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金融危機に揺れる米MBA学生たち ―銀行に代わる黄金の就職口を求めて―

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

 アメリカ市場を揺るがす金融危機は、リクルートシーズンを迎えた米有名ビジネススクールをも直撃している。昨年までMBA(Master of Business Administration、経営学修士)レベルの大学院生を大量採用していた銀行などの金融機関が、今年は採用を取りやめたり、大幅に採用人数を削減したりしているのだ。そして学生側も、リーマン・ブラザース、AIG、シティバンクなどが次々と経営破たん、経営難に陥るのを見て、別の就職口を見つけようとし始めた。優秀なMBA学生がこぞって大手金融を目指す、という、ビジネススクールと金融機関との蜜月は転換期を迎えているようだ。

 バージニア大学ビジネススクールに学ぶアリ・ぺルマンさんのケースを見てみよう。過去4年間デロイト・コンサルティング、ブーズ・アレンなどのコンサルティング会社でコンサルタントを経験したが、どうしても投資銀行に職を得たく、MBA取得のためにビジネススクールに入学した。この夏には、晴れてリーマン・ブラザースにインターンとして契約をすることができた。アメリカでは、インターンを経験し、その後正社員として採用されるというパターンは多い。が、今秋からの市場混迷で、リーマンはインターンのボーナスをカット、挙句に、経営破たんという結末をたどる。リーマンからペルマンさんに支給された交通費の小切手は不渡りとなり、「新しい小切手を郵送します」というEメールが来たが、その後音沙汰がない。ペルマンさんは今、コンサルティングの仕事を探している最中だ。

 金融業界からの人材募集は激減し、残った数少ない募集枠に多数のMBA学生が殺到するという、ITバブル崩壊以来最も厳しい時代に、ビジネススクールは突入している。名門ノースウェスタン大学ケロッグ・マネジメント・スクールでも、毎年10月、11月のリクルートシーズンにキャンパスで募集をかける投資銀行のいくつかが、今年は完全にドロップアウト、他行も採用枠を縮小した。ジョージタウン大学ビジネススクールの学部長、ジョージ・G・デリーさんは、「来年の秋は、ほんとうに厳しくなるでしょう。もうこれは、未知の領域です」と語る。

 ビジネススクールを横断的に統括するMBAキャリアサービス協議会が行った調査によれば、77校中70%が、10月の金融関連のフルタイム職の人材募集は減少したと回答、約半数が、この秋の募集総数は前年並みか5%減、数校は10%減と答えた。ITバブル崩壊時には、銀行やコンサルティング会社が内定取り消し、雇用条件の再交渉に踏みきるという惨状を呈したが、来年は、それと似たような状況になるという予測もある。

 学生のほうでも、大手金融機関を敬遠する動きが出てきた。従来、ニューヨーク大学スターン・ビジネススクールやペンシルバニア大学ワートン・スクールなどの有名どころでは、卒業生の半数が金融業界に進む。学生の多くが、最終的には大手投資銀行や大手金融サービス会社に入社したいと希望しているのだ。しかし今や、会社の安定性を考え、中小企業や小規模の専門会社にターゲットを変更する学生が目立ち始めた。不況の嵐を恐れて、投資銀行への夢をあきらめる、あるいは先延ばししているのだ。

 代替案として上がっているのが、メーカーや技術系企業内でのコンサルティングや財務部の職だ。業界ではなく、役割に注目して、職を選ぶというわけだ。ペンシルバニア大学ワートン・スクールでも、多くの学生から、「金融の仕事をしたいのですが、銀行に行く気になれません。どうしたらいいでしょう?」という相談を受けるという。コネティカット大学ビジネススクールの2年生、リンカン・リーさんは最近、就職希望を投資銀行から企業の財務部、リスクマネジメント部に変えた。2,3年はそこで働き、市場が落ち着いたら投資銀行にトライしようと考えている。

 こうなると、チャンス到来と喜ぶのが、中小企業の採用担当者たちだ。これまでは、大手投資銀行との人材獲得合戦で不利な立場にあったが、今年は様子が違う。電機メーカー、フィリップス エレクトロニクス、そして、消費財メーカーのユニリーバは、財務部希望のMBA学生が劇的に増えたと語る。企業が、優秀な学生を選べる状況になったのだ。

 注意すべきは、学生の志望動機である。コンサルティング会社、ベイン・アンド・カンパニーでも、MBAレベルの学生の応募が、10から15%増加したが、採用責任者は、学生がほんとうに同社の職に興味があって応募したのか、ただ他の就職口がなくなったから応募したかを確かめるようにしている。先のリーさんのような「様子見就職」は、やはり企業にとってはありがたくないのだ。

 どうしても金融業界がいいという学生たちは、ビッグネームではなく、中小銀行にトライしている。仕事の規模は小さくなるが、実際に得られる経験は大手銀行と変わりない。リッチモンド大学ロビンス・ビジネス・スクールの学生、グラント・ガルシアさんは、就職を考えていた銀行が倒産や合併で存在しなくなってしまったという。ニューヨークの大手銀行にいる先輩から、「しばらく地方で経験を積み、2,3年後にニューヨークに戻るほうがいい」とアドバイスを受けたこともあり、小規模銀行での職を探している。ただ、中小銀行が年間に採用するMBA学生はほんの一握りであり、ここでもやはり苛烈な就職戦線が展開することになる。

 金融危機は、優秀な人材が集まる場所をも変える。大手金融に集中していた頭脳が、他の業界や中小企業に流れ出す。彼らがそこで、力を発揮すれば、様々な業界や企業の活性化と発展を促すはずだ。

 さらに言えば、実は、不況時はビジネススクールが活況を呈す時期でもある。レイオフされたり、あるいは学歴を身につけてなんとか不況を凌ごうと考える入学希望者が増えるのだ。危機の水面下では、次代での台頭を狙う才能の芽が、養分を蓄えてもいる。

 今回の危機がもたらす労働市場の変化が、どの程度の深さ、あるいは時間的な長さを持つものかは、まだわからない。しかし、少なくとも、今後の産業を支える若年層の状況を変えつつあることは確かだ。危機の去ったあと、豊かな人材を蓄え、力強い発展を遂げていくのはどの業界、どの企業なのだろうか。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Days in Boston 「投資銀行業務の価値とMBAキャリア」 2008/11/28
 こう考えると、今の段階で日系・ヨーロッパ系企業に重宝されている
 といっても、投資銀行業務がこれからも花形キャリアでありつづける
 ことはあまりないように思います。そして、ファイナンスに変わる
 花形キャリアマーケットを構築できないことには、ビジネススクールの
 存在価値は非常に危ういものになってくるのではないでしょうか。
http://marshalboats.blog96.fc2.com/blog-entry-125.html


○Business Media 誠  2008/01/15
 日本の大学教育、ここが米国に「負けている」?
 米国のビジネススクールではリポートを企業の採用担当者に渡すなど、
 社会への関わりが強い。「経営の現場に近い」点を認識すれば、日本の
 教育も改善するはず。今回は日本と米国の大学の違いを紹介する。
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0801/15/news032.html


○世界級ライフスタイルのつくり方「MBAはビジネスの共通言語」2008/07/28
 2人の著名ビジネス本著者がMBAについて同じ趣旨のことを言っているのを
 読みました。
http://www.ladolcevita.jp/blog/global/2008/07/mba-2.php

 


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不景気時の人材論 2008年12月12日 11:00
不景気というと、人材についての議論も暗いものになりがちですが、 私も以前中小企業にとってはチャン...