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シングルというメディアに再び光を与えた中川翔子(しょこたん)の「赤道小町ドキッ」と「約束」の好カヴァー

 「しょこたん」こと中川翔子の歌手活動が凄い勢いで本格化している。

 2007年の大晦日に紅白初出場を果たした時には「単独出場」ではなく「共同枠」だったし、同枠で共演したリア・ディゾンにとっての歌手活動がそうであるように、この時点での中川翔子の歌手活動も本業というよりはタレント活動の一環と僕は捉えていました。

 紅白で歌った「空色デイズ」は、シングル・チャートで3位となる大ヒットを記録したとはいえ、率直に言えばありがちな歌謡ロックで、リア・ディゾンの直後に歌ったことが幸いして歌唱力は引き立ったものの、全体としてはあまりピンときませんでした。

 紅白出場前後に耳に入ってきていた彼女による川本真琴のカヴァー「1/2」は、オリジナルに比肩する魅力的な内容だったので、そっちをチョイスすれば良かったのに…と思いながらTVを見てたのです。

 「1/2」がアニソン(アニメソング)であったという事実を『しょこたん☆カバー×2─アニソンに愛を込めて』で知るほど「しょこたん」ワールドから最も遠い位置にいるであろう僕(今でも友人が集まってアニメの話を始めるとまったく理解できなくて孤立してしまう…)が中川翔子に急接近するきっかけとなったのは、昨年8月に発売された通算5枚目となるシングル「Shiny GATE」でした。


シングル「Shiny GATE」:山下久美子「赤道小町ドキッ」のカヴァーを収録

 そもそもは、タイトル曲のテクノ・ポップ調アレンジ(シンセ・リフの音色がまた素晴らしい!)に惹かれたのですが、このシングルが僕にとって「決定打」となったのは、カップリングに「赤道小町ドキッ」が収録されていたからです。

 必要ないでしょうが、あえて説明しますと「赤道小町ドキッ」は、作詞・松本隆/作曲・細野晴臣という黄金タッグによる、山下久美子の代表曲にして、昭和テクノ歌謡史に燦然と輝く超有名曲です。

 そんな「赤道小町ドキッ」をテクノ調の「Shiny GATE」のカップリングに選んだセンスですでに「勝負アリ」ですが、いい意味でモダンな味付けを施したアレンジが、オリジナル以上に「テクノ歌謡」としての魅力を引き出しています。さらに特筆すべきは、ここでの歌唱。オリジナルを知るものならば、中川翔子の歌を聴いてすぐに山下久美子を想起するはずです。といっても矛盾するようですが、物真似という感じはまったくしません。

 中川本人が「ネ申」と崇めている松田聖子のモノマネが上手いというのは、文字情報としては知っていましたが、前述した「空色デイズ」のカップリング「みつばちのささやき」は、彼女のオリジナルであるにも関わらず、歌には松田聖子からの影響が強く感じ取れます。強く感じ取れますし、実際かなり「なりきっている」という印象は受けるのですが、それでも表現そのものは「しょこたん・オリジナル」なんですよね。

 「1/2」のカヴァーも含めて言えることですが、この対象を昇華する能力こそが中川翔子の稀有な才能であり、大きな武器だと僕は思っています。そして、ここが大事なポイントですが、先達からの大きな影響が感じられるにせよ、彼女の表現の根底には常に対象へのリスペクトが感じられるので、不快な感じはまったくしません(日テレで土曜深夜に放映している「世界! 弾丸トラベラー」で、中川翔子は南海キャンディーズ「しずちゃん」のことを必ず「しずさん」と呼んでいるが、これも相手へのリスペクトを常に心がけている彼女の態度を象徴している)。

 昨年10月に、現時点での最新シングルとなる「綺麗・ア・ラ・モード」が出ました。作詞・松本隆、作曲・筒美京平。改めて言葉にするのもはばかられるほど、言わずと知れた歌謡曲ヒットメイカーの黄金タッグ(なんと本稿2度目の登場!)です。

