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ハートに刻んだメープルリーフのTATOO

<概要>

 『金メダル至上命令』。こんな重圧を担った2010年バンクーバー五輪でのアイスホッケー男子カナダ代表の最高責任者(Executive Director)にスティーブ・アイザーマン氏が選ばれた。

 前回トリノ大会で7位と惨敗しただけに、地元開催と併せてその重圧は本人が最も感じている。「国民が期待していることは承知している」、記者会見で国民の期待を一身に背負った責任者は笑顔で語った。

 カナディアンにとってアイスホッケーは単なるスポーツではないのである。

(2008年10月18日 TSN)
TSN:カナダのスポーツ専門チャンネル。CTVglobemediaグループに属する。2010年バンクーバーオリンピック公式メディアとしての権利を獲得している。


<解説>

 カナディアン=アイスホッケー。この図式は決して大げさなものではない。何に対しても穏やかなカナダ国民が、唯一熱く激しく燃えるのがホッケーだと自他ともに認めるところだ。ちなみに北米ではこの競技を単にホッケーと呼ぶ。

 NHLシーズンが始まると、すべてがホッケー中心に回る。スポーツニュースはもちろん、テレビ番組も、コマーシャルも、マクドナルドのおまけまでもホッケー一色となる。日本でも放送されるアメリカ制作のテレビ番組や映画で、小道具にホッケーのスティックなどが使われていれば、間違いなくカナディアンが絡んでいるはずだ。

 なぜこれほどまでにホッケーに燃えるのだろうか。

 アイスホッケーの起源は、カナダとも、北米先住民とも、ヨーロッパともいわれ諸説ある。だた、現在のようなゲーム形式になったのはケベック州モントリオールが最初とされている。それから紆余曲折あり、現在のNHLの形が固まった。

 このNHLの試合放送でカナダ国民なら誰もが知っているのが、国営放送CBCが毎週土曜日に放送している“Hockey night in Canada”。カナダチームを中心に多い時では一日3試合を連続放送する。この土曜日の名物番組をめぐってこの夏ちょっとした騒動が巻き起こった。

 この名物番組とともに40年間歩んできたテーマソングの契約更新ができないかもしれないとCBCが6月上旬発表したのだ。このニュースは全国トップニュース扱いで、国中を巻き込んでの大騒動となった。政治家や著名人もたびたびテレビで話題にしたほどだ。カナダ国民はこのテーマソングを『第2の国歌』と呼んでいた。それが永久に葬られるのではとの危機感がカナダ全体を覆った。「たかがテーマソングに」と思うかもしれないが、この騒動ぶりは10月の総選挙より明らかに大きかった。

 結局この大騒動は、CBCとの契約が切れるとともに、CTVが使用権を獲得したと発表したことでひと段落した。『カナダ第2の国歌』は、新たな半永久的住み家を得て、生き続けることになった。契約額は250万ドルから300万ドル(約2億2500万円から2億7000万円)と言われている。すでに今シーズンからCTV傘下のスポーツチャンネルTSNのホッケー中継で装いも新たに使用されている。(曲はYouTubeで検索できる)

 1曲のテーマソングにここまでの金額を払うなんてと思うが、CTVはすでにバンクーバーオリンピックの放映権を取得している。つまりTSNのオリンピックホッケー中継で使用されるというわけだ。そして、その最高潮が、冬季五輪最終種目アイスホッケー男子決勝戦でのチームカナダの金メダルである。

 ホッケーはその昔から、カナダ人に親しまれてきたスポーツだ。広大な国土のほとんどが冬になると雪と氷に閉ざされるこの国で、人々の娯楽として根付き、その中から数々の名選手を輩出してきた。

 現在のNHL登録選手の約50%はカナダ出身。アメリカ出身は約20%、ヨーロッパは30%となっている。しかし、30チーム中カナダには6チームしかなく、強いアメリカ資本にチームは買収され、優れた選手はその経済力で引き抜かれていった。カナダ人選手の活躍は目覚ましく、アメリカのチームは次々とスタンレー杯を掲げているにもかかわらず、カナダのチームは1993年モントリオール・カナディアンズが優勝して以来、15年国境を超えていない。

 カナディアンにとってホッケーは、彼らのアイデンティティと誇りを世界に示す唯一の表現方法なのだ。そしてその最もわかりやすい舞台がオリンピック。1998年の長野五輪でNHLが全面参加を許可してから、地元で行われる初めての五輪に選手も、国民も力が入る。

 アイザーマン氏は「カナダ国民の(オリンピックにかける)情熱はわかっている。その情熱に応えるつもりでこれから準備していく。目指すは金メダルだ」と国民にメッセージを送った。カナダのアイスホッケー協会Hockey CanadaのCEOボブ・ニコルソン氏は「協会あげて、オリンピックで、カナダ国民の誇りを示す」と語った。

 カナディアンのハートには、メープルリーフのTATOOが刻み込まれていると私は思っている。そのTATOOは、彼らのアイデンティティが最も輝くホッケーという競技に、激しく熱く鼓動するのである。そうでなければ、いくら国技とはいえ、彼らのホッケーに対する情熱は説明がつかない。カナダの熱い冬へ向けての戦いがいよいよ始まった。

 

 


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