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日雇い派遣労働者として体感した日本型貧困の実態 14年後の日本考(3)

  今、日本で最も社会的な論議のひとつとなっている日雇い労働者派遣問題。その実態はどうなっているのか。筆者は自ら日雇い専門の人材派遣会社に登録し、10月半ばの3日間、2004年の労働者派遣法改定で合法化された製造業現場での派遣就労を試みた。

 これを通じて、「豊かな社会」の最底辺で生きる人々の苦悩、欲求、そして現代日本の抱える固有の問題を体感した。生活苦から望んで残業する中年女性が目立ち、消費者ローンの返済で翌日の生活費の工面に必死の人もいた。フリーターと呼ばれ、その日暮らしをしているのは決して若者らだけではなく、むしろ中高年者が目立った。かつて大阪・釜ケ崎、東京・山谷に代表された、日毎に就労現場を変える日雇い労働者の群れは、今や全国津々浦々に広がっており、14年間不在した日本社会の変容ぶりをまざまざと見せ付けられた。

  
■人間ロボット  
 
 首都圏の郊外には食品加工の下請け企業の集積する場所が幾つもある。コンビニエンスストア、24時間営業のスーパーマーケットなどに配送する弁当、惣菜、デザート、生菓子類などを製造する食品企業は例外なく365日、24時間操業している。労働力不足解消と人件費削減には人材派遣会社と契約しての日雇い就労者受け入れが一番好都合のようだ。因みに、日給は法定最低賃金に限りなく近く、しかも交通費は不支給である。
 
 初日。午前7時すぎに派遣会社に指定された就労企業最寄り駅近くのビル東側にたどり着いた。集合指定時間は同7時半だが、すでにそれらしき人たちが数人集まっていた。下車した最寄り駅のプラットホームから階段を下る最中に懐かしいタガログ語が聞こえてきた。この20歳代のフィリピン人女性3人に、インド系とおぼしき20歳代半ばから30歳前後の女性2人を加えると外国人が計5人いた。
 
 定刻直前に派遣会社の男性社員が現れ、前日に就労予約した人々の名前を点呼し、出欠の確認を始めた。欠席者も数名いたようだが、計48人が集まった。「食品製造の補助作業」との名目で募集したためか、性別比率は女3:男1だった。女性は20代から50歳代まで多様。男性陣12人中、40歳以上の中高年者が筆者を含めて7人。20─30歳代は5人であった。

 上記社員に率いられて工場に到着。今度は受け入れの食品会社担当社員と思しき女性が再度氏名確認した後、作業服に着替え、帽子付きマフラー状白衣で頭と首を覆い、手を入念にアルコール洗浄、マスクと手袋をして、作業場に入った。時刻はすでに午前8時半を回っていた。
 
  「派遣」マーク入り作業着をまとった48人は数班に分かれ、班長の正社員の指示に従うこととなった。われわれが配属されたのは出来上がった円形の中型ケーキにチョコレートなどそれぞれ形の異なる5種のデコレーションを施す作業班だった。2人1組で作業は行われる。トレイに載せられたケーキが次々とベルトコンベアーに運ばれて押し寄せて来る。相棒は装飾用チョコレートを次々と運ばれてくる段ボール箱から1種1個ずつ取り出して、包装を破いて、慎重にプラスチックトレイに置く。筆者はこの装飾用チョコレートをケーキの所定の場所に埋め込む。5種のデコレーションで飾られたケーキを仕上げるのに5組、これに最終品を箱詰めする組があり、1つのコンベアーラインには6組が配置された。
 
 最初は「なんと単純な作業。これなら8時間の作業にそれほどの疲労は感じないだろう」と軽く考えた。ところが、受け入れ会社の「処遇法」はさすがだった。未経験者の多い派遣労働者がこの単純作業に慣れてきたとみると、コンベアーは次第に速度を上げていった。ついに目の回るような機械もどきの作業となった。ミスが出れば班長や現場責任者から容赦のない罵声が発せられる。「これではわれわれは人間ロボットだ」。心の中で自然にこんなつぶやきが湧いてきた。
  

■痺れる足腰、それでも残業  
 
 右手でトレイに入ったチョコレートを拾い上げ、所定の位置にケーキを損傷しないよう注意しつつ埋め込む。この機械的な仕草を昼食休憩までの4時間続けた。2時間も経つと足が痺れてきた。班長は「1日3000個の箱詰めが目標」と声を上げた。8時間は480分。したがって、1分に6個以上、10秒以内に1個のチョコレートを指示通りにケーキ、チョコの外観を損なうことなく「迅速かつ丁寧に」埋め込まなければならない。極めて神経を磨耗させる作業である。
 
