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不況の中、引く手あまたの職業。米国で転職組みが相次ぐ

  • 米国在住ジャーナリスト

(記事概要)

 ジェフ・ブレッドソーさんの腕には包帯が巻かれ、傷で覆われている。しかし、彼はこれも学びのプロセスの一部だと考えている。

 53歳になるブレッドソーさんは、19年間に渡るコンピュータプログラマの仕事を退職し、新しいキャリアとなる採血や静脈切開術の勉強を始めた。2週間の集中授業と、その後には臨床実習が待っている。「コンピュータ分野の仕事は、今は多くない。だから、違うことを始めることにしたんだ」とブレッドソーさんは話す。

 リスクアナリストのジェーソン・ギャラング(28)さんは、昨年11月にレイオフされるまで、オンライン証券取引会社大手のチャールズ・シュワブで6年近く働いていた。ギャラングさんも同様に静脈切開術を学ぶ4週間コースへの参加を始めた。

 この専門職に惹かれた理由のひとつは、多くの訓練を必要としないためだ。「それに医療現場は働き甲斐があるしね。それを必要とする人々を助けることが出来る」。サンフランシスコ州立大学でビジネスの学位を取得しているギャラングさんは、「医療分野は、今まで関わってきた業界より安定した職業」と見ている。

 ブラッドソーさんとギャラングさんのように、キャリアチェンジをして、現在でも雇用を続ける数少ない業界に身を投じようとする人たちが増えている。その業界の代表がヘルスケアだ。連邦政府の発表によると、200万近い雇用がここ4カ月で失われているにもかかわらず、ヘルスケア分野は他の業界より多くの求人がある。昨年12月には3万人の雇用が追加され、2008年合計では37万2000人に上った。

サンフランシスコ・クロニカル紙 1月24日付


(解説)

 失業者があふれる米国で、医療関連の雇用が増え続けているという。昨年12月には求人数が1万4000以上に上り、ドクターズオフィス、歯科医、研究室、外来診療などが人を求めている。病院は1万2000人近くを新たに雇用し、居住看護やナーシングホームなどは5500人を採用した。

 特にニーズが高いのは静脈切開術、医療アシスタント、研究所や薬局で働ける技術者など。これらはヘルスケア業界にとっては重要な職でありながら、高校卒の資格と数週間から数カ月の研修で職に就くことができる。その割に、時給は20ドル程度と悪くない。

 こうした職に就くための専門知識を教える学校にも志願者が増え、公立の短期大学だけでなく、私立の専門学校でもコースを増やしたりして対応している。

 サンフランシスコ地区の専門学校の場合、静脈切開術、医療アシスタント、心電図アシスタントのコースを新たに設けた。学費は、静脈切開術のためのライセンスを取得するのに2250ドル、医療アシスタントの資格コースでは11カ月で7000ドルが必要。公立学校と比べて安くはないが、順番待ちがなく授業時間もフレキシブルなのが特徴だ。

 景気後退の影響からか生徒数はこの1年で30%増加し、多くはキャリアチェンジを狙う人たちだという。受講生の心理には、安定したヘルスケア業界で働けばレイオフの可能性も減るとの考えがあるようだ。

 だが、この先も引き続き安定した職業かどうかは分からない。カリフォルニア州では、病院のエマージェンシー・ルームを訪れる人のうち、健康保険を持たない人が3割以上増えたとのデータがある。一方で、通常の外来患者は3割減少した。

 国民皆保険制度のある日本と違い、会社や個人で民間の健康保険に加入しないといけない米国では、経済状態が保険加入率に直結する。失業することで健康保険も同時に失うパターンが多いことから、それが外来患者の減少を呼び込む。患者減は即、病院の収入減に結びつく。不況が長引けば、病院とて安泰ではいられない。

 とはいえ、いましばらくはそんな心配をしなくてもいいようだ。カリフォルニア州では医療従事者の人数が不足し、8割の病院がスタッフを維持するために苦労している。特に看護士や歯科アシスタントが足りない。いま、資格さえ取っておけば職には就ける。

 IT企業や証券会社から転職した人たちにとって生身の人間を診るのは、モニターに目をやり、キーボードを叩き続ける毎日とは180度違う世界。だが、景気が回復するまでの間は、そうした転職組みが今後も増え続ける見通しだという。

 


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