Entry

Flashアニメをめぐる「市場」と「社会」の摩擦

 Flashアニメというと、ネットで見るものというのがちょっと前までの相場感だった。しかし最近、マスメディアでもFlashアニメを使ったコンテンツがしばしば見られるようになってきている。代表的な例というと、「秘密結社 鷹の爪」の蛙男商会や、「The World of GOLDEN EGGS」のプラスヘッズあたりだろうか。

 コンピュータの活用により、アニメーションの制作は、その気になれば1人でもできる作業となった。特にFlashを使ったアニメーションは、比較的エントリーバリアが低い。動画投稿サイトの普及もあって、これまでアマチュアとして、あるいはセミプロとして同人的な活動をしてきた個人クリエーターが見出され、メジャーなメディアに進出するチャンスを得る例が増えてきている。

 だが、これが一般的な流れになるかというと、必ずしもそうとはいいきれない気がする。というのも、コンテンツ制作において、商業ベースの活動とそうでない活動の間には、若干のちがいがあるように思われるからだ。

 もちろんコンテンツクリエーターにとって、アマチュアからプロへの流れはごく自然なキャリアパスであり、他の分野でも同様の流れはある。ただ、この流れは1本の水道管のようにまっすぐ上から下へと流れているだけではない。たとえば書籍や音楽など、同人によって制作されたコンテンツが流通している分野では、プロを目指さないアマチュアや、必ずしもメジャーなメディアへの進出をめざさない「同人プロ」とでも呼ぶべき人々が少なからず見られる。

 こういった人々がメジャーをめざさない理由は人それぞれだろうが、一般的と思われる要素もある。「同人プロ」については、表現に対する制約を受けたくないからという意見がしばしば聞かれる。「コミックマーケット」、いわゆる「コミケ」では、小説やマンガに限らず、書籍、音楽、ゲーム、アニメ、その他多種多様なグッズまで含めた同人作品が売買されているが、こうした場には、相当の実力を持ちながらあえて同人として活動していたり、あるいは商業媒体に発表の場を持つ商業プロが自由な表現の場を求めて参加したりする例が少なからず見られる。こうした同人プロは、クリエーターがコンテンツの販売収入を得ることで生活しているという意味では、販売ルート、あるいは生活スタイルのちがいととらえられなくもない。

 アマチュアの場合は、より大きな、かつ本質的なちがいもみられる。多くのアマチュアは、プロになれるほどの実力を持たない人々だろう。しかし、プロとしてやっていけるほどの実力があっても、それで暮らしていけるほどの収入を稼ぎ続けることのできるクリエーターはほんのわずかしかいない。しかも、Flashアニメの場合、メディア企業の側にも、「より安価なアニメーション」として選択されている面は否定できないし、参入障壁の低さは競争の厳しさに直結するから、なおさらだ。

 しかしここで取り上げたいのは、アマチュアの中には、商業性そのものを否定する人たちもいるということだ。特に、インターネットを介して伝えられるコンテンツの場合は、無償を「純粋」や「自由」、あるいは「誠意」のシンボルとしてとらえ、したがって無償であることに対して強いこだわりを抱く人が少なくない。このあたりは、コミュニティの参加者が無償で貢献しあうオープンソースの文化(あるいは「2ちゃんねる文化」といってもいいかもしれないが)にやや似ている。

 このような傾向は、アマチュアコンテンツの愛好者たちの中にもみられる。「無償だからこそ応援する」という態度だ。こういう場合、アマチュアの作品として支持していたものが、プロの作品として商業ベースに乗ることに対して嫌悪を示すかもしれない。たとえば、ブログの作成者が広告料をもらって原稿を書いたり、ニコニコ動画で歌を公開して人気を博したアマチュアプレーヤーがCDを発売したりすると批判の対象となったりする。

 こうした「アマチュア」と「プロ」とのちがいの少なくとも一部は、私たちの心の中にある「社会規範」(social norms)と「市場規範」(market norms)の差に起因するのだろう。人間の行動や考えに関するこの2つの規範の間の摩擦については、Dan Ariely著「Predictably Irrational」(Harper 2008。邦訳:ダン・アリエリー著・熊谷淳子訳「予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」」(早川書房から2008年11月下旬発売予定)に分かりやすく紹介されているのでご参照。善意による無償の交換が行われているところに金銭による売買の要素を持ち込もうとすると、しばしば前者が破壊されてしまうのだ。これと同じことが、それまでアマチュア作品として人気を集めてきたFlash動画が商業ベースに乗る際にも起こるケースが出てくるかもしれない。

