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「終わりの始まり」から「始まりの終わり」へ

「終わりの始まり」という表現がある。ぐぐると約76.5万件ヒットしたから、けっこう一般的なことばといっていいだろう。語源について確かなことは知らないが、おそらくチャーチルの有名なスピーチからきてるのではないかと思う。1942年、エル・アラメインの戦いで英陸軍がロンメル率いるドイツ軍を破ったことを受けてのもの。


“This is not the end. It is not even the beginning of the end. But it
 is, perhaps, the end of the beginning.”

チャーチルはその勝利を「終わりの始まり」ではなく「始まりの終わり」だと言っているわけだ。でも、「始まりの終わり」のほうは、ぐぐっても約2.7万件しかヒットしない。これが英語だと、「beginning of the end」の49万件に対して「end of the beginning」は264万件ヒットするから、ちょうど逆だ。どうも日本人は「始まりの終わり」より「終わりの始まり」のほうが好きらしい。「破壊願望」なんだろうか。それとも「滅びの美学」、なんだろうか。


前置きはそのくらいにして、本題。年末になるといつもその年を「激動の年」として振り返る動きが出てくる(激動と評されなかった年があるだろうか? 今年はその中でも「激動」の度合いが高いほうだとは思うが)。「終わりの始まり」論もこれとちょっと似ていて、だいぶ前から「終わりの始まり」と評され続けているものがあったりする。メディア業界の動きも、その例の1つなのではないかと思う。タイトルに「終わりの始まり」がついた関連分野の記事で最近のものをいくつか拾っておく。

▼「新聞の終わりの始まり」(池田信夫の「サイバーリバタリアン」第44回)2008年11月25日
http://ascii.jp/elem/000/000/192/192024/

▼「テレビを巡る終わりの始まり」(松浦晋也のL/D)2008年4月4日
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2008/04/post_885c.html

▼「東芝のHD DVD撤退は「朗報」──パッケージメディアの終わりの始まり」
  (池田信夫の「サイバーリバタリアン」第4回) 2008年02月19日        http://ascii.jp/elem/000/000/108/108890/

▼「フォーマット戦争の「終わりの始まり」?――ワーナーがBlu-ray Discに一本化」
  (本田雅一のリアルタイム・アナリシス)2008年1月5日  http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0801/05/news009.html

他にもいろいろありそうな気がするがこのあたりで。ざっくりまとめると、既存のマスメディアにとって大きな転機(それもよくないほう)が訪れようとしていて、あちこちで変化が見えてきてるけど、本当の変化はこれからだよ、というわけだ。重要なのは、ただ「激動」であるだけではなく、はっきりした流れを伴っている点。新聞やテレビの業界を襲っている「嵐」は現下の経済危機に起因する部分もあるだろうが、もちろんそれだけではない。別に来年世の中ががらっと変わるということでなくとも、長期的にみれば、今私たちが「相転移(そうてんい)」のような大きな変わり目の近くにいるという意味で「終わりの始まり」と評するのはまちがってはいないと思う。

ただ、私としては、そろそろ「終わりの始まり」ばかりではなく、「始まりの終わり」にも着目していいころなのではないかと思う。つまり、「既存マスメディアの終わりの始まり」ではなく、「新しいネットメディアの始まりの終わり」。もう変化が単なる「兆し」のようなものではなく、よりはっきりしたかたちであらわれてきているからというのもあるが、そもそも「終わりの始まり」にあるものが完全に終わるまでには今後相当の期間がかかるだろうからだ。「終わり」の定義にもよるが、既存マスメディアは相当強い力をまだ維持していて、少なくとも当面は「終わり」になるような状況は訪れそうにない。それより前に、「始まり」の段階にあったものが、それを越えて次のステージに進もうとしているのではないか。そこに注目しようということだ。

少なくとも日本においては、ネットの普及はすでに一段落しており、ネットユーザーの伸びは次第にゆるやかなものとなりつつある。ネットが広く使われるようになった後の世代、たとえば大学生や若手社会人のときに初めてインターネットにふれた世代がいまや30代となり、社会の中核を担うようになった。そしてその下には、先日NHKでも取り上げていた「デジタルネイティブ」(http://www.nhk.or.jp/digitalnative/)の世代が控えている。ネットが社会に浸透していく時代は終わりつつある。次にくるのは、社会の隅々まで浸透したネットが媒介となって、実際にメディアの、そして社会のあり方が変わっていく時代だ。

