができなかった「農業はカッコイイもの」としてのスタイルがある。もちろん「暗さ」は存在しない。それは農業にとって決して悪いはずのものではない。

 一方で、農家で生まれ育った者の、農業への考え方のほうが、これからもっと重要になってくるのではないか。消費科学連合会会長の大木美智子氏は「都会の子供だけに農村体験をさせるのではなく、田舎の子にも農村体験をさせることが大切」と力説したが、後継者問題を抱える農村の子供たちを対象に、例えば地元果実のブランド化に成功し、大都市や海外にも輸出して、農業を生きがいにしている青年の地域に行って、2泊3日の農業体験をさせるというのも有意義なのではないかと思う。

 「FOOD ACTION NIPPON」の記者会見では、さまざまな食への考え方を聞くことができて面白かった。現在、千葉県の山奥で自給自足の生活を営む高野猛さんは、「僕は日本の食料自給率なんかは関心がない。自分の食料自給率を優先して生きていくポリシー。『お前だけ一人でやってどうするんだ』と言われるが、だけどそれが自給率向上の一番近道だと思う」。永島敏行さんは「自分で食べ物を作ると、わけもなく自信が持てる。もしかしたら、食べ物を作るということが、人間の本能の中にあるんじゃないかと思うんです」。

 育った環境や現在の立場、人生経験によって、食に関してさまざまな考え方があると思う。だが、どのような考えであるにせよ、一人ひとりが食料への関心を高めていくことは、未来の食料問題に向けても、とても大切なことだと思う。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/04/15
 「東京の食料自給率1%、自立した農家育成に取り組むオーストラリアの
 自給率230%」
http://mediasabor.jp/2008/04/1230.html


○MediaSabor  2008/03/12
 「飼料高騰で日本の畜産農家は存亡危機に。
 消費者は“主菜”の中身を見直そう」
http://mediasabor.jp/2008/03/post_340.html


○MediaSabor  2007/08/27
 「日本農業の危機、食料自給率低下の影響をモロに受けるのは都市生活者」
http://mediasabor.jp/2007/08/post_194.html

 

 


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