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ヒラリー・小沢会談を促したオバマ米新政権の対日戦略の深層を探る

 「米日ともに民主党が政権を掌握する。これはアジア太平洋地域の平和と繁栄維持に不可欠な礎石である日本との同盟関係刷新への好機到来である」━。ヒラリー・クリントン米国務長官が2月17日夜に東京で行った小沢一郎民主党代表との会談で、民主党幹部にこう直接漏らしたか否かは知る由もない。だが、これが米新政権の本音であることに間違いはない。元ファーストレディー・上院議員にして米大統領選民主党指名候補だった、注目度も知名度も抜群の米国務長官と日本の野党第一党党首との異例の「公式」会談は小沢政権誕生への強力な後押しだったのである。


▼小沢人気の演出
 
 日本の有力全国紙はこの会談を受ける形で2月19─20日に世論調査を実施した。「だれが次期首相にふさわしいか」との問いに小沢氏と答えた者は45%に上り、同紙が2月7─8日に行った前回調査から10日余りで6ポイントも上昇した。中川前財務相のローマでの前代未聞の「酔いどれ会見」が相乗したとはいえ、ヒラリー効果は絶大であった。なぜなら、片や中川氏の任命責任を問われた麻生首相は1ポイント減の19%にとどまったからである。わずか半年前には民主党支持率の急上昇に反して、上記質問への回答が一ケタ台に低迷することもあった「小沢不人気」はこれで完全に解消した。

 小沢人気浮上のためのシナリオは周到に準備されていた。ヒラリー氏との会見の前日(2月16日)、小沢氏はブッシュ前政権の「テロとの戦い」の枠組みを原則的に受け継ぐオバマ政権のテロ掃討政策を痛烈に批判した。「(イラク駐留米軍の撤収後、米政権が)対テロ戦争の主戦場とするアフガニスタンへの兵力増派は無意味だ。軍事力のみではテロリストには絶対に勝てない」と述べ、(首相に就任して)オバマ大統領と会談する機会があればこれを指摘する」と大見えを切った。

 ダメ押しは2月25日の在日米軍大幅削減提案である。小沢氏は「アジアでの米軍のプレゼンスは必要である。だが、極東では(横須賀に拠点を置く米海軍)第7艦隊だけで十分だ」と大胆な発言をした。これは日本の領土の1%未満の本島に約7割の在日米軍施設が集中している沖縄県をはじめ、日本全土に治外法権的に存在する在日米軍基地を抱える都県や地元自治体の大多数の有権者には願ってもない朗報で、9月までには必ず実施される総選挙で民主党に決定的な有利ポイントとなった。

 自民党は大揺れした。「防衛に少なからぬ知識があればそんな発言はしない」(麻生首相)、「非現実で暴論」(河村官房長官ら)、「日本の軍事力増強でカバーする発想」(伊吹元幹事長)としゃにむに批判したものの、ホワイトハウス、国防総省をはじめワシントンの主要政府機関から在日米大使館に至るまで米側は小沢氏の過激発言にダンマリを決め込んだ。総選挙での民主党圧勝を念頭にこれを黙認するとの事前了承があったのは確実だ。

 民主党中堅議員(鳩山幹事長側近)は「日程不調整を理由に小沢代表が一度ヒラリー氏との会談を断ったとの日本側報道は誤報。米新政権は既に水面下で金融・財政、景気対策、中国、北朝鮮をはじめとする東アジア地域問題、対テロ戦争遂行などでわが党と政策協議に入っている。双方が望んだ17日の会談は事実上の日米首脳会談だった。オバマ大統領は24日に訪米した麻生首相とは会談しただけで、晩さん会も共同記者会見も行わなかったのがその証拠だ」と語った。


▼「日本改造計画」実現で日米協調

 1989年に歴代最年少の47歳で自民党幹事長に上り詰めた小沢氏は90年8月に勃発した湾岸戦争への対処として、ペルシャ湾への自衛隊派遣を模索し、後の「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法)」成立と自衛隊海外派遣に先鞭をつけた。93年に70万部を超えるベストセラーとなった「日本改造計画」で表明された政策理念は民主党のマニフェストにつながっている。

 自由党党首時代の99年には「(武力行使放棄、戦力不保持、交戦権不承認などを謳った)前2項の規定は、第三国の武力攻撃に対する自衛権の行使とそのための戦力の保持を妨げるものではない」と現憲法9条に第3項を追加することで9条「擁護」の改憲を提唱。また、日本改造計画では専守防衛の自衛隊とは別組織として「国連待機軍」創設を提案した。国連の指揮下での武力行使であれば「国権の発動」に当たらず9条に抵触しない。そのうえ、「集団的自衛権」行使の議論の枠外で国際貢献できると主張した。さらに目立つのは一貫して従属関係を脱した対等な日米同盟構築を唱えていることだ。

 米側は民主、共和の2大政党の枠を超えてこの小沢氏の「戦後日本からの脱却」スキームを支持している。07年の参院選大勝後には、ブッシュ大統領の盟友であるシーファー駐日米大使(いずれも当時)が小沢事務所に足を運び、インド洋での海上自衛隊によるアフガン戦争参加国艦船への給油活動継続を陳情したのは記憶に新しい。

 「給油活動継続要請は表向きで、米側の真意は自衛隊のアフガン本土派遣実現にあった。その後、小沢代表が北大西洋条約機構(NATO)指揮下の国際治安支援部隊(ISAF)への自衛隊派遣に積極的発言を繰り返したのは周知の通り。今回のヒラリー会談での最重要議題はアフガン本土への自衛隊派遣のロードマップ作りだったはず」(民主党筋)。

 だが、政権掌握を目前にした小沢氏は次のように腹を固めていると推測できる。すなわち、総選挙を前に改憲は議論しない。自衛隊の増強とアフガン派遣は決して口外しない。米国への経済支援となる米国債大量購入と対テロ戦争遂行で『お金だけ出します』は総選挙前に自民党政権にやらせる。選挙期間中はひたすら景気対策、派遣労働や非正規労働者の削減など雇用政策の抜本転換を訴える。在日米軍再編見直しなど対米関係転換と紛争の平和的解決を有権者にアピールする━。

 これを米新政権が支持して、ヒラリー国務長官と民主党幹部とがあのような形で会見したと推測できる。オバマ政権の小沢民主党「支援」は今後さらに露骨になるだろう。今度は逆に民主党を核とする連立与党が衆議院で3分の2以上の議席を占めることを望んでいるのではないか。総選挙で大勝した民主党が衆参両院の圧倒的多数を利用して、「日本改造計画」を慎重かつ着実に実行して行けるからだ。

 クリントン政権下で国防次官補を務めたジョセフ・ナイ駐日米新大使(ハーバード大特別功労教授)は冷戦後の東アジアでの10万人の米軍プレゼンスを維持させ、97年新ガイドラインと呼ばれる日米防衛協力のための指針における安保再定義につなげた。小沢政権下で自衛隊に肩代わりされる在日米軍はグアム、フィリピン、豪州へと移駐を加速し、全体としてアジア太平洋地域の米軍プレゼンスは強化される。昨年末、都内で小沢氏と会ったナイ氏の駐日大使任命は日米同盟再定義が目的であろう。オバマ政権は「日本は東の英国」と盛んに持ち上げている。その真意を見極めることが今や大きな課題となった。

 

 


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