 つまり、無償でコンテンツを公開していたFlashアニメのアマチュア作者がメジャーな媒体にプロとして進出していく場合、いずれかの段階でコンテンツ消費者との関係を「社会規範」に基づいたものから「市場規範」に基づいたものに転換していかなければならないが、この2つの間には摩擦がしばしば発生するということだ。

 考えてみれば、出版や映画、音楽CDなど従来型のメディアでは、一定以上の規模の人々に届けるためにはなんらかの実費が不可欠だった。それはアマチュアのクリエーターにとって障害となっていたはずのものだが、別の見方をすると、そうしたコストを要するがゆえに、消費者との関係が、「社会規範」に基づいたものから「市場規範」に基づいたものへ、比較的スムーズに転換できていたということにもなるのではないか。

 しかし、インターネットを媒介として展開されたコンテンツの場合、伝達のコストが事実上無視できるほど小さい。したがって、人気のあるクリエーターであれば、かなりの規模の人々との間で、「社会規範」に基づいた無償の関係が既になりたっているだろう。それを一時に「市場規範」に基づいた関係に転換することは、従来と比べて、より大きな「ジャンプ」を必要とすることになる。時には転換に失敗し、メジャー進出がかえって仇となるケースも出てくるかもしれない。

 「ウェブ進化論」(梅田望夫著、ちくま新書、2006年)の中に、棋士の羽生善治さんが、インターネットの発達を将棋の世界に敷かれた「高速道路」にたとえた話が出てくる。情報の流れがよくなったことによって、これまでと比べて、ある程度の水準までは早く上達できるようになり、結果としてその「高速道路」を抜けたところで大渋滞が起きる、という話だ。ここで書いたFlashアニメに関する懸念は、このたとえを使えば、クリエーターが高速道路を使ったがために、一般道路を走っていた消費者との距離が離れ、見失ってしまう状況にあたるだろうか。

 もちろんインターネットの活用に対する批判というわけではない。しかし、その発達によって、「社会規範」の世界と「市場規範」の世界に新たな接点が生まれ、新たな摩擦が起きる事態となっているのは確かだ。これまでコンテンツビジネスに携わる人々は、その2つの間を上手に泳ぎ渡り、あるいは行き来するためのさまざまな工夫をこらしてきた。インターネットの発達によって生じたこの摩擦についても、乗り越えていくためにはなんらかの工夫が必要だろう。そのような状況はおそらく、当初無償サービスとしてスタートしたために、その後有料化がなかなかできずに苦しんでいる多くのネットサービスが直面しているものと似たところがあるのではないかと思う。

 もとより正解を知る身ではないが、充分な収入が得られない場合も多いであろうFlashアニメの場合、ひょっとしたら、専業ではない「兼業プロ」のようなあり方も考えてみるべきかもしれない。本業ではないが単なる趣味でもないという位置づけはあいまいだが、これによって「社会規範」の世界と「市場規範」の世界の境目に陣取ろうというわけだ。もともと比較的容易にアニメーションを作れるのが「売り」だったはず。ならば他に本業を持つ人が「もう1つの仕事」ないし「趣味の延長」として取り組む、というスタイルは、クリエーターにとってのリスク分散という意味でも、低コストという発注者側のメリットを保つ上でも魅力的なのではないか。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○イイ・アクセス WEBアニメ CloseUp Flash
 「DIGITAL CONTENT EXPO2008 イベントレポート」 2008/11/04
 講師はお馴染みFlashアニメーション作家のルンパロ氏と編集家の
 竹熊健太郎氏のお二人。今回のセッション開催の趣旨として、新しい
 人材を知る機会が色々開催されているコンペティションの中だけで
 良いのかという疑問から、一つの道筋を紹介することで作家がどういう
 方向に向かっていけば良いかと示すことであることが述べられた。
http://blog.moura.jp/closeupflash/2008/11/digital-content.html


○CNET 個人・少人数制作アニメーション現代記 - 真狩祐志
 「Flash黄金時代」とは一体何だったのか 2008/10/10
http://japan.cnet.com/blog/macalie/2008/10/10/entry_27016951/

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/902