 シングル「綺麗・ア・ラ・モード」のCDオビには、「唄 中川翔子、作詞 松本隆、作曲 筒美京平」という文字がタイトルに次いで大きく印刷されています。「本格派宣言」とも取れるだけに、「しょこたんワールド」に疎い僕が言うのもおかしな話ですが、これまでのファンを失ってしまわないだろうか…と心配してしまいました。もちろん僕自身にとって、この路線変更は「ウェルカム」なのですが…。このシングルには3曲が収録されていますが、すべて松本隆、筒美京平タッグによるものです。3曲を聴き終えてクレジットを確認した時点で、「中川翔子は歌謡史に名前を刻むことになる」と直感しました。


シングル「綺麗・ア・ラ・モード」:原日出子「約束」のカヴァーを収録

 ピアノをメインに豪華なストリングスを重ねた「綺麗・ア・ラ・モード」は、筒美・松本コンビが数多く生んできた「70年代歌謡の王道」を踏襲した作品ですし、イントロがアンダーワールド(Underworld)の「ボーン・スリッピー(Born Slippy)」を思わせる2曲目「カミツレ」は、この黄金タッグがテクノ歌謡史にもたくさんの名作を残してきたことを再認識させてくれる、タイトル曲にも劣らぬ名曲です。

 そして、シングル「綺麗・ア・ラ・モード」にもサプライズがありました。3曲目は「約束」。81年に発売された、女優・原日出子のデビュー・シングル曲のカヴァーです。

 なぜ「約束」?と思いましたが、すぐにピンときました。一昨年の暮れに『風街少年』と『風街少女』という、松本隆の作詞曲を集めたコンピレーションが2種出ているのですが、どちらもミュージシャンや漫画家など著名人12名が選曲に関わっていて、選者には「しょこたん」も含まれていたのです。


『風街少女』:松本隆・作詞による女性ヴォーカル曲ばかりを
集めた編集盤。中川翔子のほかに羽海野チカ、草野マサムネらの
コメントも掲載されている


 「しょこたん」が「松本隆・作品」を選ぶとなれば、松田聖子の曲で埋まるだろうという先入観もあって、「約束」は完成したCDを受け取った後で聴いて気に入ったに違いない…と早合点していたら、なんと「約束」を選曲していたのが「しょこたん」本人だった…。自分の考えの浅はかさにあきれつつも、『風街少女』に掲載されている「しょこたん」自身のコメントに、この曲に対する熱い思いが伝わってきて、彼女による「約束」を聴きながら、今後の中川翔子の音楽活動からはちょっと目が離せない…そんな風に思った次第でございます。

 ちなみに、原日出子版の「約束」は、筒美京平が自ら編曲も担当していて、作者のこの曲への思いが伝わってくる佳曲。原さんの歌声は、太田裕美にかなり似ていて、僕個人はそんな理由から愛聴していました。

 「赤道小町ドキッ」とは違って、「しょこたん」の歌う「約束」からオリジナルの歌手を連想することはできないけれども、完全に中川翔子の曲にしてしまっているところが、歌手としての「成長」を感じさせます。オリジナル以上に「70年代歌謡」を彷彿させる中川翔子版「約束」は、ぜひ正統派の歌謡曲を追い求めている音楽ファンの方にも聴いていただきたいですね。

 さて、今年の元旦に、「Shiny GATE」から「綺麗・ア・ラ・モード」までのシングル3枚を収録したアルバム『Magic Time』をリリースしたばかりの「しょこたん」ですが、残念ながら「赤道小町ドキッ」と「約束」はアルバムには収録されておらず、CDシングルでしか聴くことができません。

