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「おひとりさま」という「贅沢」

ちょっと前に出版された上野千鶴子著「おひとりさまの老後」はベストセラーだったらしい。読んだわけではないので詳しい内容は知らないが、NHKの解説委員室ブログに、著者が出版後にNHKの「視点・論点」に出演したときに話した内容とおぼしき文章(http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/4664.html)が載っていて、おおよそのことはわかった。売れたということは賛同する人がたくさんいたということだろうが、アマゾンのレビューでは平均的にみてあまり好評とはいえない。何が批判されているかと思ったら、その本で主張されるような「おひとりさま」になれる人は一部の恵まれた人だけではないか、という点であるようだ。

以下の本題はこの本ではなく、この批判のほう。このことは、もう少し範囲を広げて考えてもいいのではないか、とよく思うので。

引っぱるほどでもないので、なんとなくこうじゃないかな、と思っている仮説からスタート。その1、「おひとりさま」、つまり単身世帯の比率が増えているとすると、それはそうなってもいい状況、つまり私たちの社会が、単身で暮らしていくことがさほど困難ではないような状況になってきたことを多少なりとも反映しているのではないのか、ということ。その2、にもかかわらず、実際には、単身で暮らしていくことは少なからぬ人にとってそれほど容易ではない、ということ。こういうテーマはちゃんと研究してる人がいるはずだが、不勉強で知らないので、とりあえず素人なりに考えてみる。

このうち仮説その1「社会が豊かになっていくことと、単身世帯の比率が上がっていくこととの間にはなんらかの関係があるのではないか」については、ちょっとデータを見てみる。

まず、事実を確認しておく。人の生計維持に要する費用には、少なくともある程度、規模の経済が働く。厳密な話はいろいろややこしいので、ここではごく単純化した話にとどめる。人事院の出している平成20年の標準生計費(http://labor.tank.jp/toukei/hyoujyunseikeihi.html)をみてみる。雑費I(保健医療、交通・通信、教育、教養娯楽)と雑費II(諸雑費、こづかい、交際費、仕送り金)はまとめて「雑費」と表示してみた。月額で単位は円。(話の本筋と関係ないが、「住居関係費」で4人世帯より5人世帯が少ないのは興味深い。なんだろう?地域差?)


世帯人数   総額       食料費     住居関係費   被服・履物費   雑費
1人世帯   99,730   25,230  26,340    4,900        43,260
2人世帯  181,890   36,650  59,880    7,000        78,360
3人世帯  208,090   47,300  52,250    8,390      100,150
4人世帯  234,280   57,950  44,610     9,770      121,950
5人世帯  260,480   68,590  36,980   11,160      143,750


総額でみると、1人世帯に対する5人家族の生計費総額は約2.6倍。4人家族で約2.4倍。各項目でみても傾向はほぼ同様。要するに人数倍にはならないということだ。もちろん、年齢構成のちがい(典型的な4人世帯は大人4人ではない)も大きな理由だろうが、食料費や住居関係費など、明らかに人数の増加によって単価が下がるもの、共通部分が節約できるものがある。それ以外にも、サービスを「内製化」できることによる節約は少なからずあるはずで、それらもこの数字にはなんらか反映しているだろう。

つまり、経済性ということだけでいうなら、単身で暮らすというのは必ずしも合理的ではない。

次。世帯の平均人数は減り続けている。核家族化、少子高齢化の影響ももちろん大きいはずだが、単身世帯、とりわけ高齢者単身世帯の増加も無視できない。

・厚生省:「昭和37年労働経済の分析」http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaa196301/b0078.html

・みずほ情報総研研究レポート:単身世帯の増加と求められるセーフティネットの再構築─「ひとりでも生きられる社会」に向けて―(2008年12月)
http://www.mizuho-ir.co.jp/research/documents/saftynet0812.pdf

単身世帯は、1955年には全世帯の6.0%、1960年には12.7%を占めていた、とある。それが1970年には20.3%、1975年には19.5%となった後増加を続け、2005年に29.5%に達した。みずほ情報総研のレポートでは今後もそのペースは続くと予想されているようだ。

この間私たちの生活はより豊かになり、都市への人口集中や少子高齢化が進んだ。離婚率も(少なくとも数年前まで)上昇傾向にあった。いろいろな要因が関係しているんだろうが、全体として、人々が豊かになり、社会が成熟してくるに従って、単身で暮らすことに起因する不便さやコストが減る方向に社会として動いてきたことが影響しているのではないか、という仮説は、それなりに説得力がありそうにみえる。