 実質50分の昼食休憩時間はあっという間に過ぎた。午後は5分の休憩を挟んで午前と同様、4時間にわたる作業が続く。午後は足の痺れに加えて、腰痛に悩まされるようになった。あまりのめまぐるしさと疲労からトレイから取り上げたデコレーション類を床に落とす頻度も増す。また「鬼の班長」から雷が落ちる。昼休みに入る前に「休憩前に足元に落としたチョコなどを拾ってダンボールに入れておけ。午後はミスを少なくするように」と命じていたから、怒声のボリュームはさらに上がる。
 
 終業時刻の1時間前。初対面の正社員から「残業できますか」と問われた。「1時間程度なら」と返事をすると、今度は一転「ありがとうございます」と丁寧に挨拶した。午後5時半に終業。残業希望者が簡単な整理整頓を行い、午後6時からの残業に備える。15分程度の休憩時間に交わされた顔なじみとみられる日雇い派遣労働者の間の会話に耳を澄ませてみたら、「格差が広がる」といわれる貧困層と富裕層のうち、この工場で日雇いせざるを得ない前者の生活状況の一端が鮮明に見えてきた。これは後述する。
 
 「この日のノルマ達成には午後8時までかかる」と判断した現場責任者は派遣労働者に終業直後、改めて残業を呼びかけた。およそ半分が午後8時までの残業に応じたが、大半が小学高学年、中学生、高校生の育ち盛りの子供を抱えていそうな30歳代後半から40歳代の女性だった。1時間残業は筆者だけだった。他の男性グループは老若問わず、定刻で姿を消した。20代前半にみえた男性から「ああ疲れた」との声が漏れた。声の響きが「残業など真っ平だ」と語っていた。疲れた体に鞭打って進んで残業せざるを得ない中年女性グループとの生活状況の違いが浮き彫りになった。そそくさと引き揚げた青年らは両親も健在で、日雇い就労の目的は、生活費を求めてではなく、小遣い稼ぎのためだったのかもしれない。

  
■広がる差別感
  
 今日の日本では「格差の拡大」が流行語となっている。だが、広がっているのは貧富の格差だけではなかった。同一職場での正規被雇用者(正社員)と常勤パートタイマー、そして非常勤派遣労働者との間に深刻な差別が拡大している。
 
 最下層の日雇い労働者はしばしば「モノ扱い」される。終業時が近づくと、常勤パートまでが疲労の蓄積からか、日雇い労働者に対する言動を荒ばせてくる。「通ります」「ちょっと動いてください」などの一声を掛けることなく、日雇い労働者に手や肩を接触させて「そこのけ」のシグナルを送る。最悪なボディシグナルは、正社員が派遣労働者のズボンや上着を背後から引っ張って押しのけるケースだった。
 
 筆者と同様、初体験者だったのであろう。耐えかねて「何をする。声ぐらい掛けろ」と怒りの声が上がった。常勤パートの中に「すみません」とか細い声で謝る者がいたのが救いだった。だが、現場監督者は「何をもめている」と一喝した。明らかに正社員、特に平社員らに「自分たちよりさらに下がいる」との優越感が広がっていた。
 
 残業を拒否した3日目の帰途、一緒に工場から駅に向かった日雇い仲間(30代男性)は差別問題について、「仕方ない。人材派遣会社は登録者の詳細な履歴を調べない。だから社会常識を持ち合わせない者が多い。受け入れ会社は日雇いに対して目を光らせ、きつくあたらざるを得ない」と諦めからか、差別を受け入れていた。だが、差別は施設面でも露骨に現れている。日雇い派遣労働者にはロッカーも与えられない。脱衣類と共に貴重品をロッカーの上に放置する者が大半だ。このため盗難事件が頻発している。
 
 3日目の昼食時間。午前中隣で一緒に作業した中年男性が「財布、携帯電話、時計、小型電子機器などは管理部門に預けておけば、帰りにきちんと返却してくれるのは知っているだろう。だけど初めての者などは慣れない作業服への着替えや消毒作業をせかされて、預ける余裕をなくす。さらにずぼらな奴らも多い」と日雇い派遣者の置かれた状況を説明してくれた。この日、20代の男性が「買ったばかりの1万6千円の(ハンディタイプの)音楽聴取用の機器を盗まれた。残業しても今日の手取りは7千円あまり。くたくたになるまで働いた結果がこれか」と怒りまくって家路についた。筆者には聞いたこともないハイテク機器で名前も記憶できなかった。

  
■日当受け取りに焦り、休日返上  
 
  「8時まで残業するだけどお金受け取るのに間に合うかな。明日の生活費がない」。初日の残業開始待ち時間中に中年女性が心配そうに顔なじみとおぼしき女性に語りかけた。派遣会社は毎日午後9時までオフィスを開けている。彼女らは文字通りの「日雇い労働者」だった。ぎりぎりまで残業して受け入れ会社から就労証明書をもらい、息せき切って人材派遣会社の最寄りのオフィスに駆け込んでいる。「生活費がない」と困窮ぶりを訴えた女性がこの日の閉店時間に間に合ったかどうかは知るすべもない。