下地となる変化はすでにあらわれている。テレビ局や新聞社など、既存マスメディア企業の売上や利益がここのところ減少傾向にあり、一方でネット企業が少なくとも相対的にはより好調であることは誰の目にも明らかだ。年代別にメディア接触率のデータをとると、既存メディアは上の年齢層ほど高くなるのに、ネットメディアは下ほど高いということも知られている。しかし「相転移」のような抜本的な変化が起きるには、なんらかの外的要因が必要かもしれない。その点で個人的に今注目しているのは、現下の不況と、団塊世代の退職、それに09年秋までに行われるはずの衆議院総選挙だ。

不況は、逆境を作り出すことで、企業の世代交代や進化を促進する効果がある。それは、大規模な気候変動が有力な生物種を絶滅に追いやり、別の種にチャンスをもたらしたさまに似ているかもしれない。今回の不況は、企業の広告費支出削減やネットへの移行などを通して、少なくとも相対的にはネットメディアに対して有利に働いている。今後このような状態がさらに進むと、メディア業界の再編や構造変化などを経て、ネットの存在感の大幅かつ不可逆な増大に結びつく可能性がある。

そう考えるのは、社会が不可逆に変化しているからだ。団塊世代(1947─49年生まれ)は、2010年ごろまでに60歳を迎える。それより数年下の世代も、50代後半となれば多くの企業では次第に役職から離れていく時期だ。職場にコンピュータが普及し始めた時期にはすでに管理職になっていたこの世代が企業現場から去り、代わりにデジタルネイティブの世代が入ってくる。来年の大卒入社組は、i-modeサービス開始後ほどなく中学生になった。商用インターネットサービスが始まってもうすぐ20年。世代交代に必要な時間は充分経過した。今はちょうど、社会の主要部分で大規模な人の入れ替えが起きている時期でもあるわけだ。

政治におけるネットの活用が急速に進んだのも今年の大きな変化だが、それも単に技術の発達やインフラ整備の結果というだけではない。各政党が相次いでYouTubeにチャンネルを開設したのは2007年11月ごろだった。今年はこぞってニコニコ動画へ進出している。単に若年層にアピールしたいというだけではない。それは政治家たちが、ネットを通じ、動画で政策を訴えることが無料でできることの意味に気づいたということでもあるが、むしろ、利用者の側が、マスメディアのフィルタを通らないこのルートを情報取得のおもな手段の1つとして認識し始めたことを意味するという点に注目する。

大統領選挙がアメリカの政治におけるYouTubeの存在価値を向上させたのと同じように、2009年秋までには行われるはずの衆議院総選挙は、日本政治におけるネットの活用に関して、大きな転機となる可能性がある。この動きは、政治のみならず、社会の中でのネットメディアの存在感を大きく引き上げる方向に働くのではないか。

機は熟した。「相転移」のような大きな変化がすぐそこに迫っている。となると今年、つまり2008年は、企業、社会、人に大きな変化が起きる前夜、すなわち「始まりの終わり」にあたる時期だったのではないか、ということだ。

「もうこれ以上インターネットは社会を変えない。」という意見もある。正しいかもしれない。しかし、少なくともメディアは変わる。さらに、インターネットを当然のインフラとして組み込んだ私たちの社会も、今後これまで以上に大きく変わっていくのではないかと思う。それは私たち社会の構成員が変えていくのであって、メディアであるインターネットが変えるのではない。メディアとはそういうものではないだろうか?

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○CNET  「長引く不況の入り口で将来を見通すために」2008/12/12
 先進国の広告などが頭打ちであれば、ますます境界線を越えてより
 広いエリアで範囲の経済のメリットを享受しようとするプレーヤーが
 現われてくるであろう。著作権などの仕組みが国ごとにあろうとも、
 それを超越してもビジネスが成立するという戦略が、成長が著しい
 国を対象にすればするほど、多いに組み立てうるのだ。
http://japan.cnet.com/column/yuji_mori/story/0,3800087763,20385267,00.htm

 


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