念のため、じゃあ国際的にはどうなんだという点も。これも専門家がたくさんいる領域のはずだが、ここではお手軽に。国立社会保障・人口問題研究所(http://www.ipss.go.jp/)が公開してるデータで
「表7─11 主要国の世帯人員別世帯数,世帯人員総数および平均世帯人員:最新年次」というのがある。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2008.asp?fname=T07-11.html&title1=%87Z%81D%90%A2%81%40%91%D1&title2=%95%5C%82V%81%7C11%81%40%8E%E5%97v%8D%91%82%CC%90%A2%91%D1%90l%88%F5%95%CA%90%A2%91%D1%90%94%81C%90%A2%91%D1%90l%88%F5%91%8D%90%94%82%A8%82%E6%82%D1%95%BD%8B%CF%90%A2%91%D1%90l%88%F5%81F%8D%C5%90V%94N%8E%9F 

そこにいくつかの国の世帯構成に関するデータがあるので、ここから各国の単身世帯比率をとる。それからもう1つ、1人当りGDP(nominal)を、めんどくさいのでウィキペディア  WikiList of countries by GDP (nominal) per capitaから。数字だとわかりにくいので、プロットしてみる。横軸が1人当たりGDPで単位ドル、縦軸が単身世帯比率で単位%。これ見よがしに線形近似のグラフなども加えてみた。右上のほうにある2つのアウトライアはいずれも北欧の国(スウェーデンとノルウェー)だが、これらをはずしても、右上がりの直線の位置はほとんど変わらないので、これらの影響はさほど大きくないだろう。



もとよりちゃんとした分析をする気はないので、説明力がどうとかいう類のことは書かない。なんとなく正の相関関係があるように見える、ぐらいの話。もちろん、何か別の要因があることも考えられるので、因果関係があるともいわない。さらに、この2つ、実は年がずれている。単身世帯比率のほうは1980から90年代のもので国によって異なり、GDPはIMFによる2008年のデータ。まあそう大きくはちがわないだろうといった「軽いノリ」なので念のため。以上の前提でだが、どちらかというと豊かな国のほうが、単身世帯の比率が高い傾向にある、ということになる。

しつこいようだが、以上はあくまでごく単純化したものなので、これらの「分析」を根拠として主張するつもりはない。関心のある方はぜひ専門家の方にお尋ねいただきたい。ただ、上に挙げた日本における推移と国際比較のいずれも、「社会が豊かになっていくことと、単身世帯の比率が上がっていくこととの間にはなんらかの関係がある」という上記の仮説その1と同じ方向、ということはいえそうだ。

以下は、これを前提として、仮説その2「単身で暮らしていくことは少なからぬ人にとってそれほど容易ではない」について。日本という国は、少なくとも平均的にみれば、世界の中でもそこそこ上位の豊かな国であって、「おひとりさま」で暮らすことが比較的容易にできる状況があるということになるわけだが、もちろん全員がそうであるわけではない。冒頭に書いたアマゾンの書評の話も、少なくとも老後の生活に関しては、「おひとりさま」は少なからぬ人にとって贅沢になってしまっていることを示す例の1つだ。昨今の雇用情勢から考えれば、もちろんこれは高齢者だけの問題ではない。

生活が豊かでない人々は、そうでない人々と比べ(他の条件が一定ならば)、家族等で助け合って暮らすことによる経済的メリットが相対的に大きいはずだ。かつて世帯の平均人数が今より大きかった理由の1つが経済的要因であったという点について反論はしにくいだろう。家族に限らない。つながりの濃い村落共同体で多くの人々が助け合って暮らしていたのも、ある意味ではそうした厳しい環境への合理的な適応の結果だ。それが、変化してきた。さまざまな理由があるだろうが、経済の発展が単身で暮らすことをより容易にしたということ自体は、上記のいいかげんな「分析」に頼らなくても、ほぼ確信をもっていえる。