  2日目は午後8時まで残業し、5、6人のグループをなして帰途駅に向かう中年女性らの後ろを歩き、彼女らの会話に耳を傾けた。また、計3日間の休憩時間でのおしゃべり、作業中に交わされるつぶやきに近い一言、二言からうかがえた彼女らの生活状況を以下列挙してみる。
 
 1・離婚による母子家庭が非常に多く、前夫からの仕送りが途絶えている
 2・資格、特殊技能を持たない身には非正規雇用に甘んじるしか道がない
 3・普段は小売店などの常勤パートタイムだが、収入不足。休日を利用して
     日雇い専門の人材派遣会社を介して日銭を稼ぐ
 4・小学高学年と中学生の子供が2人いるが、高校受験を控えた中3の
     男の子の学習塾授業料だけで月6万円必要。2人とも大学に進学させたく
     少しでも学資を蓄えたい

   ━こんな生活状況や心情がビビッドに伝わってきた。
 

 何よりも強烈だったのは、休みなく働いた末、「低所得層」と分類されても、「生活レベルは落としたくない。消費を極端に自粛したくない」との志向が伝わってきたことだ。彼ら母子家庭の収入はこのような「女工哀史」を髣髴させる粉骨砕身の労働を通じても、1月に手取り20万円を超えれば良い方という。確かに常勤パートでも実収入は多くて1日7千円余り、月25日働いても20万円に満たない。残りの4、5日を日雇いで働いてようやく20万円の大台を突破できる。休日はほとんどない。

  中には消費社会での「敗者」になりたくないあまり、消費者ローン、果ては闇金融に手を染めている者がいた。多重債務という「地獄」が口を開けて待っている。

  「明日は日曜日で派遣会社は閉まっている。今日の稼ぎが受け取れなかったら明日は生活できない」との女性の言葉が今も耳の底で響いている。つまり「蓄えなし」と告白されたに等しいからだ。消費者ローンを返済して、生活費に回す金が底をついたようだった。
 
  「貧困層」と呼ばれる人々のこんな日々の繰り返しが、心を蝕み、荒ばせている。親の心の荒廃は子供に直に伝わる。家庭をめぐる悲惨な犯罪が多発するのもここに根源があるのではないだろうか。増殖するばかりの派遣業者。労働者派遣法はさらに改定され、全職種が対象となるのも時間の問題であろう。日本型貧困を悪化させている人材派遣業者の利益=ピンはね額は闇の中である。永田町に巨額のキックバックがあることは間違いあるまい。来る総選挙でもこの深刻な問題がさしたる争点になる気配はない。前政権が唱えた「安心社会作り」がそらぞらしく感じてならない。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/09/15
 「バブル後遺症を克服できぬまま、貧困層と格差の拡大進む 
  14年後の日本社会考(1)」
http://mediasabor.jp/2008/09/14.html


○MediaSabor  2008/10/13
 「なぜ自殺者は増え続けるのか━雇用不安と窮乏感の病理 
  14年後の日本考(2)」
http://mediasabor.jp/2008/10/14_1.html

○夜明け前の独り言 水口洋介  2008/10/05
 日弁連人権擁護大会--「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく
 働き生活する権利の確立を求める決議」
 今、若者の40%が不安定雇用にしか就職できていません。派遣労働者の
 問題は、一部の問題ではありません。このような派遣労働者の問題を
 放置しているシステムこそおかしいのです。派遣労働者の現状を改善
 せずして、「格差社会」や「貧困問題」を解決することができるはずが
 ありません。
http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2008/10/post-8b7e-2.html


○考えるブタ  人と経済(9)─悪徳「口入れ屋」の破綻 2008/06/28
 今日の資本制社会の経済は国家の政策と分かちがたく結びついている。
 労働市場においては規制を何でも緩和すればいいというものではない。
 悪徳「口入れ屋」をはびこらせ、労賃だけを抑制するような政策が
 うまく行くはずがないことは言うまでもないことだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/masahito2117/54090550.html


○TOPPYのくびったけ@名古屋 2008/07/09
 「僕はただ、その現実を受け止めることしかできなかった--あいりん地区」
 大阪に住んだことのある友人たちに話を聞いても、あいりん地区に足を
 踏み入れた人はおらず、「あんなところでカメラを構えたら、ボコボコに
 されるぞ」と言われていたので、かなり私は萎縮してしまっていました。
http://blog.toppy.net/?eid=811174


○映画 未来世紀ニシナリ(YouTube 02:15)
http://jp.youtube.com/watch?v=vt1ZLPdZQ6o
  
  

 


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