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客室数の逆転も近し! 旅行スタイル論では片付けられないホテル増加と旅館減少はさらなる地域格差への警鐘

 厚生労働省の調査によると、2007年度末時点の旅館営業軒数は5万2259軒と、1年間で1811軒減少したことになる。

 ピーク時の1980年代には8万3000軒を超えており、およそ20年で約3万軒が廃業などの理由で閉館したことになる。旅館軒数の減少は、毎年1500―2000軒のペースで減少しており、その減少ペースに歯止めがかかる気配は、今のところ見当たらない。
 
 一方、ホテルはこの1年で262軒増加して、9427軒とこちらは増加傾向が続いており、1万軒の突破も視野に入ってきた。

 営業軒数では、まだ旅館がホテルを圧倒している印象を受けるが、客室数でみるとそうではないのだ。旅館の82万1870室に対し、ホテルは76万5482室と肉薄している。旅館はこの1年間で2万室以上が減少し、ホテルは約4万5000室増加しており、もしかしたら今年度中にも客室数で、旅館とホテルの逆転もありうる。

 旅館とホテルの違いは何だろう。旅館業法によると、旅館は和式の構造と設備をもつ宿泊施設で、ホテルはその逆の洋式ということだが、わかりやすく言えば、旅館は靴を脱いで、ロビーでも、廊下でも、夕食会場の大広間でも、カラオケバーであっても、「浴衣とスリッパ」という、これ以上思い浮かばないようなくつろいだ姿で自由に館内を闊歩できるのが特徴。

 一方、ホテルにあっては、そんなくつろいだ姿でフロント辺りを徒然なるままに逍遥していると、スタッフの視野に入るや否や「あれッ? こ、困ります、お客様!」と足が縺れそうな勢いで駆け寄られ、厳重にたしなめられる。

 また、ホテルではお客のほうがスタッフを呼びさえしなければ、滞在時間中はプライベート空間が守られ、誰も客室に入って来ないという安心感があるが、旅館では、たとえお化粧を落としている最中であっても、はたまた前夜ハメを外して朝寝坊をしてしまい、浴衣がはだけて帯一本の状態であっても、翌朝には布団を上げに来た仲居さんが笑顔で目の前に立っているかもしれない、というシーンも覚悟していなければならない。

 料理は、旅館でも最近は宿泊料金と食事を切り離した「泊食分離」の料金システムを取り入れる宿も増えてきたが、基本は「1泊2食付き」で料金を支払うが、ホテルはディナー付きコースなどを選ばなければ、部屋代のみである。

 場合によって一長一短があり、どちらを選択するかは、旅行者の好みであって、用途によって各々が選択すればいい話であるが、先述の「旅館軒数の減少と、ホテルの増加傾向」を数値だけでみると、消費者は「日本の昔からの宿泊文化である旅館よりも、西洋式のホテルの方を選ぶ機会が増えているのかなぁ」とも思える。

 コンビニエンスストア最大手のセブンイレブンは約1万2000店舗、2位のローソンは約8600店舗、3位のファミリーマートは約7200軒、4位のサークルKサンクスは約6200軒も存在する。とくに都市部では、「コンビニはどこにでもある」という印象が強い。それでも、国内全体のコンビニ店舗数は約5万軒といわれる。

 ということは、旅館は「どこにでもある」と感じるコンビニ店舗の総数よりも多いのだ。そして、旅館というものはコンビニエンスストアや、ターミナル駅周辺に集中するシティホテルとは正反対に、都市部ではなく、雄大なる山岳の中腹付近や、清流が手に届きそうな谷底、白波を被りそうな海辺の岸壁といった、むしろ“辺境”に存在するものである。だから、「適正軒数を考えると、もう少し減るのは当然」というのも、一つの見方である。

 地域格差が顕在化するなかで、「地域の交流人口の拡大」という観光の役割に大きな期待が寄せられている。実際、旅行者が旅館に支払う宿代のほとんどは、地域の魚屋、米屋、酒屋、クリーニング店、お土産店、銀行の金利などに流れ、地域の農家や漁師などの生計を支えているという面があるということも事実。このようななかで、各観光地の中心的存在である旅館の大幅減少は、地域の地盤沈下に直結する。

 「ホテル増加、旅館減少」は、単に「日本人の旅行スタイルが西洋化している」といった表層的な問題にとどまらず、「都市部における交流人口のさらなる拡大と、地方における人的交流の壊滅化につながる一つの警鐘ではないか」と感じる。
 

 


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旅館の地盤沈下を防ぐには 2008年11月17日 10:40
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