だとすれば、経済環境が厳しくなったときには、個人レベルの生活防衛手段として、より大きな世帯で暮らす方向の動きが出てきてもいいと思うのだがどうだろうか。たしか関西には、以前から、賃貸住宅を複数の賃借人が共同で借りるいわゆる「ミングル」という契約形態があると聞いたことがあるが最近はどうなんだろうか。拡張すれば、単身でなくても、たとえば単親家庭など「世帯内の就労者が1人の世帯」が複数集まって、共同で暮らすといった形態はありうるだろう。見ていてどうもあまりそういう方向にはなっていないのは、当然ながら共同生活がそれ自体いろいろとたいへんだからという理由があるからだろうが、経済面で生活できるとかできないとかのレベルの問題があるのであれば、考えてみてもいいのではないか。

昔も、最貧困層の人たちは単身世帯が多かったという話を聞いたことがある。政府や、そういった人たちを支援してる人たちの出番というわけだが、ここでも同じようなことがいえる。福祉などの政策対応や、ボランティアによる支援などを考える場合、単身世帯が多い場合よりも、より多人数の家族で暮らす世帯が多い場合のほうが、同じ予算でより多くの人々に対応できる。そういった場合でも、単身ないし単独生計の世帯に対して、その状態で世帯を維持することを前提として制度を設計しなければならないのだろうか。共同生活を前提としたサービスの提供を検討することはできないのだろうか。あるいは、そうした暮らし方をする人を支援するような制度などを考えることはできないだろうか。

もちろん今の時代、どのような世帯構成で暮らすかは基本的に当人たちの自由だ。生活保護の申請時などに、単身者に対して家族と暮らせないのか尋ねたり求めたりすることはあるだろうが、それ自体を強制することはできない。しかし、個々人のレベルでは選択の問題ですむ話でも、制度論議のような大きなレベルでいえば、それだけではすまない。「社会として何がよりよい方向か」という話が必要だ。

こういう話だとよく憲法第25条を持ち出して「政府の責任」を強調する人がいるが、そこにいう「健康で文化的な最低限度の生活」が何を意味するのかについては議論の余地があるし、もしそのサービスが必要とする全員にいきわたらないのであれば同じ条文の「すべて国民は」の部分に違反するだろう。「政府に責任がある」「まず政府の無駄を徹底的に省いて」といった議論はもちろん正論で反対する気はもとよりないが、だからといってより効率的な支援のやり方を考えなくていいということにはならない。どう使うにせよ、元は私たちの税金だからだ。

誤解のないようにしつこく書いておくが、ポイントは「共同化によってコストを引き下げる」ことだ。目的は「サービスを充実させるため」。福祉切り捨てとかそういうのとは関係ない。いろいろな反論はあるだろうことはわかるが、サービスの「メニュー」の1項目としてそろえておいてもいいという発想はありうるのではないか。少なくとも、それによってサービスを受けられる可能性が高まるのであれば、そのほうがいいという選択をする人たちはそこそこいるのではないかと想像する。

以下、まとめ。「おひとりさま」が贅沢、というのはややいいすぎではあると自分でも思う。少なくとも個人の選択としては。単身で暮らすこと自体は別に贅沢でもなんでもない。ただ、社会全体の選択として、単身世帯の人を支援しなければならない場合に、単身世帯そのものの維持を不可侵の条件とするのであれば、それはちょっと贅沢ではないか、という考え方は必ずしも不適切ではないと思う。少なくとも私の目には、「私たちの社会はそれほど豊かではない」という考え方は、「私たちの社会はその程度には豊かなはずだ」という考え方とさほどちがわない程度の説得力がある、と映る。

助け合って暮らすということをもう少しポジティブにとらえる価値観が出てきてもいいのではないか。過去長い間、私たちはそうしてきたのだ。過去そのものに回帰する必要はないしそうすべきでもないことが多いだろうが、過去に学ぶことはあっていい。社会のしくみとしても、そうした対応を支援するようなものがあるといいのではないか。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○辣子辣嘴不辣心 小妹嘴甜心不真
 上野千鶴子『おひとりさまの老後』 2008/12/25
 でも私は正直なところ、一切の係累が無くなった後、誰にも気付かれることなく
 部屋でひとり死んでいた、というのが理想的で、誰にも惜しまれることなく
 無縁仏にしてもらうのが一番ありがたいのだが…。問題はその後始末が、雀の涙
 ほどの貯蓄でまかなえるかということなのだが。
http://d.hatena.ne.jp/baatmui/20081225

 

 


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生活扶助に関する新しい視点 2009年01月20日 12:53
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