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産科・小児科・救命救急の充実と予防医療の整備で国民に「安心」を

 振り返れば今年もいろいろな事が起きた。医療の目的は患者の自立を促すための「安心」を提供するはずなのに、「不安」ばかりが目に付いた一年だった。

 4月には従来の老人保険制度に替わって導入された後期高齢者医療制度が、国民に対する説明も行政側の準備も不十分なまま施行日を迎えてしまった。実はこの制度、2006年の通常国会で医療制度改革関連法案として成立したものだが、国会はほとんど審議せずに承認している。

 その結果はどうか。それは読者の方がご承知の通りである。すでに保険料滞納者が20万6745人に達していることが、このほど朝日新聞の調べでわかった。相当な収入があるにもかかわらず滞納している場合は別として、年金の年間受給額が18万円を下回るような高齢者からも徴収するというのは、あまりに理不尽な話ではないか。

 しかも、保険料を一年間滞納すると保険証の返還を要求されるという。保険証がなければ、医療機関の窓口では医療費を全額支払わなければならない。保険証返還などの対応はそれぞれの広域連合にゆだねられるとういが、具体的な判断基準はどこにも示されていない。

 10月には脳出血を起こした妊婦が、都内の8病院に受け入れを断られた後に死亡するという痛ましい事件が起きてしまった。いわゆる救急車のたらい回しだった。子供は無事に産まれたが、ついに母親の命は失われた。この瞬間、母と子は永遠に顔を見合わせる事が出来なくなってしまったのである。

 この問題では、会見のテレビカメラの前で国も都も非を認めず、一方が「任せておけない」と言えば、「それはこっちの台詞だ」と、互いに罵り合うという醜態をさらしてしまい、国民を落胆させた。

 そんな中で、死亡した患者の遺族が記者会見をして「妻が死をもって浮き彫りにした問題を、医者、病院、都、国が力をあわせて改善してほしい。今はもう、病院を訴える事もしないし誰も責める気はない。当直医が傷ついて辞めて産科医が減ったら意味がない…」と涙ながらに訴えた。胸中を察すると言葉もない。胸を打たれた。

 なぜ、このような問題が発生するようになったのか。救急医療の現場で働く関係者に改めて聞くと、「医師や看護師の絶対数が足りない」という意見が圧倒的に多かった。また「(たらい回しになったのは)ちょっとしたボタンの掛け違いがあったのかも知れない」との声もあった。制度を活かすためのマンパワーが不足していることがいちばん大きい原因のようだ。

 国の政策は高齢者にふさわしい医療を定めるという建前で、実は医療費を抑制しているし、民間の力を活用する仕組みが不十分である。国民の意識も十分に高まっていないなど問題はさまざま考えられる。

 たとえば救急医療。当然の事ながら救急救命の現場では、すぐに手当しないとどんどん症状が悪化して手遅れになる患者ばかり運ばれてくる。複数の患者の状態を把握して瞬時に処置を開始しなければならない。そのような状況の中で救急隊から新しい患者の搬送要請が入ってくるのだ。治療しながら患者を受け入れるか、断るかの判断を医師がしなければならない点も問題だろう。

 症状によってはリスクを覚悟で起死回生の処置をとらざるを得ない。以前は事後承諾でも許された治療が、最近は家族などに対するインフォームド・コンセントが済んでないと、リスクある治療は出来なくなりつつあるのが現状だ。

 こうした事態にさらに拍車をかけたのが、「福島県立大野病院事件」だろう。この事件は、ごくまれな胎盤状態の妊婦さんが、同病院で帝王切開出産後に大量出血して亡くなり、手術した産婦人科医が業務上過失致死傷と医師法21条違反で逮捕・起訴されたもの。この病院は産婦人科医が一人しかいない、いわゆる“一人医長”の施設だったことから、これをきっかけに全国の一人医長施設で産科の閉鎖が相次いだ。訴訟を恐れた産科医が次々と退職していってしまうという事態が起きたからである。

 現行の救急医療は次のような仕組みになっているが、これがあまりうまく機能しないのはなぜか。中には救急車をタクシー代わりに使おうと119番通報する不届き者がいるのも事実。制度を利用する我々国民にも意識改革が必要だ。

1)入院の必要がない軽傷の患者は最寄りの医療機関へ(初期救急)。
2)入院の必要がある患者は一定の設備がある医療機関へ(二次救急)。
3)生命の危険があり、複数の診療科が連携して治療に当たらねばならない患者は、
  人員・設備の整った中核施設へ(三次救急)。

 さて、2008年も余すところ数週間だが、世界的に経済が衰退する中であらゆる業種が生き残りをかけ、まさに起死回生をはかっている。来年は日本の医療も大きな政策転換を迫られることだろう。

 その時、忘れてはならないことが「医療の目的」とは何かである。国民の生命と財産を守るのは国の役目である。お産、小児医療、救急救命医療の3本柱がしっかり機能してはじめて国民は「家族の安全」と「安心」を得られる。そのうえで慢性疾患に対する予防医療をじっくりと計画的に進めるべきだろう。
 
 

【編集部ピックアップ関連情報】

○レジデント初期研修用資料
 「後期高齢者医療制度がよく分からない」 2008/04/30
 患者さんが支払うお金とか、年金天引きになるとか、支払いについては
 詳しいけれど、新しいルールのもと、医師がどんな「ずる」をする可能性が
 あって、厚生労働省として、予測される「それ」に対して、どんな抑止策を
 行うのか。そんな記載が見つからない。手段は分からないのに「信じろ」と
 いわれても、けっこう困る。
http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/34


○産科医療のこれから  2008/12
 第3回「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」
 「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」の第3回目が,
 11月25日に開催された。今回は,周産期医療,特にハイリスク分娩に
 おける麻酔科医確保の重要性と新生児集中治療室(NICU)病床の増床の
 必要性,新生児科医の不足とその過重労働をどうするか,などが検討された。
 また,周産期医療の知識や医療現場を支えている医師たちの実態について,
 さらに国民に周知していく必要性が示された。
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/12/post-1341-12.html

 

 


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