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ラグジュアリーホテル 東京進出ラッシュのしんがり「シャングリ・ラホテル東京」が3月2日開業--東京での成功がステイタスの時代--

 東京駅に隣接する複合ビルにシャングリ・ラホテル東京が3月2日、開業した。近年、東京に続いた外資系ラグジュアリーホテル進出ラッシュの殿(しんがり)となる。

 シャングルリ・ラホテル東京は、丸の内トラストタワー本館の最上階27階―37階に入居する。ガラス張りの、超高層オフィスビルである。入口は奥まったところにあり、看板も控えめで小さい。ジェームズ・ヒルトンの伝奇小説「失われた地平線」に登場する“楽園”(人々の幸福の探求とアジアの奥深くに位置する理想郷)をテーマとするホテルであり、どこか妖艶なストーリー性と雰囲気を漂わせている。

 外観はあからさまではない。世界屈指のビジネスシティの隠れ里のごとく、身を窶(やつ)している感じだ。日比谷のザ・ペニンシュラ東京は建物丸ごとがホテルだが、シャングリ・ラホテル東京に近いマンダリンオリエンタルホテル東京や、フォーシーズンズホテル丸の内東京もそうなのだが、最新高層オフィスビルの上層階に位置する。経営的なリスクを抑えた契約という事情もあるのだが、地上ではラグジュアリーホテルの持つ華やかさや賑わいを目の当たりにすることがない。それゆえに、ビジネス街の真ん中に、ひっそりと身を潜める隠れ里の趣きを強くする。控えめな玄関を潜り、専用のエレベーターに乗り、分厚い鉄の扉が開くと、異次元の世界が広がる――というのは、迷宮都市・東京(TOKYO)スタイルらしくもある。

 中世の宮殿のような荘厳で、格式高い外観を有した高級ホテルや、退廃的なコロニアル風なリゾート建築様式も、旅行気分を盛り上げるうえでは、このうえなく素晴らしい香辛料(スパイス)となるものだが、ビジネスマンたちが行き交う喧騒に紛れ込んだのちに、人知れず我のみふっと存在(姿)を消して、異空間に消え行くというのも、エトランジェ気分に浸れ、夢があっていい。そして隠れ行く先のホテルも、外見と中身の相違が大きければ大きいほど官能に訴える。

 だが、それは何もホテルに限った話ではない。家屋や、ワンルームのアパートメントでもそうだ。外観は朽ちた陋屋に見えても、一歩足を踏み入れた途端、シックなソファや趣味のいい家具に囲まれている空間が視界に入ってくると、訪れた客人は、はっと息を呑む。車も同じだ。何の特徴もないありふれたワゴン車に乗り込むと、内装が黒い革張りシートで統一されていたりすると、「オヤッ」と驚く。そして微かな笑みとともに「そういうことか……」と納得する。外見はオーソドックスで無難なスプリングコートに身を包んでいる女性が、いざコートを脱いだときに見せる鮮やかなセーターと微かに輝くアクセサリーに、一瞬眼を奪われる。

 内側に存在する熱いこだわりを敢えて隠す――という精神や技巧がある。「あからさまにすべてを見せない」という、日本人好みの美学にも通じるかもしれない。上海や香港、ドバイなど、自己主張が強く、巨大さや外観のド派手さで競い合う文化は、日本にはうまく馴染まないのかもしれない。しかし、ともかく“あえて”周囲の環境に外見を窶す以上は、中身は本物であり、客人を酔わせなければならない。

 開業に先立ってメディアを対象とした内覧会が行われた。最上階37階に近い客室からは、壮観な景色が広がる。東京駅や皇居を真下に眺め、反対方面からは東京湾も見渡せる。シャングリ・ラ ホテル東京の目玉の一つに、CHI「氣」スパがある。「神秘的なヒマラヤの奥地が舞台となるシャングリ・ラの伝説からインスピレーションを得ており、中国やヒマラヤに古くから伝わる癒しの哲学と儀式を基に開発されたセラピー」と銘打つ。

 扉を潜ると、ほの暗い照明に照らされ、癒しと官能性を湛えた長い廊下がある。その先は幾つもの小部屋に分かれており、異国情緒の香気漂う浴槽や、神秘的な調度品に囲まれた空間で、美しく静かな女性にトリートメントサービスを受ける。そこは、程よいアジアンテイストの迷宮に迷い込んだような錯覚がした。丸の内の上空でありながら、決して丸の内ではない、時空の歪み――まさに桃源郷に辿り着く感覚を憶えた。そこは間違いなく心地良い空間だった。客室は正統的で落ち着いた雰囲気だった。料金は50平方メートルの部屋が1泊7万円からの設定だ。

 旅行すれば、文化や言葉、習慣の違いで、誰もが旅先ではトラブルに巻き込まれる機会が高まる。そのぶんストレスも溜まる。もちろん貧乏旅行、冒険旅行ならそれも楽しい。日常生活の舞台でも、ホテルやレストランを利用すれば不快な思いをすることが多々ある。世界的な知名度を有するラグジュアリーホテルでは、顧客に不快な思いをさせないことを第一の信条としている。ビジネスを主目的に来た外国人エリートビジネスマンや、国賓クラスの客にとっては、信頼と安心感が何よりも優先する。例え宿泊したホテルでトラブルが生じたとしても、「その不快さを挽回して余りある」対応が約束されている“世界基準のホテル”を選ぶはずだ。

 その意味で「少々高くても、粗悪なサービスを買わない」という賢明な選択に着地する。今後、世界の富裕層は増えることはあっても減ることはないだろう。とはいえ世界的な経済危機のなか、日本を訪れる外国人旅行者は減少している。シャングリ・ラホテル東京の成功を危ぶむ声もどこからともなく聞こえる。

 しかし─ ─だ。世界中に信頼を勝ち得ているラグジュアリーホテルにとっても、今や東京に進出し成功を収めることが、このうえなく欲しい“ステイタス”になっている時代、という一面もあるのだ。 

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○フォトひとり言  2007/11/28
 シャングリラ紀行 1.「失われた地平線」の地へ
 この小説が出版されると、この理想郷「シャングリ・ラ」のモデル地探しが
 各地で行われたという。パキスタンのフンザなど他にもモデル候補と云われる
 所があったらしいが、1997年中国雲南省政府が同省迪慶州こそシャングリラ
 であると宣言し、2002年に中央政府の承認を得て中甸県を香格里拉県と
 改名した。香格里拉(シャングリラ)は、地名を改称すると一躍有名になり、
 世界中から観光客が押し寄せるようになったという。
http://blog.enaka.jp/200711/article_1.html 


○元祖・東京きっぷる堂  2009/02/23
 「失われた地平線」:映画チラシ・第261回目
 現代の騒々しい機械文明とかけ離れた不老長生の国シャングリラがこの
 作品の舞台です。雪と氷に閉されたヒマラヤ山中。その、まっただなかに
 信じられないような緑と花の世界があるのです。そして、そこは
 ファンタジックで壮大な平和の楽園。ストレスも病気もなく、温暖な
 気候のなかで人々は絶えず微笑をうかべています。この国の雰囲気は
 汚れた文明のなかに生きる私たちにメルヘンの楽しさを教え、
 すがすがしい感動をあたえてくれます。
http://kipple.blog.so-net.ne.jp/2009-02-23               

 


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