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新宗教に魅惑される妻たち 背後に殺伐とした夫婦関係 14年後の日本考(4)

日本人が富裕感を極めたとされる1980年代後半のバブル経済は1991年末には「泡」となって消滅、以降「空白の10年」を迎えた。この間を国外で暮らし、昨年帰国して驚いたのが、25年以上連れ添った熟年夫婦の関係破綻の激増だ。急増していた離婚件数は2002年から減少基調に転じた。だが、それは07年4月から実施された年金分割受給権の獲得を妻が待っていたためで、以降、離婚件数は再び増加に転じた。

また、「家庭内離婚」は実際の離婚件数を上回るようだ。こんな中、比較的金銭と時間に余裕があり、心の飢えに苦しむ妻たちの身の寄せ場となっているのが新宗教団体だ。メディアに頻繁に登場する大規模教団やカルト型の著名教団などとは無縁な、会員数は数十万程度の無名に近い在家仏教教団に集う中高年女性らの声に耳を傾け、現代日本社会が抱える殺伐たる夫婦関係の実態をのぞいた。


■法会参加者の告白
 
 2008月11月某日。首都圏に近い、いささか名の知れた小さな町で仏教系教団開祖の法会が営まれた。本部は東京都内にあり、太平洋戦争後まもなく創設された教団が開祖生誕地の広大な土地に設けた廟所内の大道場には全国から約7000人の信徒代表が参集した。東京の日本武道館を髣髴させる威風堂々たる建造物である大道場に集った信徒の大半は女性であった。それもほとんどが40代以上の中高年者だった。

 法会開催の前日、筆者は九州地方の各支部が合同で結成した法会ツアー参加者が宿泊した都内の高級ホテルを訪ねた。福岡県に住む筆者の実妹が中学、高校時代の級友で同県内の教団支部長を務めている女性Nさん(58)に声を掛けてくれたので、数カ月前からメールや電話で交流していた。筆者の実家によく遊びに来ていたNさんとホテルロビーで42年ぶりに再会した。同支部所属の信徒4人(全員女性)を召集して、懇談の機会を設けてくれた。早朝に廟所へとバスで向かうにもかかわらず、深夜まで心を開いて入信に至る経緯を語ってくれた。さらに翌朝、大道場で再会し、羽田空港まで同行して見送った。

 5人の苦悩の直接の原因はさまざまだった。だが全員が夫との長年の激しい葛藤が入信の動機となった。毎晩麻雀屋に入り浸り、2人の子供が物心ついて以来、高校生になるまで一度も夕食を共にせず、数千万円の借金を抱え込んだ挙句、双方の両親に尻拭いしてもらった夫を持つAさん。ITエンジニアでハンサムな夫は極端に女癖が悪く、浮気が発覚する度に開き直り、専業主婦だったBさんは「お前に未練はない。いつでも出て行け」と侮辱され続けた。知恵遅れの障害児を産んだことを夫に「お前のせいで俺の人生は台無しだ」と暴力を交え20年以上も責め続けられ離婚したCさん。同居した妻の両親と折り合いがつかない夫が家を飛び出して夫婦間の亀裂がさらに深まり、現在は同居しているもののコミュニケーション手段は置き手紙だけの毎日というDさん。Nさんについては後述する。


■一歩誤ればカルト教団へ
 
 5人とも10年以上も前から夫婦関係は完全に破綻していた。だが、今のところ離婚したのはCさんのみ。4人は家庭内離婚で止まっている。Nさんは「プライド、見栄、ある種の打算が離婚を踏みとどまらせてきた」と語った。Nさんの夫は警察官。聾唖で知的障害児の娘を育てた。まず、NさんとCさんが子供の障害児学級を通じて知り合った。Nさんは27年前、現在、信仰している教団とは別の新宗教教団の会合に参加していた。そこで知り合ったAさんとBさんに対し今の教団へと移ろうと誘った。CさんもNさんに勧められ入信した。DさんはNさんの中学時代の同級生だ。

 こうしてみるとNさんを除き、他の4人はNさんの「心の友」「仲間」として同一教団の同一支部に所属しているに過ぎないとも言える。長年にわたり、互いに苦しみを分かち合い、癒しあっており、それを教団の教義が補強する格好となっている。決して強い、自立的な信仰心から入信したわけではない。5人とも数十年に及んだ結婚生活は苦悩そのものだった。「ともすれば精神的に崩れかける自分を強く支えてくれる柱が欲しかった」(Dさん)との言葉に全員の心情が凝縮しているように思えた。

