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次期「ファーストレディ」候補のファッションには政治メッセージも込められている?

 11月に迫った米大統領選の本選挙に向けて、大統領・副大統領候補やそのパートナーのファッションが米国民の耳目を集めている。日本では政治家の着る服がメディアで取り沙汰されることはほとんどないが、米国では日頃から著名人の着こなしが世間の関心を引くことが珍しくない。

 今回の大統領選は民主・共和両党候補それぞれのパートナーがファッション面で有権者の関心を引き付けている。とりわけ、米国メディアが注目しているのは、民主党の大統領候補に指名されたオバマ上院議員のパートナーであるミシェル・オバマさん。彼女が身につけたと報じられると、米国内のショップではたちまち売り切れが相次ぐほどの過熱ぶりだ。

 そのミシェルさんが、夫のオバマ上院議員が民主党の大統領候補に正式に指名された歴史的な党大会でドレス姿を披露して話題を呼んだのが、ニューヨーク・コレクション参加の有力ブランド「タクーン」(THAKOON)だ。タイ生まれのデザイナー、タクーン・パニクガル氏が手がけるNYブランドで、日本でも高感度のセレクトショップが取り扱っている。

 NYコレクションでは近年、「アレキサンダー・ワン」「3.1フィリップ・リム」「デレク・ラム」「ドゥー・リー」などのアジア系デザイナーが新勢力として台頭している。タイ出身のデザイナーが率いる「タクーン」もアジアン・ニューパワーの1つに数えられる存在だ。

 深読みが過ぎるかも知れないが、ミシェルさんが「タクーン」を選んだことには、大きな意味があるようにも見える。夫のバラク・オバマ氏は米国史上初めて、アフリカ系米国人として最高権力者の座に手が届きつつあるからだ。しかも、イラク攻撃に踏み切ったブッシュ大統領とは違い、バラク・オバマ氏はイラク撤退を提案している。共和党ブッシュ政権とは別の向き合い方を、アジア外交で目指すオバマ氏のパートナーがアジア出身デザイナーのドレスを選んだことに、何のメッセージ性もないとはいささか考えにくいところだ。

 米国ハワイ州に生まれたバラク・オバマ氏は幼い頃、インドネシアに住んだ経験を持つ。母親の再婚相手がインドネシア人だったからだ。アジアの生活・習俗を知る生い立ちは、バラク・オバマ氏の外交面での強みとされる。ミシェルさんがタイ人デザイナーのドレスを着て晴れ舞台に臨んだことは、その強みをあらためて印象付ける効果ももたらしたはずだ。

 ミシェルさんは米国ブランド「Azzedine Alaia(アズディン・アライア)」のドレスを着て人前に現れたこともあった。デザイナーのアライア氏は1980年代に「ボディコンシャス」の一大ブームを巻き起こした人物だ。ボディーラインにピッタリ沿うそのセクシーなスタイルは日本でも「ボディコン」と呼ばれて、絶大な支持を受けた。

 対する共和党の大統領候補、ジョン・マケイン上院議員の妻であるシンディさんのファッションはオーセンティック(正統派)でラグジュアリー。それもそのはず、シンディさんは米国有数の大金持ちなのだ。

 シンディさんは「バドワイザー」ブランドで知られる大手ビール販売会社、アンハイザー・ブッシュのビール販売を米国で最も手広く扱うヘンスリー&カンパニー社の創業者の娘だ。その生い立ちゆえに、資産額はただごとではない。2006年の所得が600万ドル(約6億円)というから、富裕層の多い米国でも群を抜くスーパーリッチと言える。個人資産は1億ドル(約100億円)を超えるといわれる。

 その資産にふさわしく、ラグジュアリーブランドで身を固めた着こなしは、これぞ上流階級と呼びたくなるクラス感にあふれている。米国版「マリ・クレール」誌のインタビューに答えて、シンディさんは最も好きなデザイナーをオスカー・デ・ラ・レンタ(Oscar de la Renta)氏だと語っている。

 デ・ラ・レンタ氏は、「バレンシアガ」「ランバン」などで腕を磨き、米国で自らの名を冠したブランドを立ち上げた大物デザイナー。アメリカファッションデザイナー協議会協会の会長も務めた大御所だ。ニューヨーク社交界に上顧客を持ち、クラシックで華麗な服を得意とするブランドとして知られる。

 シンディさんがジュエリーやアクセサリーに掛けている金も庶民感覚とはかけ離れている。米「ヴァニティ・フェア」誌の編集者の見るところによれば、シンディさんが着けていたダイヤモンドのイヤリング、真珠のネックレス、「シャネル」の腕時計など、一式の合計額は3100万円を超えるという。

 年齢を比べると、ミシェルさんは44歳、対するシンディさんは10歳上の54歳。共和党副大統領候補のサラ・ペイリン・アラスカ州知事はミシェルさんと同じ44歳だ。

 ペイリンさんは両ファーストレディ候補ほど、ファッション面での注目度は高くない。候補になるまでパスポートを取ったことがなかった事実からも分かるように、スーパーリッチではないかなり普通の40代米国人女性であり、その普通度は「この人を副大統領に迎えて大丈夫か」という議論が正面切って主要メディアで戦わされるほどだ。