 僕が敬愛するイギリスのバンド、アイアン・メイデン(Iron Maiden)は、シングルまで買ってくれるコアなファンに「自分たちのルーツを伝える」という意味で、彼らがリスペクトするバンド――ジェスロ・タル(Jethro Tull)、ザ・フー(The Who)、UFO、ネクター(Nektar)などなど――の曲をカヴァーしてはシングルのカップリングとして発表してきましたが、「しょこたん」も同じ方法をとっていると言えるわけです。このやり方は、シングルCDの売れ行きが落ちている昨今、シングルというメディア本来の付加価値や魅力を改めて見直すいい「きっかけ」になるかもしれません。

 「空色デイズ」のカップリング「みつばちのささやき」もファースト・アルバム『Big☆Bang!!!』には未収録ですし、「中川翔子はシングルを聴かなきゃダメだよ」なんて会話がファンの間で交わされる…近い将来にそんな時がやってくるような気がします。

 ちなみに、「Shiny GATE」と「綺麗・ア・ラ・モード」の間に出たシングル「続く世界」のカップリング曲は「through the looking glass」(こちらは新作『Magic Time』にも収録)。このタイトルを見て、スージー&ザ・バンシーズ(Siouxsie & The Banshees)のカヴァー・アルバムがアタマに浮かんだのは僕だけでしょうか? スパークス(Sparks)やイギー・ポップ(Iggy Pop)の好カヴァーを収録したこの快作が僕は本当に好きで、87年にLAでこのアルバム発売に合わせた彼女らのライヴ――デイヴィッド・ボウイ(David Bowie)の前座でした――を観ていることが秘かに自慢だったりします(笑)。

 「赤道小町ドキッ」と「約束」の間に挟まれていることで、実は「through the looking glass」というタイトルは、今後「シングルのカップリングにはカヴァーを収録します」というサインだったりして? などと謎を解明したような気分になっているのですが、考えすぎでしょうか…。

 中川翔子の歌の魅力は「力んだところ」よりも「力を抜いたところ」にあると僕は思っているので、「続く世界」や「空色デイズ」のように「しょこロック」といわれる彼女のファンに人気のあるロック調の曲が苦手だったりするのですが、新作『Magic Time』には、彼女のリラックスした歌声の魅力が最大限に発揮された「シャーベット色の時間」という強烈なテクノ・チューンが入っています。また、ロック路線とはいえ、「シャーベット色の時間」に続く「マカロン・ホリディ」は力を抜いた歌い方で、アルバムのなかで5・6曲目にあたるこの2曲が僕の意見ではハイライトです。

 「シャーベット色の時間」があまりに素晴らしいので誰の曲か確認してみたら、これまた筒美京平・大先生でした。「中川翔子は歌謡史に名前を刻むことになる」という僕の直感が外れたとしても、「赤道小町ドキッ」のカヴァーと「カミツレ」「シャーベット色の時間」の3曲が日本のテクノ歌謡史に刻まれることは、どうやら間違いなさそうです。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○Modern Jazz Techno の音楽 よもやま話
 「テクノ歌謡」ディスクガイド  2009/01/18
 この本を読んでいると、テクノ系の歌謡曲は、YMOの存在がかなり
 大きいことがわかります。あの3人は、YMOで培ったテクノの腕を、
 おしげもなく当時のアイドル、そう、松田聖子、ピンク・レディー、
 坂本龍一氏に至っては加藤登紀子さんまで、テクノの色に染めている。
http://blogs.dion.ne.jp/techno/archives/8014838.html


○音楽的生活1983-2008 「テクノ歌謡ディスクガイド」2008/12/16
 「テクノ歌謡マニアクス」がYMOから始まったテクノ歌謡の歴史的な
 発掘作業という趣向、回顧的な書籍だったのに対して、今回はパフューム
 から始まるテクノポップの未来を想像させてくれる、比較的前向きな書籍
 という気がします。
http://harmoniodeon83.blog39.fc2.com/blog-entry-660.html

 

 


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