 4人がホテルの部屋からロビーに姿を現す前に、1時間ほど話し合ったNさんは「私がオウム真理教などのカルト系教団に誘ったとしても、4人ともついて来たかもしれない。冗談半分だけど…」と語り、苦笑した。確かに、リーダーの人格次第では、マスメディアを賑わした、宗教の面を被った「犯罪集団」や、霊感商法のような悪徳な「宗教ビジネス」に心ならずも巻き込まれてしまう怖さがある。

 未離婚の4人中3人は「私も近く離婚する」と断言した。世間体を捨てて、残りの人生を夫からの抑圧を受けず自由に生きたいと「宣言」したのである。妻の生き方、あるいは人権さえも決して容認しようとしない夫への忍従から脱し、強く自己主張し始めた中高年女性は急増している。叢生する新興宗教、新宗教の教義がそれを大いに促している。


■36年の煉獄
 
 Nさんの36年に及ぶ結婚生活は5人の中でも、特異である。Nさんの唯一の実兄は大学在学中のたった一度の司法試験不合格で精神に異常をきたした。精神分裂病(現在の統合失調症)との診断を下され、2年間入院。6年かけて東京の大学を卒業し、地元福岡県内の企業に就職したが、幻覚、幻聴、被害妄想を主体とする病は完治することはなく、転職と入院を繰り返す。父親は典型的な躁うつ病で、兄が帰郷して以来、家庭は修羅場と化した。母も心労の余り、心臓病を患ってしまう。高校生時代からOL時代にかけての彼女は「一刻も早く地獄のようなこの家から抜け出したい」と切望した。しかも、長年付き合ってきた高校時代の先輩だった男性は大卒後、他の女性と婚約してしまい、失意のどん底に追い込まれていた。

 そんな時、「Nさんを是非自分の息子の嫁に」と両親に頭を下げにきた人がいた。自宅からさほど遠くない、顔見知りの一家の長男との縁談が持ち上がったのだ。相手は地元で不良校との烙印を押された私立高校を卒業した、地方採用の下級警察官だった。片や、Nさんは地元トップ校のひとつである旧制高等女学校を母体とする県立高校卒。「若かったし、夫が剣道一筋の人だったことに幻想を抱いた。お見合いの後のデートの際、“本当に私のような男と結婚してくれるのですか”と言われて、気持ちが大きく傾き、婚約した。とにかく若すぎた」と振り返った。

 だが、結婚後は生家で体験した以上の「地獄」が待ち受けていた。気の強いNさんが少しでも筋道立てて反論すれば、容赦のない暴力の嵐に見舞われた。「警察の昇級試験はすべて落第。万年巡査が続いた。夫が学歴コンプレックスの塊であり、その代償として剣道の昇段にすべてをかけていたことがわかった」。結婚後、1年余りで子宝に恵まれたが、その子は上記のような障害児であった。「お前の方の血統が悪い」の一辺倒。養育、教育に一切夫は関わろうとしなかった。「夫はもう子供は作らん」と宣言する一方、自分の性欲を満たすためには妻が風邪をこじらせ寝込んでいようが容赦はなかった。「拒めば下着を破られ、“強姦”された」。

 Nさんの実母は癌をわずらい55歳で他界。続いて、長兄、実父が追いかけるように首吊り自殺した。これがまた夫からの攻撃の材料となった。30年余り家庭内暴力(DV)を受け、頭部をはじめ全身の打撲、肋骨損傷などを繰り返し、通院した回数さえ忘れたというNさんに対して、機嫌を害すれば「お前はいつ首を吊るのか」と迫る始末だった。Nさんが最初の仏教系新教団に入信したのはちょうどこのころだった。

 Nさんに実父の巨額な遺産が転がり込み、不動産売却のほか、マンション経営などを始めて障害児の娘の将来を守ろうとしたことが、結果的にNさんの経済的自立を促した。これが家庭でのNさんの発言力を強めたため、夫の暴力はさらに激しさを増した。過去10年間、Nさんは食事の仕度、身の回りの世話以外、夫との関係は一切なし。「冠婚葬祭や親戚、友人らとの付き合いのときだけは、それらしく振舞える不思議な男」と評した。外で女性と付き合い始めたためか、ついに暴力は2年前に止んだ。

 「離婚にもはや躊躇はない。3年前に定年退職した夫は、週3から4日警備会社に勤務する傍ら、剣道八段目指して道場通いの日々。彼が今や時折口にするのは『いつでも出て行け』のみ。だが既に35歳で、終生独身を余儀なくされる娘の心情と実質片親となる将来を考えるとなかなか踏み切れない」。この考えが繰り返し脳裏をよぎる。彼女の36年の結婚生活は信仰を通じて地獄から天国へと導かれるための煉獄の日々であったのだろうか。


