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「死のスパイラル」回避へ、米ベンチャーの「選択と集中、コスト削減」

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

 カリフォルニア、シリコンバレーのベンチャー企業群に、新しいビジネストレンドが巻き起こっている。それは、「延期」、だ。投資の延期、プロジェクトの延期、技術開発の延期、採用の延期、と延期のオンパレード。早くから顧客をつかみ、新技術を携えていち早くマーケットに乗り出し、急成長することに照準を合わせてきたシリコンバレーのベンチャー企業にも、世界的な金融危機の影響が出ている。

 中小企業向けにオンライン広告サービスを提供するMerchant Circle社は、9月に発表したばかりの5000万ドルの資金調達が頓挫、延期となった。創業者ベン・スミス氏によれば、2005年の創業時には、ほんとうに力強く成長していた、という同社だが、「もう、そんなことはどうでもいい。とにかく、今はキャッシュフローが一番の問題だ」と、不安の色を隠せない。ワイヤレス機器メーカー、Ruckus Wireless社では、新技術の調査開発プロジェクトを中断した。これにより、15万ドルの経費を削減。役員たちは自主的に給与の10%カットを申し出て、「よりよい未来のために、今は全社員で痛みわけをする」必要性をアピールした。

 こういった経費削減へのシフトには、ベンチャーのメイン資金源である、ベンチャーキャピタルの動きが大きく関わっている。シリコンバレーの主要なベンチャーキャピタル、Sequoia Capital社とBenchmark社が最近、不況の長期化を予想し、警告を発したのだ。前述のRuckus Wireless社の調査開発プロジェクト凍結も、このアナウンスを受けてのものだ。

 シリコンバレーでさえこのような状況になった、ということの意味は大きい。カリフォルニア州全体に比べて失業率が低く、能力のあるIT技術者はいまだに引く手あまた、相対的には金融危機の影響が軽いと言われてきたこの地域ですら、影響を受け始めたのだ。もちろん、全米のベンチャー投資もスローダウンしている。この第3四半期のベンチャービジネスへの資金供給は、昨年実績の673件、79億4千万ドルから減少に転じ、583件、73億7千万ドルだった。

 ニュージャージーでの事例を見てみよう。コスト削減開始が遅れて失敗したケースだ。8年前設立された、通信会社やケーブル会社対象にインフラ提供を行うWeltec社は、2006年初頭までに、従業員90人、売上600万ドルまで拡大した。ハリケーン・カトリーナでダメージを受けたニューオーリンズのシステムを修理するという仕事が数多くあったのだ。

 しかし同年後半から、顧客の未払いが発生するなど不穏な動きが出始める。設立者ロバート・ウェルトン氏は、「事業規模を縮小しなくてはならない、ということに気づかず、ただ、前に進んでしまった」と悔やむ。ドラスティックな経費削減をしないままに状況は悪化。結局は、避けたかったレイオフにも踏み切らざるを得なくなり、従業員は20人にまで減る。現在、ウェルトン氏の自宅は差し押さえられ、また、氏自身は先月から給料を受け取っていない。

 WelTec社の経営再建を担当するBusiness Capital社の役員によれば、経費管理に失敗した会社は、負債がさらなるコストとなって利益を圧迫する「死のスパイラル」に突入してしまうと言う。何の対策も打たなければ、WelTec社の轍を踏むことになるのだ。

 一方、早めの対策で、サバイバルに成功した事例もある。ブルックリン、マンハッタン近辺で富裕層向けの住宅リフォームビジネスを営むスコット・チャテル氏のケースだ。年間売上が200万ドルと好調だった2002年、チャテル氏は、2005年までに500万ドルまで売上を伸ばす、という目標を設定する。3年間のオフィス賃貸契約を結び、その内装を刷新、人員を増やし、4色刷りのパンフレットを作った。仕事は忙しくなり、利益も出たが、間接コストがそれを相殺した。

 2005年、オフィス賃貸契約が終了したとき、チャテル氏は大きな決断をする。5万ドルもの改装費を投じたオフィスを引き上げ、自宅の一角をオフィスにした。レイオフはしなかったが、自然減で15人の従業員を5人までに減らし、事業拡大前の従業員数に戻した。年間60件ほどあった仕事を、最も利益が出る15件に絞り、投資家らと支払いの交渉をした。今、売上は70万ドルに落ちたが、利益率は格段によい。オフィス賃貸料だけで、年間50万ドルの節約になった。チャテル氏は、早めのコスト削減を決断した自分はラッキーだった、と語る。

 ニュージャージーのキーン大学会計学教授、ボーンステイン氏は、「多くの会社は、財務状況が悪化していることに気づかず、結局手遅れになる」と指摘、総売上利益率などの経営指標を早期警告システムとして活用すべき、と勧める。早めに問題に気づき、適正な経費管理を始めれば、後手のシビアな経費削減を避けられる。

 ただ、こういった経費削減は、必要な技術開発や有望な新規事業までが中止や延期になり、業界や企業の発展を遅らせるという危惧もある。2000年のITバブル崩壊では、多くのベンチャー企業が淘汰の憂き目に遭い、技術革新の流れも縮小した。今回の金融危機も同様に、淘汰と技術革新の遅れを引き起こす可能性がある。淘汰されるべきでない企業まで消えてしまったり、将来花開くはずのプロジェクトまでが取りやめとなってしまう。

 歴史的な経済危機の荒波を、どこまでのコスト削減で乗り切るか。危機が去った後の生き残りのためには、どのプロジェクトを死守するか。今、ベンチャービジネスだけでなく、多くの企業が決断を迫られている。


<参考記事>
Wall Street Journal 2008/10/27  Venture Capital Financing Slows Amid Economic Downturn

Business Week 2008/10/24  Shifting into Cost-Cutting Mode

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○メディア・パブ 2008/10/19
 「金融危機の衝撃波,米ネットベンチャーにも直撃」
 ベンチャーキャピタルの米セコイア・キャピタル(Sequoia Capital )は
 ベンチャー企業の経営者を集めて,これからの長い景気後退に備えて
 コストカットなどの対応策を早急に打つべきだと訴えた。
 “RIP: Good Times”(安らかに眠れ:良き時代)とのタイトルの以下の
 スライドは,その時に示されたものだ。
http://zen.seesaa.net/article/108273366.html

 

 


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