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新卒者の雇用調整に「ギャップ・イヤー」を取り入れたオーストラリア企業

<記事要約>

オーストラリアの企業が、経費削減のための措置として、新卒者の雇用契約を撤回したり、入社日を遅らせたり、入社を遅らせた場合の奨励金を提示したり、といった雇用調整を始めた。法律事務所のミドルトンズは、新卒採用者36人の内、9人に「ギャップ・イヤー」を取得するための資金として最高1万豪ドルを提示したと見られている。また、ウォーリーパーソンズ社は、新卒者にパートタイムで働く機会を提案した。

2009/1/14  Business Spectator(http://www.businessspectator.com.au)より


<解説>

「そうか、ギャップ・イヤーというテがあったかー」と、オーストラリア企業の柔軟さにちょっぴり感心した。

ギャップ・イヤーは、日本語にすれば「空白の年」。ライフステージの節目に一息ついて、世界中を旅したり、ボランティア活動をしたり、インターンシップを経験したり……と、見聞を広げるために、慣れ親しんだ日常を離れ、肩書きなしの時間を過ごすことを言う。

一番ポピュラーなのは、大学の入学許可を得た後に正式な手続きを取って入学時期を延期するもので、ほとんどの大学で最大1年間入学を先送りできるようになっている。資金をまかなうために、前半はアルバイトに精を出すことが多いが、中にはギャップ・イヤーのための奨学金を設定している大学もある。ギャップ・イヤー中にワーク・エクスペリエンスの機会を提供する政府や軍隊の特別プログラムは有給なので、進学後の学費を稼ぐことも可能だ。

キャンベラ大学は、ギャップ・イヤーを利用して大学生活を遅らせた学生の方が、入学後の学業成績が優れているという調査結果を示し、一定の条件下でギャップ・イヤーの経験を単位として認定する制度を採用した。

一般的に、ギャップ・イヤーを利用した学生には次のような傾向が見られるという。

 ●成長して奥行きのある物の見方をするようになる
 ●自信や独立心が生まれる
 ●自発性が育ち、決断力がつく
 ●明確な目的意識が芽生え、勉学や仕事に対する熱意や意欲が高まる
 ●実践的なライフ・スキル、ソーシャル・スキルが身に付く
 ●職場環境への理解が深まり、社会経験が豊かになる


大学卒業後や社会に出てから、ギャップ・イヤーを取ることも決して珍しくはない。社会人として足を踏み出す前に、もしくは岐路に立った時に、どこにも帰属しない自由な立場で、自分を見つめ直す時間を持ち、正規教育システムの枠の外側で学ぶことをよしとする気風が、オーストラリア社会にはある。寄り道したことで生じた経歴のギャップ(隙間)は、ネガティブに受け取られるのではなく、その間に何をしたのかが問われ、人間的な成長を遂げたことが認められれば、高く評価される。

そんなわけで、内定者に「こんな状況だから、無理して今すぐ社会人になるのではなく、ギャップ・イヤーとして、経験を積んだり、視野を広げる期間にしてはどうだろうか?」と提案するのも、それほど突飛なアイデアとは思えない。新聞報道によると、入社の先延ばしと引き換えに、海外への航空券代まで負担する企業もあるという。

同様の雇用調整を始めたとして名前が挙がったのは、マックォーリー・グループやプライスウォーターハウス・クーパーズ、アーンスト・アンド・ヤング……と、グローバルな大企業ばかり。毎年まとまった数の採用をしているだけに、ヘタなことをして、景気が良くなった時に優秀な人材に敬遠されたくない、という企業側の思惑も見え隠れする。

そもそもオーストラリアでは、学生が同時期に就職活動を始めたり、決まった時期に一斉に社会に出たり、といった横並びの習慣がないため、入社時期が半年や1年先延ばしになったからといって、周りは大して気にしない。全般的に企業の採用システムは日本のそれよりもずっと柔軟で、新卒優先ではなく、必要に応じて随時募集を行っているから、必ずしも卒業と同時に働き始めるわけでもない。将来性よりも即戦力を重視する傾向のため、本格的な就職活動の前に、インターンシップなどで実経験を積むことも重要な選択肢の一つになっている。大企業の場合は、新卒対象の選考プロセスがあるものの、応募や入社の時期はバラバラだ。

金融危機が国内の雇用に影響を及ぼしているという状況は、この国も日本と同じで深刻さを増している。新卒者対象のギャップ・イヤーも、実態としては「一時帰休の変形バージョン」と言って差し支えないと思う。けれど、個々の成長をサポートする側面が盛り込まれたことで、ずっと前向きな印象を受けるのは、ギャップ・イヤーの意義を理解し、その成果を認める社会が背景にあるからなのだろうか。


【関連情報】

○ギャップイヤーという採用形態が現れた
http://www.careerpartners.co.jp/official/sjk/200507/050719.html

○茂木健一郎 クオリア日記 ギャップ・ライフ
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2007/05/post_8d63.html

○内定を取り消された学生に対する大学の新たなサポート
http://www.wasedajuku.com/wasemaga/unipro-note/2008/12/post_296.html


【編集部ピックアップ関連情報】

○考えるための書評集  2007/10/27
 「思えばギャップ・イヤーばかりの人生だったなあ。」
 経済機能だけに埋め込まれた人生はひじょうに悲惨だと思う。人間の幅は
 こんなに狭いものではないと思う。経済機能だけに終わりたくないと思う人は
 潜在的にたくさんいるのではないかと思う。しかし失業の不安が、将来の不安が、
 年金や退職金の不足を脅えるがゆえに、経済機能に縛りつけられるしかない
 極端に不自由な奴隷なみの人生を送らざるを得ないのである。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-872.html

 

 


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