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オバマ米大統領誕生。黒人というハンディーを覆したネットプロモーション戦略

11月4日、バラク・オバマ第44代合衆国大統領が誕生した。CNNのヘッドラインには誇らしげに“Change has come to America”の文字が躍った。

オバマの勝利には、一言で言い尽くせないさまざまな意味があるが、いずれにしても人類史に残る大変革であるという主張は少しも大げさではない。世界最大の国家の元首が有色人種になった事をもって、後世の歴史家は白人支配の終焉の始まり、と位置づけるだろう。このインパクトは米国以外の国でもおおむね理解されているが、米国に住む身としては、予想以上に大きな衝撃であることを実感させられた。

特筆すべきは、40歳以上の人間が、かなり直前まで黒人大統領の誕生に懐疑的だったことである。20年以上のキャリアのあるベテランの新聞記者でさえ、比較的最近までオバマの勝利を心から信じてはいなかった。もちろんこれは本人の差別感情とはまったく関係がない。オバマ支持者にさえ、“黒人では無理じゃないのか”という意識を心のどこかに持っていた人々はいた。それだけ米国の人種差別は根深いということなのだろう。“ブラッドレー効果”(http://mediasabor.jp/2008/10/post_509.html)なるものが直前まで囁かれていたことを見ても、それは明らかだ。

過去のデータが多ければ多いほど、それまでの常識に縛られてしまうのは致し方ない。過去いくつかの大統領選挙を取材しているベテラン記者たちは、米国の保守層がいかに根強いかを知っている。オバマを支持するベテラン記者はかつてこう言った。「まず金が集まらないだろう。キャンペーンには金がかかる。共和党よりの企業や、保守派のキリスト教団体のような大組織のバックアップがなければ選挙戦を戦えない。そして、この国は基本的に“Racist country”なんだよ。黒人がトップに立つのは南部の保守世代が死に絶えてからでないとむずかしいな。」リベラル州であるはずのカリフォルニアやワシントン州でさえ、このような意見をいくつも聞いた。 

彼らの意見は間違ってはいなかったと思う。人種に対する意識は米国では根強い。また、民主党は総じて組織化が下手だ。選挙資金集めにも共和党のような力はない。しかし、これらのハンディーを覆したのが、インターネットの力だった。

オバマは若者を中心に、MySpace(米国版mixi)やTwitter、ブログなどをフルに使用して驚くほど効果的なプロモーションを行った。インターネットは地域の制限を受けない。オバマを支持する才能豊かなコンピュータギーク(日本流に言えばオタク)が、自発的にメッセージを回し、ひとつの波を作り上げた。“オバマはクール”というメッセージは、ブログやTwitterに乗って、20代、30代の若者たちの間で人種を超えて飛び回った。オバマ陣営はテレビゲームの中に広告を仕込むという、大人には考えもつかないプロモーションさえ行っている。そうしたメッセージは、やがてインターネットという枠を越えて一般に波及していき、巨大なオバマブームのうねりを作り出したのである。

ベテランジャーナリストにとって、ソーシャルネットワークサービスを利用した大統領選挙など、最初ジョークにしか映らなかったに違いない。息子たちがベッドルームでゴソゴソやっているオモチャに恐るべきポテンシャルがある事に気づいたのは2006年になってからだった。オバマ陣営はサイト上のクレジットカード決済により、20─100ドル程度の小口の献金を多く集め、共和党の組織的な資金集めを上回る実績を上げるに至る。アンシャンレジーム(旧世代)が予想もしなかった戦略。“Change”は若者たちのコンピュータから始まっていたのだ。


“人種を超えたひとつの民として、私たちはいつか約束の地に達するだろう”
キング牧師が暗殺直前に残した言葉である。

11月4日、シカゴで行われた勝利演説で、オバマは自身を最初に有名にした2004年の名演説の一節を繰り返した。「白いアメリカも黒いアメリカもない。アジア人もネイティブアメリカンもない。我々はいつも、いつまでも、アメリカ人である」客席は黒人、白人、東洋人、あらゆる人種が入り乱れ、目を潤ませながらオバマの演説を聴いていた。キング牧師の演説から40年、 “約束の地”はシカゴに誕生した。そしてその影に、破れたジーパンをはいたコンピュータギークたちがいたのは疑いのない事実なのである。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○CNET  2008/10/16
 「米大統領候補のオバマ氏、選挙広告をEAのゲーム内に掲載」
 米大統領候補がゲーム内広告を出稿するおそらく初めてのケースだ。
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20382043,00.htm

 

 


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