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銃乱射事件(フィンランド)が国に与えた衝撃

 あのOECD学力テストで一位を誇る“教育の国”でそんなことが──と、世界を驚愕させた2007年11月のヨケラ中等高等学校での乱射事件。それに続いて今年9月に、カウハヨキの職業訓練校でも乱射事件が起きた。両事件の容疑者が知り合いであった可能性も追究されている今、事件がフィンランド国民に与えた衝撃をお伝えしたい。

 まず、一連の乱射事件を通して、2002年のヘルシンキ郊外にある、ヴァンターでの自爆事件を振り返ったフィンランド人は少なくない。19歳の青年が、インターネットで調べて自作した爆弾でショッピングセンターを襲撃し、6人の一般市民の命を巻き添えにしたこの事件は、“フィンランド初”の無差別殺人事件に数えられ、「フィンランドは、もはや治安の良い国ではないのかも」という疑念を起こし、人々の “悪い予感”は、このころから国内を漂い始めていたという。

 そして、この二つの乱射事件によって、「乱射といえば、クレイジーな国、アメリカのもの」というフィンランド人の認識は、完全に覆された。銃規制の話題となると、「ならず者達に襲われる恐れがあり、自衛の目的で銃を持ち始めた野蛮な国の歴史の名残」と言っては、アメリカを批判することが多かったフィンランド。冷戦時代に米ソの板挟みになった経験から、反米感情も強いだけに、そのアメリカ同様の事件が起きてしまったとあって、人々の衝撃と落胆には痛々しいものが見られた。

 乱射事件後、いずれも悪質な悪戯ではあったものの、同様の事件の予告がフィンランド各地で起こり、人々は「YouTube」による情報の早さを痛感し、若者たちの悪意に震撼した。そして、被害者の知り合いでも何でもない多くの一般のフィンランド人が――女性のみならず男性までもが、テレビ画面に食い入りながら涙を流した。「こんな事件が本当に起こるなんて」という驚愕と、「せっかくの “教育先進国”が台無しになってしまった」という深い悲しみの入り混じった涙を。

 “無差別殺人”と言えば、今年7月に、ヘルシンキから30キロ北のケラヴァでも、18歳の青年が14歳の少女を切りつけ殺害する事件が起きた。犯人は「誰でもよかった」と供述しており、事件当日は、乳幼児連れの家族が外を出歩くことをためらうほど、辺りには緊迫した空気が漂った。そこに続いて、9月のカウハヨキの乱射事件が起こると、国民は再び震撼し、涙に濡れ、いよいよ落胆の色を強くした。

 日本に住んでいたことがあるフィンランド人が、涙交じりに言った。「日本人だったら、自殺をするなら自分一人で死ぬだろう? フィンランドでは、一人で黙って死んでいくのは“犬死”だ。どうせ死ぬならまず、周りも巻き添えにする」と。その言葉には、残念ながら肯けなかった。近年、日本でも「集団自殺」「通り魔殺人」など、死に方、殺し方は多様化しており、「治安が良いとされているのに、無残な殺人が起こるようになった国」という括りでは、日本はフィンランドの先を行っている。

 例えば、無差別殺人事件があったばかりの秋葉原で、生々しい事件現場に向けてカメラ携帯を構える無数の手――それは、“共感”というキリスト教の価値観をベースとするフィンランド人の目を借りると、たまらなく無神経なもの、そして、多くの無残な事件に慣れてしまった、日本人の麻痺した感覚を象徴するものに見える。フィンランドでは、いずれの事件現場においても、献花やろうそくを捧げる手はあっても、現場を携帯電話のカメラに収めようという輩はいなかった。

 11月に入って、警察が、新たなる銃乱射事件を事前に食い止めたことが報じられた。警察の動きの強化に、未来への希望を持ちたいところだが、今世紀に入って、合計4件もの無差別殺人事件を経験したフィンランド。乱射事件後、銃の解禁年齢を18歳に引き上げたものの、首都ヘルシンキ近辺でもヘラジカやクマが出没するこの国で、銃の所持禁止は難しく、また、凶器は銃だけとは限らない。それだけに、国民の見通しは、

   「インターネットの向こうから入ってくる暗い思想は、もはや食い止められない」
   「人嫌いが精神を病んで銃さえ手に入れれば、やることはただ一つ」
   「現代は復讐の時代。この手の事件は、この先もっと増えるだろう」

と、明るくはない。――たとえその見通しが、残念ながら正しいものになっていったとしても、せめてフィンランド国民の、赤の他人の不幸と国の誇りの失墜に、心を震わせ涙を流す感性だけは無くならないことを、心から願ってやまない。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Cool Cool Japan !!!  2008/09/26
 【フィンランド銃乱射】10代の模倣犯、ネット脅迫状で次々に逮捕される 
  現場の職業訓練学校があるフィンランド西部カウハヨキ近郊で、事件後、
 「学校を襲う」といった暴力的なメールがインターネット上や、携帯電話を
 通して、次々に出回ったそうです。学校はパニックとなりました。
http://sasakima.iza.ne.jp/blog/entry/731349/


○空を見上げて、空から眺めて--- -eaglei-
 「フィンランド銃乱射事件とヘビー・ディープ・エコ思想」 2008/09/26
 「ヘビー・ディープ・エコロジー」を打ち破る「人道主義(HUMANITY)」の哲学が、
 今まさに求められています。それを知るのは、誰でしょうか?
 広めるのは、誰でしょうか?
http://eagleai.exblog.jp/9197566/


○Wa Connection フィンランド便り 2008/10/01
 「カウハヨキ(Kauhajoki)の銃乱射事件について」
  9人と自分自身を撃って殺してしまったSaariという青年は22歳。
 彼を知る人は普通のどこにでもいるような人だったと口を揃えて
 いっていました。
http://japani.exblog.jp/8700646/

 

 


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