 でも、そんな「平凡系」の彼女も眼鏡だけは話題をまいた。「ツーポイントモデル」と呼ばれる、リムのない大ぶりの眼鏡は彼女の代名詞となった。実はこの眼鏡「MP-704」は日本製。世界最大の眼鏡産地である福井県に本社を構える増永眼鏡(福井市)が製造している。米国内ではペイリンさんの愛用眼鏡として人気が出て、既に品切れ状態だという。

 フレームを手掛けたのは、日本の工業デザインの第一人者とされる川崎和男氏。「Gマーク」でおなじみのグッドデザイン賞の審査委員長も務めた大物だ。出身が福井市であることもあった、眼鏡フレームのデザインは川崎氏の重要な仕事の1つとなっている。今回のペイリン眼鏡の件で、日本が誇る眼鏡デザインのレベルの高さを、あらためて世界に知ってもらえたのは、日本人としてうれしい事だ。

 日本でも少し前に自民党の総裁選があった。政権を賭けた選挙となりそうな衆院選も控えている。しかし、日本では米国のように政治家のファッションがメディアで大きく取り上げられることは少ない。もちろん、あくまでも争うべきは政策や能力だが、ファッションという形で当人の考え方やスタイルが見える場合もある。ファッションにばかり目を奪われるのは論外だが、ファッションを全く無視してしまうのは、貴重な手がかりを見逃してしまうことになりはしまいか。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○黒部エリぞうのNY通信 2008/09/02
 「ミシェル・オバマさんが着ていたドレスはタクーン(Thakoon)」
 このブランドを知らなくても、まったく問題ないですので、ご安心を。
 たぶん全米でも着ているひとは、富裕層でしかもファッション感度が
 高いという、非常にニッチな層ですから。正直いって
 「へええ、タクーンを選ぶかー! すごいじゃん」と驚いたエリぞうでした。
http://erizo.exblog.jp/9612026/


○村上信夫@放送作家・大学院生の不思議事件ファイル 2007/07/26
 放送作家的日本史1986絶滅危惧種的ファッション「ワンレン・ボディコン」
 ボディ・コンシャスのconsciousは「意識」という意味で、1981年、
 ミラノ・コレクションでアズディン・アライアが、身体に添ったデザインの
 ドレス、ボディ・コンシャススタイルを発表したのが始まりで、日本では、
 ピンキー&ダイアンなどのDCブランドが、シルエットをさらにシェイプして
 ボディーラインを強調していきます。
http://blog.goo.ne.jp/santouka0833/e/6e6aa32cdbb6235801aed10e6fd1887b/?ymd=200707&st=0


○「まるぽ」にうす  2008/09/17
 「ペイリン共和党副大統領候補のメガネはKazuo Kawasaki」
 現在大阪大学大学院で人工臓器を研究している川崎和男氏は、
 インダストリアルデザイナーだが、人工臓器を開発したいがために
 医学博士号をとるという、驚きの転身を果たした人だ。
 「メガネは医療器具」というコンセプトを打ち出し、それまで
 ファッション性しか考えられていなかったメガネの世界に革命を起こした。
http://bunjin.cocolog-nifty.com/bunjinlog/2008/09/101kazuo-kawasa.html


○松岡正剛の千夜千冊 2004/01/27
 『デザイナーは喧嘩師であれ』川崎和男
 川崎が、「デザイナーは言葉を駆使できなければデザイナーではない」と
 断言しているのも、気持ちよい。一般には言葉に頼るデザイナーは軽視
 されているのだが、これは日本のアート・デザイン病がもたらした
 恐るべき症状であって、言葉とデザインは本質を同じうするものなのである。
 そこを川崎はずばっと説いてきた。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0924.html

○ OCNアート artgene  川崎和男 「ペン回し その3」2008/09/22
 僕は、学ぶためには思考と認識しかないと思っているので、学生に、
 まずクエスチョン=?の世界をもちなさいと言っています。
 クエスチョン=?の世界を持つというのは、何事でも疑ってかかる
 ことです。だから、教授が言っていることだって疑ってかかれと僕は
 言っています。疑ってかかるというのは、どうやって思考するか、
 ということにつながるんです。
http://artgene.blog.ocn.ne.jp/kawasaki/2008/09/3_d1ab.html


○高島平発・ファッションカフェ「ミストラル」への夢  
 「ドリームデザイナー」・・・川崎和男  2007/03/20
 彼を有名にした一つの実績として、車椅子をデザインした「CARNA」という
 製品があります。彼自身、若い時に交通事故のために下半身不随を余儀なく
 され、車椅子を使わざるを得なくなったのですが、当時の車椅子の余りの
 デザインの暗さに、自らデザインして製品化したものです。
http://blog.goo.ne.jp/mistral_2007/e/9adfcc2e190feaf9fcbf1ee95486ffe0


○Thakoon: Spring 2009(YouTube映像 10:53)
http://jp.youtube.com/watch?v=r54aoXXVzSI

 

 


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