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医者は急には育たない…患者も意識を変えてゆく時代へ

 世界経済が悪化の一途をたどる中、2009年が明けた。この経済不況は医療界にも大きく影響する事は必至だろう。消費生活の低迷は間接的に医療機関の経営にも影を落とすことになるかも知れない。医療費が生活費を圧迫するようになると少しくらいの痛みや熱では医者に掛かれなくなるからだ。幼子を持つ家庭や慢性疾患を抱えたお年寄りには厳しい現実となる。こんな時こそ、一見不可能と思われるくらいの大胆な改革が必要なのだろう。

 昨年は受け入れ先の医療機関が見つからず救急車がたらい回し状態になり、やっと搬送された病院で患者が死亡するという痛ましい事故が重なった。医師不足に加えて医師の適正配置の問題がクローズアップされ、まさにこの国の医療政策が問われている。

 1960年代後半、国は「1県1医大」構想を打ち出した。これにより医科大学、医学部のない県を解消する事に成功した。1982年には医学部の定員は8280人に達している。人口の高齢化や介護医療の拡大を想定すればそのまま増員していくべきところであったが、当時の厚生省保険局は「膨大な医療費は財政を圧迫し、国を滅ぼす」という考え方を示し、一転して医学部入学定員削減措置の方針を打ち出して継続的に定員削減をした。その後の検討会でも医師不足に対する危機意識は生まれず、定員削減の方向性は変わらなかった。ついに医師不足が叫ばれるようになり、ここにきてやっと定員の見直しが実施された。現状の1.5倍を目標に準じ増員していく予定という。

 ところが医師はそう簡単に一人前にはなれない。医学部(6年間)を卒業して医師国家試験に合格しても、その時点では臨床経験はほとんどゼロ。実際の戦力となるにはその後2年間のスーパーローテート(初期臨床研修)、さらにその後3年間の専門科別の後期臨床研修を経てやっと戦力となる。実にこの間11年もかかるのである。つまり、一人前の医者を育てるのには11年かかる。桃栗三年、医者11年なのだ。

 しかし、国政に責任を押しつけてばかりいても現状を打開することは出来ない。患者の側にもムダはある。たとえば、医師から処方された薬を自己判断で飲まずに捨ててしまう患者が後を立たないことや、受診のたびに処方される痛み止めのシップが使いきれず、気付くと押入れに山のようになっているお年寄りの話はよく耳にする。薬の管理や救急車要請の仕方なども、もう一度考え直す必要があるようだ。患者参加型の積極的な医療形態に変えていくべきだろう。

 国民一人ひとりが意識を変えて、本当に必要な時に本当に必要なだけの医療サービスを受けるようにすることは出来る。それだけでも医療費抑制の効果は上がるはずだ。問題は「本当に必要な時」をどう判断するか。「必要なだけの医療」をどうやって患者が医師に伝えるかということだろう。

 この判断にはある程度の医学的知識が必要になるし、患者自身に判断できないことも出てくるだろう。しかし、医療現場の医師やナースの人手不足を解消するのには時間がかかる。最近では病院の受付の一角に「相談窓口」を設け、専門の職員を配置している病院も多くなった。些細なことでもちょっと相談に乗ってくれるだけで、お年寄りなどはずいぶん助かるものなのだ。患者の目線に立ったサービスの充実が急務なのである。

 そこで、基礎医学の知識を義務教育に取り入れてはどうかと筆者は考え、基礎医学を義務教育化するということを想定して、以前この欄に「基礎医学を義務教育化したら、どんな効果が予測されるか」(http://mediasabor.jp/2008/02/post_324.html)というテーマで寄稿した経緯がある。医療費を抑制する努力は自分の身体に興味を持つことから始まると感じたからだ。

 同様に、自分の身体のことを知るのは高齢者の生き方にとっても重要なことと、「e習慣クリニック上野」の神山五郎院長は主張する。氏によれば、1950年に日本人男性の平均寿命は58歳、女性62歳だった。わずか半世紀で20歳以上も平均寿命が伸びているのに社会の受け皿が整っていない。だから受け皿は自分で用意するのだという。この伸びた寿命について、医師であり歯科医師でもある神山氏がユニークな対処法を次のように語った。

 「猛烈な仕事人間であった人の中に、定年になったらのんびりと趣味の世界に遊ぶ予定だ、と語っている方々がおられる。だが、この種の人生設計がうまくいったという後日談は、あまり聞かない。多くの場合、激務を離れて半年以内に心身が不調となり、何もしなくなる。いわゆる定年後の危機である。この危機(ストレス)を乗り切った人達の体験談をまとめると、知恵の中身が分かってくる。得られた結論は案外、平凡簡単である。自由の逆、つまり制約を自らに課すことである」という。

 長生きをすることが目的ではなく、長生きをして“何をするか”が重要だと、80歳になる神山医師は一貫して主張している。

 

 


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