■増殖続ける新宗教
 
 文化庁の統計によると、神道系、仏教系が拮抗する宗教法人数は2005年には計18万余り。だが、05年から07年の推移を見ると、年間に600─800件増加していっている。この傾向は今後も続くのは確実と見られる。法華経系、日蓮宗系などの新仏教教団を例に取ってみても、まるで新芽が出るかのように、新たな宗教法人が分派していっているからだ。Nさんらの仏教系教団も戦前、戦中に国家神道からの弾圧に遭いながらも、敗戦後に実現した信仰の自由により爆発的に組織拡大した有力教団から枝分かれしている。

 伝統的な村社会の崩壊、都市化の進展と核家族化、経済の高度成長による豊かな消費社会の出現は、伝統的な人間関係、とりわけ夫婦関係、親子関係など家族制度の激変をもたらした。太平洋戦争敗北によって参政権をはじめ、男女平等な憲法上、民法上の諸権利を得た上に、上記の戦後社会の大きな変容が女性たちの意識を根底から変化させてきた。そして今ようやく、伝統的な男尊女卑に安住したがる多くの男性に対して、女たちの反乱がかつてのウーマンリブ運動などとは異質な、地味ながら根の深い、規模の大きなうねりとなって沸き起こっている。新宗教団の限りない誕生はこの流れと不可分と言える。

 政府調査によると、離婚件数は1947年に8万件足らずで、1970年代前半までは10万件を上回ることはなかった。ところが高度成長から安定成長、高度消費社会、バブル経済、そしてバブル崩壊へと進んだ1975年から96年の20年余りでその数は11万件から20万件へと倍増。バブル崩壊後の多重債務者の激増、雇用形態の大変革、格差社会到来は家庭環境をさらに複雑化、荒廃させ、2002年、03年には離婚は30万件一歩手前まで激増した。96年から02年の7年間は10万件増という未曾有の事態となったのだ。それに「専業主婦に最大5割まで夫の厚生年金を分割、譲渡できるようになった」ことで、夫を捨て、不足する生活費をパート、派遣で稼ぎ自立する団塊の世代の妻らの数に拍車がかかった。


■団塊の世代と戦後社会
 
 熟年離婚により「迷える子羊」となりがちな中高年女性をターゲットにした各新宗教団体の水面下での「顧客争奪合戦」は熾烈を極めているはずだ。上記年金改革以前に離婚し、わずかな老齢基礎年金しか受け取れなかった女性たちと年金5割獲得組みとの格差は大きい。「格安ツアーだった」と語ったNさんらの1泊2日の開祖法会ツアーには、一人最低7から8万円は必要だった。このほか、お布施を名目とした寄付をはじめ、さまざまな行事(イベント)、物品購入にかかる費用は低所得者層ではとても賄いきれない。宗教に心の救いを求めるにも「勝ち組」と「負け組」との差が歴然としてきた。

 今年11月に日本の有力広告代理店が発表した首都圏20から50歳代の夫婦約1000組を対象に実施した調査結果によると、「どんなことがあっても離婚しないほうが良い」と答えた妻は39.7%と、20年前の59.7%から20ポイントも激減した。まさに妻たちの「大反乱」が裏づけられた。高齢化社会を迎えつつある日本は一人暮らしの老人が大変な数となろう。妻に捨てられた男性の寿命は10年も短縮し、捨てた妻たちは罪悪感と寂しさに苦しむとの予測もある。「この罪悪感と寂しさ」が新教団を興隆させることになる。敗戦後間もなく生まれ、いわゆる民主教育の下で育った団塊の世代は社会激変の嵐に最後までもまれながらその生涯を終えることとなる。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Bookmania2005: 2008/10/04
 「新宗教ビジネス」は面白かった分、さらに要求したくなった。
 「新宗教ビジネス」は、創価学会や真如苑など新宗教がどうやって金を集め、
 教団を維持・運営しているかを「ビジネスモデル」という視点から分析したもの。
 ベストセラーになった「日本の10大新宗教」につながるテーマだと思う。
http://nabekaz.269g.net/article/13473462.html


○on the ground 2008/10/16
 「現代日本社会研究のための覚え書き――
  スピリチュアル/アイデンティティ(第3版)」
 社会的な支援を期待できず、行動の結果について自らの責任で処理を
 しなければならないという状況は、大変な心理的抑圧と不安を喚起する。
 それゆえに、何らかの「寄る辺」を得るべく、「何か」と繋がる感覚を
 得たいという欲求が強まり、自己/生の意味および位置を求めて、
 「大きな物語」へと接近しやすくなる。
http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20081016/p1

 

 

 


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